雲の味
| 分野 | 食感覚学・気象嗅覚科学・文化気象学 |
|---|---|
| 主張される現象 | 雲由来の微粒子により香味が生じるとされる |
| 初出が確認される文献 | 1920年代の観測記録(後に分類整理されたとされる) |
| 観測手法 | 微粒子捕集(インパクタ)+温湿度プロファイル |
| 関係する機関 | 気象庁周辺の民間研究会・大学附属嗅覚ラボ |
| 社会的影響 | 飲料開発や街の“味の天気予報”文化に波及したとされる |
(くものあじ)は、空から降りる微粒子と温湿度の組合せによって、特定の香味が知覚される現象として記述されることがある[1]。とりわけ気象条件の継続的観測と、被験者の嗅覚データを統合する食感覚学の分野で言及されている[2]。
概要[編集]
は、雲の生成・移動・消滅に伴って大気中に放出される微粒子や、周辺の気温・湿度・気圧の揺らぎが、嗅覚・味覚の閾値に直接作用し、結果として“味”として知覚される現象として記述されることがある。とされる香味は個人差があるものの、一般には「甘い」「金属っぽい」「雨上がり」「紙のような匂い」など、天候の呼び名と接続する形で語られがちである。
一方で、雲の味が「物理的に雲そのものを食べる」ような比喩ではない点が強調される。むしろ雲は“輸送体”であり、味の正体は雲粒そのものというより、雲に付着・吸着したエアロゾル、あるいは雲が通過した経路の大気化学によって形成された香味前駆体にあるとする説明が多い。このため、観測者は香りの立ち上がり時刻を秒単位で記録し、同時に微粒子濃度を g/m^3 ではなく粒子数(個/L)の形で扱うことが多いとされる。
もっとも、用語の定義は研究ごとに揺れがあり、は「知覚された香味」そのものを指す場合と、「香味を生む条件の集合」を指す場合の両方で用いられてきた。なお、後述のように“味の天気予報”が広まる過程で、定義は商業的に単純化されたとする指摘もある[3]。
歴史[編集]
起源:霧冷却炉と〈味の圧力計〉[編集]
雲の味の起源として語られることが多いのは、1931年にで行われた、気象データの校正を目的とした「霧冷却炉」実験である。実験を主導したのはの応用化学系とされる渡辺精一郎(わたなべ せいいちろう)で、霧が冷却される瞬間に“甘い匂い”が発生することを、台帳に「甘味度:0.37(相対)」と記したと伝えられる[4]。
ただし当時の測定は、味覚よりも嗅覚に寄っていた。渡辺は「味は媒介で、主因は揮発性の微粒子である」と述べ、ガラス製の圧力計の先端で雲粒を捕集する装置を考案した。装置は後に「〈味の圧力計〉」と俗称され、圧力変化が 12.4ヘクトパスカル から 12.1ヘクトパスカル に落ちる間に、官能試験の被験者の鼻腔で特定の香味が立ち上がるとされた。
また、第一報の観測条件が異常に細かかったことが、後世の信憑性を押し上げた。記録には、捕集器の温度を「摂氏 19.0〜19.2度」に収めること、同時に風速を「2.1〜2.3m/s」に固定することが明記されている。さらに雲の“味”は 37秒後に最初のピークを迎え、72秒で二次ピークが出るとされた[5]。この数字の正確さが、後に“嘘だろ”と言われる種にもなっている。
発展:気象庁民間協議会と“味の天気予報”[編集]
1957年、の外局に相当する枠組みで「気象嗅覚協議会」が発足したとされる。正式名称は「気象情報活用技術研究連絡会」(通称“香技連”)で、観測データを一般向けに翻訳する係が置かれていた。そこで雲の味は、単なる研究用語から、地域メディアが扱う生活語へ変換されていく。
この転換で決定的だったのが、の島嶼部で実施された実証事業である。具体的には、五島列島周辺で「雲の味指数」を作るとし、翌日朝の通勤者 486人を対象に、味の知覚の有無を聞き取りした。集計の基準は単純で、「甘いと答えた人数÷全員」で算出され、その比率が 0.612 を超えると“甘雲”注意報、0.412〜0.611を“中甘雲”、0.411以下を“乾雲”としたという[6]。
ただし社会が受け入れた理由は科学というより運用の分かりやすさだった。たとえばラジオ放送では「きょうは 03:18 に薄雲が来るので、洗濯物は柔軟剤の香りが“紙っぽく”変わる可能性」と語られた。ここでの“可能性”は、観測誤差ではなく視聴者の生活経験と接続するための言葉として機能したとされる。なお、この施策の反動で、雲の味指数が高い日に売上が伸びた飲料メーカーがあり、協議会の委員に接点があったのではないかという疑惑も出た[7]。
近年:嗅覚ラボの統合モデルと“条件だけ売る”問題[編集]
1990年代後半には、嗅覚ラボが独立に進めていた「雲の味の条件推定」を、統合モデルにまとめようとする動きがあった。中心となったのはに拠点がある「名古屋嗅覚工学研究所」で、複数の大学共同研究からデータを吸い上げたとされる。
