『隸渠病(れいきょびょう)』(R-18)(2001年のスプラッターホラー映画)
| 作品名 | 『隸渠病』 |
|---|---|
| 原題 | Reikyo-byo |
| 画像 | (架空) |
| 画像サイズ | 240px |
| 画像解説 | 朽ちた木札と赤黒い糸状痕が写る宣伝カット |
| 監督 | 渡瀬篤義 |
| 脚本 | 常磐井朔 |
| 原作 | 隸渠病奇談録(架空の古記録) |
| 原案 | 厚生慣習史研究会(架空) |
| 製作 | 霧島夜啼映像社 |
| 配給 | 東海黒塗り配給 |
| 公開 | 2001年9月14日 |
『隸渠病』(れいきょびょう、原題: Reikyo-byo)は、[[2001年]]に公開された[[日本映画|日本]]の[[時代劇映画|時代劇]][[スプラッターホラー映画|スプラッターホラー]]。監督は[[渡瀬篤義]]、脚本は[[常磐井朔]]、主演は[[加瀬慎太郎]]である。興行収入は4.8億円を記録し[1]、第12回[[黄昏映画批評賞]]で特別審査員賞を受賞した[2]。
概要[編集]
『隸渠病』(れいきょびょう)は、江戸後期の地方検視記録を“医事怪談”として再構成し、残酷描写を強調したスプラッターホラー映画である。
作品名の「隸渠病」は、19世紀の地方衛生文書に見られるとされる架空の病名であり、物語上は「身分証(隸札)を失った者が渠(溝)へ引き込まれる」という民間信仰に結び付けられている。
宣伝では“R-18のために設計された時間感覚”として打ち出され、上映時間108分のうち、血糊の色温度が変化する場面が計7回あると劇場パンフで説明された[3]。
本作は単なるショック映画としてだけでなく、検視・戸籍・医療統制をめぐる当時の言説を下敷きにしているとして、封切り当初から賛否が分かれた。なお、終盤に登場する「渠門(きょもん)」の作中設定は、実在の自治体組織名を“改竄して”引用しているとして話題になった[4]。
あらすじ[編集]
2000年に“再発見された”とされる古検視帳を起点に、越前半島北端のでは、行方不明者が溝(渠)の縁へ戻ってくる事件が続発する。戻ってくる者は一様に、手首の内側へ墨で似た文字を刻まれており、文字は判読不能であるものの、観察した者は「隸の渠」と呼び始める。
主演のが演じる与力見習い・は、地方役所のに出入りし、病名の由来を“規則の穴”から探ることになる。捜査の進行に従い、病は単なる感染ではなく、記録管理の誤りによって発症する“制度病”だと示唆される。
中盤、渠門と呼ばれる地下通水設備に潜るシーンでは、天井から垂れる液体が血糊ではなく“消毒液の残留”だったと判明する。しかし、消毒液が作中で赤く変色する条件が、観客席の湿度(当時の劇場での実測値に基づくとされる)と一致しているため、科学的説明はむしろ恐怖へ転化する。
終盤、田辺兵馬は帳面の空欄に自分の筆跡があることを知り、彼自身が記録の“欠落”によって呼び戻されていたと告げられる。最後に登場する判決文は読めるのに、読んだ瞬間に口内が腫れるとされ、観客によっては上映後に咳払いが増えたという噂が残った[5]。
登場人物(主要人物/その他)[編集]
(たなべ ひょうま)は与力見習いで、史料の読み違いが悲劇の引き金になることを恐れながらも、あえて“数字を信じる”人物として描かれる。作中では、渠門の扉の鍵穴が「直径14.2mm」と表示された札に従って探されるが、その札はすぐに別の数値に置き換わるとされる。
(おたき)は、行方不明者の家々を歩く“帳場通り”の女で、田辺兵馬にだけ耳打ちする形で情報を渡す。彼女の手には墨の染みがあるが、血ではなく“訂正印”だと説明されるため、観客の認識が揺さぶられる。
の中心人物として、が演じるが登場する。柿田は清潔を絶対視し、感染源よりも「名寄せの誤り」を抑えようとするが、その結果として“誤り”が増幅される。
その他、の跡で検視を担う、渠門の管理に関わる、お滝の過去を隠すなどが、短い登場でも象徴的な役割を果たす。特に枡形帳方は台詞が少なく、代わりに手の指を1本ずつ折る動作で情報を伝える。
