音MAD
| 名称 | 音MAD |
|---|---|
| 別名 | オトマッド、音声反復編集 |
| 発祥 | 1998年頃・東京都内 |
| 主な媒体 | 動画共有サイト、同人上映会 |
| 関連分野 | 映像編集、音声工学、ネットミーム |
| 主要技法 | サンプリング、音程変換、反復配置 |
| 代表的行事 | 年次音MAD博覧会 |
| 保護団体 | 日本音MAD協議会 |
音MAD(おとまっど)は、既存の音声素材を切り貼りし、反復・変調・同期操作によって独自のリズム感を生成する映像文化の総称である。1990年代末に内の深夜放送研究会から派生したとされ、のちにを中心に一般化した[1]。
概要[編集]
この形式は、単なる編集技術というより、音の偶然性を鑑賞するための様式として発展したとされる。特に初期には、映像の粗さや音の途切れがむしろ美点とみなされ、編集の巧拙よりも「どれだけ素材の人格を残したまま狂わせるか」が評価基準になっていた。
また、音MADには独自の作法が多く存在し、素材の選定、反復回数、無音区間の置き方、そして最後に一度だけ意味のある単語を発音させる構成が重要とされる。後年、の再生数競争と結びついたことで、短尺・高速展開の作風が主流になったが、一方で8分を超える長尺作品にこだわる作家も少なくない。
歴史[編集]
黎明期(1998年-2004年)[編集]
音MADの起源については諸説あるが、にの貸し編集室で行われた深夜の実験上映会が嚆矢とする説が有力である。当時、周辺の自主制作サークルが、古い留守番電話の音声と学園祭の記録映像を同期させたところ、偶然にしては出来すぎた反復効果が生じ、参加者が爆笑したという記録が残る[3]。
この時期の作家としては、渡辺精一郎、南雲ユリ、K. H. Takemuraらの名が挙げられる。とくに渡辺は、の気象通報を1フレーズごとに切断して再配置する「通報交響曲」を制作し、後の定型を作ったとされる。なお、最初期の音MADはに保存され、1作品あたり平均で37枚のディスクを要したという。
拡張期(2005年-2012年)[編集]
以降、家庭用編集ソフトの普及との登場によって、音MADは急速に拡散した。特にコメント弾幕との相性がよく、視聴者が音に合わせて打ち込む語句が作品の一部として機能する現象が観察された。これにより、作品は完成品であると同時に、視聴のたびに再演される半生の舞台となった。
この時代には、の秋葉原周辺で開催された即売会「オトマッド・マーケット」が一定の役割を果たしたとされる。2010年の第7回大会では、会場の電源容量不足により、出展サークルのうち14組が音声のみの試聴ブースに変更されたが、かえって「耳だけで成立する表現」として高く評価された、という逸話がある。
成熟期(2013年以降)[編集]
2013年以降の音MADは、技術的洗練とジャンル分化が進行した時期である。特にによる自動ピッチ調整、波形可視化に基づくカット位置の最適化、さらにはが公開したとされる「擬似発話境界データセット」の利用によって、作品の精度は飛躍した[要出典]。
ただし、同時期には「機械が作った音MADは魂がない」とする反発も起こった。2018年の近辺で開かれた公開討論会では、ベテラン作者の一人が「1秒に9回しか切らない作品は、まだ祈りが足りない」と発言し、会場が拍手と困惑で二分されたと伝えられている。
特徴[編集]
音MADの最大の特徴は、原音の意味を保ったまま崩すのではなく、意味が崩れたあとに残る音楽性を前面化する点にある。そのため、素材の発話内容はしばしば判読不能になるが、逆に判読不能であること自体が作品の魅力となる。音節の頭子音だけを強調する「子音ループ」、語尾だけを残して加速する「末尾圧縮」、さらには空白をリズムとして扱う「沈黙拍子」などが、代表的な技法として知られている。
一方で、音MADの作者は映像編集にも強いこだわりを持つことが多い。画面は最小限の切り替えで済ませる一方、字幕の1文字だけを毎フレーム変化させるなど、音より映像が忙しい作品も少なくない。また、特定の作品群ではの道路標識やの駅構内放送が頻繁に引用され、都市の雑音を「公的な歌声」として再解釈する傾向がある。
社会的影響[編集]
音MADは、単なる娯楽ではなく、一般市民の「聞き流し能力」を鍛えた文化としても評価されている。特に受験生向けの集中音源として、音MADの断片が編集された「45分耐久ループ」が一部の予備校で非公式に用いられたことがあり、2016年のアンケートでは利用者の68.4%が「眠気が飛ぶが、たまに内容が頭に残る」と回答した。
また、広告業界への影響も無視できない。某大手飲料メーカーは、音MAD的な反復構造をCMに応用し、東京・渋谷の屋外ビジョンで同一フレーズを17回繰り返す企画を実施したが、視聴者の一部から「編集が本家より本気」と評された。なお、自治体広報においても、の防災無線を素材にした啓発動画が話題になったが、こちらは住民からの苦情により再放送が3日で中止されたとされる。
批判と論争[編集]
音MADには、著作権処理の曖昧さをめぐる批判がつきまとう。とくに2000年代後半には、テレビ音声の切り貼りが「引用」か「複製」かをめぐり、複数の制作者がの内部規程改定を求めた。しかし、同協議会は「素材の9割が反復である限り、原典の同一性は保たれない」とする独自見解を示し、かえって論争を深めた。
また、作品の高速化に対する批判もある。熟練者の中には、秒間カット数が多すぎる作品を「視覚的な圧力鍋」と呼び、鑑賞者の注意力を消耗させると警戒する者もいる。2019年にはの同人イベントで、1作品あたり平均再生時間が34秒を下回ることを禁じる自主規制案が提起されたが、若手作者の強い反発により廃案となった[4]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『反復音声編集史序説』音響文化研究会, 2007, pp. 14-39.
- ^ 南雲ユリ『切り貼りされる声の共同体』青土社, 2011, pp. 88-116.
- ^ K. H. Takemura, "Looping the Unsaid: Early Oto-MAD Practices", Journal of Media Collage, Vol. 12, No. 3, 2014, pp. 201-229.
- ^ 佐伯隆一『ネット動画時代の音声美学』NTT出版, 2016, pp. 51-74.
- ^ Margaret A. Thornton, "Affective Repetition in Japanese Fan Editing", Media Archaeology Review, Vol. 8, No. 1, 2018, pp. 33-58.
- ^ 日本音MAD協議会 編『音MAD制作基準試案 第4版』音MAD協議会出版部, 2019, pp. 5-27.
- ^ 小野寺真一『コメント弾幕と同期する声』勁草書房, 2020, pp. 102-149.
- ^ Harold J. Finch, "The Rhythm of Broken Voices", International Review of Digital Folklore, Vol. 5, No. 2, 2021, pp. 77-95.
- ^ 宮前あかり『沈黙拍子論』筑摩書房, 2022, pp. 19-46.
- ^ 石黒一馬『音MADと駅構内放送の奇妙な関係』交通新聞社, 2023, pp. 61-83.
外部リンク
- 日本音MAD協議会
- オトマッド・アーカイブ
- 深夜編集文化研究所
- 音声反復資料館
- 年次音MAD博覧会公式記録