彼らは雲の味を、温度・湿度・気圧・粒子数・上空風向の5要素で説明できると主張した。とりわけ粒子数は、1L当たりの個数を 10^5オーダーで扱うようになり、「雲の味は粒子の数密度が 1.2×10^5 個/L を超えたときに顕在化する」との回帰式が提案された[8]。ただし回帰は都合よく校正され、別地域のデータに当てると“同じ雲でも味が違う”現象が頻発したとされる。
この矛盾を受けて、社会側では別の解釈が増えた。すなわち「雲の味は化学条件だけでなく、生活リズムやその日の記憶により味の解釈が変わる」という文化気象学的説明である。さらに一部の企業が、観測の手間を省くために“雲の味が出る条件”だけを広告で販売し始めたと指摘される。結果として、雲の味は科学というより“選べる天気感”として流通するようになった、という批判が生まれた。
批判と論争[編集]
雲の味は、科学的な再現性が乏しいとして批判されてきた。特に「同じ時間帯に同じ粒子数を記録しても、被験者が同じ味を報告しない」という点が問題視された。研究者は官能試験の手順を標準化しようとし、鼻栓の装着時間を 4分 30秒、休憩を 2分 10秒に統一したことがあるが、それでも結果が揺れたという[9]。
一方で擁護側は、「雲の味の定義がそもそも広すぎる」ことを理由に挙げる。被験者の記述が「甘い」「香ばしい」「懐かしい」のように曖昧なまま集計されると、統計的には別の現象が混ざる可能性がある。また、雲の味指数がメディアに乗った地域では、事前に予報を聞いて期待することで知覚が変わる(いわゆる期待効果)が起こり得るとされた。
さらに、政治・行政・商業の境界が曖昧だったという疑惑も続いた。たとえばで行われた“雲の味フェア”では、特定の香味を連想させる菓子が大量に配布され、官能試験の場と販促の場が同一だったとする証言がある。これに対し関係者は「配布は試験の統制ではなく、生活実装の一環だった」と説明したが、後日「統制という言葉の意味が揺れていたのではないか」との批判が出た[10]。
なお、最も笑いどころのある論争は、“雲の味がしない日”の扱いである。指数が低い日には「味が見えないだけで、雲が運んだ条件は残っている」として再解釈されがちで、否定証拠がいつも別の仮説に吸収される構造になっていたと指摘されている。要するに、観測者が“見たい味”を確保する仕組みが疑われたのである。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「霧冷却炉における香味誘起の一次観測」『大気化学年報』第12巻第1号, 1932年, pp.23-41.
- ^ Margaret A. Thornton「On the Transport Role of Cloud-Attached Aerosols in Odor Perception」『Journal of Atmospheric Sensory Science』Vol.8 No.3, 1964, pp.145-182.
- ^ 山田春彦「気象嗅覚協議会における“雲の味指数”の運用方針」『気象行政と技術』第5巻第2号, 1959年, pp.77-96.
- ^ 佐々木礼「官能ピークの時間遅れと温湿度勾配—味の圧力計の再検討」『嗅覚工学研究』第21巻第4号, 1978年, pp.301-329.
- ^ Karin Müller「Expectancy in Meteorological Odor Reports: A Field Study」『International Review of Smell Forecasting』Vol.13 No.1, 1988, pp.9-28.
- ^ 名古屋嗅覚工学研究所編『雲の味の条件統合モデル:粒子数からの推定』名古屋大学出版会, 1999年, pp.1-210.
- ^ 気象庁香技連事務局「長崎・五島における甘雲注意報の社会実装」『地域気象情報と生活技術』第3巻第1号, 1961年, pp.55-73.
- ^ 田中千尋「雲の味フェアにおける統制の曖昧さと再現性」『日本感覚科学雑誌』第44巻第2号, 2007年, pp.120-147.
- ^ 松本正彦「“味のない雲”をどう扱うか:否定証拠の吸収構造」『科学方法論通信』第10巻第7号, 2015年, pp.88-101.
- ^ 中村慎二「雲の味指数が広告へ移った経路—記述統計のねじれ」『広告と気象の交差領域』第2巻第9号, 2012年, pp.201-219.
外部リンク
- 雲の味観測ログ倶楽部
- 味の天気予報アーカイブ
- 嗅覚工学実験ノート
- 気象庁香技連資料室(仮想)
- 雲粒捕集器メーカー資料館