声の出演またはキャスト[編集]
主要キャストは、当時のホラー路線の人気俳優を“あえて外し”、舞台出身の実力派を軸に組んだとされる。
が、が、がを演じた。お滝の“訂正印”の演技は、撮影前に墨のにじみ方を調べたとされ、演者の指紋が当日分で記録されたという[6]。
検視方の役はが、通水番役はが務めた。なお、通水番の登場シーンでは、台詞を完全に入れず、場内の換気音をそのまま台詞として使った編集が話題になった。これは後のレビューで“音が先に血の匂いを運ぶ”と評された[7]。
スタッフ(映像制作/製作委員会)[編集]
監督のは、それまでテレビ時代劇の照明を担当していた経歴を持ち、暗部の階調を“赤黒く均一化する”撮影設計が特徴として知られている。脚本のは、役所書類の文体を徹底再現しつつ、同じ一文の繰り返しを3回までに制限するなど、脚本管理を数値化したとされる。
美術はが担当し、渠門の石材は実物がの倉庫に保管されていたとされるが、同県の公開記録とは一致しないとして疑問が呈された[8]。
製作委員会には、霧島夜啼映像社に加え、、(実在団体の名称を部分的に転用したとされる)などが名を連ねたと報告される。なお委員会名の“黒塗り”部分は、当時の自主規制運用に由来するという解釈もある。
製作(企画/制作過程/美術/CG・彩色・撮影/音楽/主題歌/着想の源)[編集]
企画は、民俗史研究のワークショップで“病名が制度に寄り添う”というテーマが話題になったことから始まったとされる。その際、という架空機関名を、実在の複数部局から“継ぎ足し”で作る手法が提案された。
特殊技術としては、血糊の粘度を場面ごとに変える「粘度段階制(Viscosity Step)」が採用されたとされ、108分上映のうち、粘度が切り替わるのが7回、撮影コマ数が毎回「1,824コマ」で統一されたと劇中資料に記載されている(ただし、その資料は当時のどの劇場にも配布されなかった)。[9]
音楽はが担当し、冒頭の寺社鐘のような音は、実際の鐘ではなく“紙の角を摩擦した音”を加工したものだと説明された。主題歌はで、作曲者と同姓の作詞家が“別人であるはずなのに筆跡が一致した”という噂が出回った。
この着想の源として、の旧家に残るとされる帳面(実在する目録では確認されない)を、編集段階で“数字だけ残す”方式で映像化したと語られている。なお、この方法が当時のホラー監督の間で短期的に流行し、“書類の透明感をホラー化する”文脈を作ったとされる。
興行(宣伝/封切り/再上映/テレビ放送・ホームメディア/海外での公開)[編集]
宣伝は、劇場前に設置された「隸札返却箱(れきさつへんきゃくばこ)」が話題になった。観客が映画の半券に相当する紙片を投函すると、翌週の上映で同じ紙片が別の席番号と結び付けられるという演出が行われ、メディアは“鑑賞者を帳場の一員にする試み”と報じた[10]。
封切りはで、R-18指定にもかかわらず初週動員は推定で約23万3000人とされた。配給会社は公式発表として「人の数ではなく“溝の数”で換算した」と説明したが、換算式は伏せられた。
再上映では、デジタル修復により血の赤が“理想の赤”へ寄ったとされる。とくにDVDソフト化では、ディスクの色調が家庭用テレビの自動補正と衝突し、「赤が緑に転ぶ問題」が一部ユーザーで報告された。配給側は“説明書ではなく当時の古書体フォント”で謝罪文を出したとされる。
海外公開では、英語圏向けにタイトルの「R-18」を表記から外し、代わりに “The Bureau of Ditches” を副題として付けたとされる。しかし字幕では渠門(きょもん)が “Kyomon” のまま残され、現地レビューで誤読が続出した。
反響(批評/受賞・ノミネート/賞歴・ノミネート歴/売上記録)[編集]
批評家の間では、残酷描写の密度よりも“書類の恐怖”が評価された。たとえばでは、特別審査員賞の理由として「映像が出血しながらも、文書が生存する」点が挙げられた。
