鮎の腹踊り
| 別名 | 腹踊り鮎、腹舞、川腹芸 |
|---|---|
| 発祥地 | 岐阜県長良川流域 |
| 成立 | 1927年頃とされる |
| 分類 | 漁労儀礼・即興芸 |
| 主な演目 | 跳ね返り、腹返し、塩締めの型 |
| 使用道具 | 生鮎、竹皿、藁縄、木槌 |
| 保護団体 | 長良川腹踊保存会 |
| 関連施設 | 郡上おどり資料館、岐阜県民俗芸能センター |
| 危険性 | 低いが、湿布過多による皮膚荒れが報告された |
鮎の腹踊り(あゆのはらおどり)は、の内水面文化において、鮎の腹部を用いた即興的な身振り芸およびその所作体系を指す俗称である。の流域で体系化されたとされ、夏季の行事と結びついて広く知られている[1]。
概要[編集]
鮎の腹踊りは、鮎の腹面に塩を薄くあて、竹皿の上で反転・震動させることで「腹を踊らせる」ように見せるである。元来はの鮎漁師がの初漁を祝うために行った所作であり、のちに見世物化して各地の夏祭りへ広がったとされる。
一般には滑稽芸の一種とみなされるが、末期から初期にかけては、鮎の身が川霊の機嫌を映すとする信仰的解釈も存在した。なお、腹踊りという名称は後年の新聞見出しに由来し、当事者は当初「腹返し」または「川腹舞」と呼んでいたとする説が有力である[2]。
起源[編集]
長良川の漁師説[編集]
もっとも広く流布しているのは、に下流域の漁師・が、傷んだ鮎を水桶から救い出す際、塩を振った拍子に身が弾けたことから所作を着想したという説である。北村はその場で弟子の少年に「魚は腹から笑う」と述べたと伝えられ、これが後の定型句になったとされる[3]。
ただし、同時期のの記録には北村の名は確認できず、代わりにの見世物師・が川原で同種の演目を試したという断片が残る。史料の乏しさから、起源は漁師芸と寄席芸の折衷であった可能性が高い。
学校教育への流入[編集]
にはの郷土芸能研究会が、鮎の腹踊りを「地域教材」として採録し、竹串の代わりに木製の模型を用いる簡略版を考案した。これにより、演目は児童向けの手業としても普及し、の小学校で夏休み前の特別授業に組み込まれた[4]。
この簡略版では、鮎の腹を打ち鳴らす代わりに、肋骨を模した細い笛を吹く演出が加わったため、教育委員会から「音の出る生魚教材」として注意を受けたという逸話がある。
技法[編集]
基本の三型[編集]
鮎の腹踊りには、一般に「跳ね返り」「腹返し」「塩締めの型」の三型がある。跳ね返りは竹皿の縁を使って鮎を軽く反らせる技法で、成功すると尾びれが三度だけ震えるとされる。腹返しは腹面を上に向けたまま回転させる型で、30年代にはの駅前演芸でも上演された。
塩締めの型は最も難度が高く、塩の粒径を1.5〜2.0ミリに揃えないと「踊りが過剰にしょっぱくなる」とされる。保存会の内部文書によれば、熟練者は1分間に平均14回の腹震動を演出できたというが、計測方法がかなり怪しい[5]。
道具と所作[編集]
道具は竹皿、藁縄、木槌、薄塩、そして湿った手ぬぐいである。特に手ぬぐいは「鮎の気配を整える」ために必須とされ、の一部では、踊りの前にの潮風で三分ほど乾かす習俗もあった。
所作は踊り手の肩を落とし、腹を前へ突き出しつつ、視線を鮎に合わせないことが重要とされる。見つめると魚が「芸を嫌う」とされ、失敗時には腹が反るどころか完全に静止してしまうため、これを「無呼吸の型」と呼ぶ流派もあった。
社会的広がり[編集]
にはの地方番組『川と笑い』で紹介され、以後、鮎の腹踊りは夏の観光資源として再評価された。では観光客向けに「一人一踊り」の体験枠が設けられ、最盛期のには月間延べ8,400人が参加したとされる。
一方で、は「踊らせた鮎は身が締まる」という宣伝文句を用いて売上を伸ばしたが、消費者団体からは「芸能と流通の混同である」と批判された。これにより、に腹踊り済み鮎の表示基準が策定され、踊りの強度を三段階で示す独自の認証制度が導入された。
批判と論争[編集]
鮎の腹踊りには、初期から動物福祉上の批判があった。とりわけ、動物行動学講座の研究ノートにおいて、鮎は腹部の揺動に反応していない可能性が示され、実際には踊っているのは鮎ではなく皿のほうであるとの指摘がなされた[6]。
これに対し保存会は、「腹は主体ではなく媒介である」とする独自の哲学で応答した。また、の一部旅館では、観光ショーの演出として冷凍鮎を用いたことが発覚し、のまま現在も論争が続く。なお、冷凍個体は動かないため、代わりに女将が腹踊りを演じる慣行が生まれたともいう。
現代の継承[編集]
現在では、鮎の腹踊りは実演よりも保存・研究の対象として扱われている。では年2回の公開稽古が行われ、2023年度には見学者が1,126人、体験参加が137人であった。海外ではの地方文化祭やの河川祭でも紹介され、特に「魚体を用いた沈黙のユーモア」として受容されている。
ただし、伝承の細部は流派ごとに大きく異なり、同じ演目でも鮎を3回回す派と5回回す派が対立している。保存会の年誌では、近年は「回数よりも腹の気配が重要」とする折衷案が有力であるが、結局だれも気配を数えられないため、議論は平行線のままである。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北村重三郎『長良川腹芸考』長良川文化研究会, 1938年.
- ^ 水谷辰夫『川原見世物の系譜』東海芸能史刊行会, 1941年.
- ^ 佐藤良平「鮎の腹踊りにおける反転所作の成立」『民俗芸能学雑誌』Vol. 12, No. 3, pp. 44-61, 1962.
- ^ 岐阜県民俗芸能センター編『長良川流域芸能調査報告書』岐阜県教育委員会, 1974年.
- ^ Margaret L. Thornton, "River-Body Rituals in Central Japan," Journal of Folklore Mechanics, Vol. 8, No. 2, pp. 115-139, 1981.
- ^ 高木真一『腹から笑う魚たち』みすず川書房, 1989年.
- ^ 京都大学動物行動学講座「鮎の腹部反応に関する予備ノート」『生体反応研究年報』第17巻第1号, pp. 3-12, 1983年.
- ^ Jean-Pierre Watanabe, "The Belly of the Ayu and the Politics of Smiling," Comparative Inland Studies, Vol. 4, No. 1, pp. 9-28, 1996.
- ^ 長良川腹踊保存会『腹踊り年誌 2007』保存会資料, 2008年.
- ^ 田辺一成『生魚の民俗学入門—踊る腹と静かな尾びれ—』河畔出版社, 2017年.
外部リンク
- 岐阜県民俗芸能センター
- 長良川腹踊保存会
- 川と笑いアーカイブ
- 東海見世物研究所
- 全国鮎商組合資料室