一方で、R-18の境界線をめぐる論争も起きた。字幕版では発話の多くが“検閲スタンプ”に置換されるため、実質的に暴力表現が間接化されているが、逆に間接化が観客に想像を強制すると指摘された[11]。
売上記録としては、レンタル開始後45日でレンタル累計が「2,401巻相当」になったと報じられた。これはビデオテープ換算の慣習に基づく数値であると説明されたが、換算元の資料は確認できないとして、後年になって“数字だけが先に映画化した”という揶揄が残った。
カルト的支持も強く、を模した“渠門ごっこ”が一部の学生サークルで流行したとされる。もっとも、その模倣行為が危険だったとして、翌年の学校行事で注意喚起が出たともいわれる。
テレビ放送[編集]
テレビ放送は、ゴールデン枠ではなく深夜帯の特集として扱われた。ある局では、血液の色相を平均化する“放送用マスク”をかけたため、放送後に「病名が読めなくなる」という苦情が寄せられたとされる。
視聴率は、放送回によって大きく変動したと報告され、平均視聴率は0.9%とされる一方、番組公式サイトでは1.3%が示された。さらに裏番組に同時刻で“歴史ドキュメンタリー”があったため、番組側は“視聴者が逃げ道を探している”とまとめたという。
再編集版では、渠門のシーンの音響を低周波で抑え、代わりに書類が擦れる音を強調した。結果として、放送から数日後に“書類の擦れる音だけで眠れない”という感想がSNSの黎明期に近い形でまとめられた。
関連商品(作品本編に関するもの/派生作品)[編集]
関連商品としては、まず公式パンフレットが販売された。パンフには“粘度段階制”のグラフが付属するとされたが、店頭で配布されたのは一部のみで、残りはアンケート抽選とされている。
次に、サウンドトラックがリリースされた。収録曲には「訂正印協奏曲(改稿第3号)」など、作中文書を音楽化したタイトルが並ぶ。
また、作中に登場するという設定資料集が“復刻版”として出回った。しかし国会図書館の分類記録とは一致しないため、偽物が混ざったのではないかと指摘されている[12]。
さらに、劇中で田辺兵馬が書くはずの“空欄筆跡”を再現したシールセットが発売され、貼った紙を一定角度から見ると暗号文字が浮き出る仕様だったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡瀬篤義『『隸渠病』撮影記と帳場の暗部』霧島夜啼出版, 2002.
- ^ 常磐井朔『検視文体のホラー化: 21世紀への古記録再生』東海墨房, 2003.
- ^ 小林夜歩『渠門の祝詞 -音の検視-』霧島夜啼音響叢書, 2001.
- ^ 成田善秋『返却箱が鳴らすもの: 劇場演出論』第七書房, 2004.
- ^ 『黄昏映画批評賞 第12回審査要項』黄昏映画批評協会, 2002.
- ^ Marta A. Henslow『Archival Violence and the Red Hue Problem: A Study of Kyomon Cuts』Film Color Review, Vol. 18 No. 3, pp. 77-105, 2005.
- ^ 田口昌弘『制度病としてのスプラッターホラー: 日本型検視怪談の系譜』日本映画学会紀要, 第34巻第2号, pp. 121-149, 2006.
- ^ R. D. Kettering『The Bureau of Ditches: Rebranding Strategies for Extreme Cinema』International Journal of Genre Studies, Vol. 9 No. 1, pp. 1-33, 2004.
- ^ 狩野東光『渠門の美術: 石材と墨の相互作用』美術撮影技術年報, 第11巻第1号, pp. 44-59, 2002.
- ^ 谷口芙美『赤が緑に転ぶ前に: DVD色調問題の現場記録』視聴覚フォーマット研究会, 2001.
外部リンク
- 霧島夜啼映像社 公式資料室
- 東海黒塗り配給 作品アーカイブ
- 黄昏映画批評協会 記録検索
- 渠門実測アーカイブ(劇場湿度データ)
- R-18映画上映ガイド(架空版)