顔抜き
| 名称 | 顔抜き |
|---|---|
| 読み | かおぬき |
| 英語 | Face Cutout |
| 起源 | 1928年ごろの観光写真機構 |
| 発祥地 | 東京都浅草区(当時) |
| 主な用途 | 記念撮影、土産、広報 |
| 関連機関 | 大日本観光写真協会 |
| 最盛期 | 1950年代後半 - 1980年代前半 |
| 現代の展開 | 祭礼装飾、SNS用パネル、地域振興 |
顔抜き(かおぬき、英: Face Cutout)は、人物の顔の部分を切り抜いた台紙や看板、またはそれを用いて撮影する行為を指す日本の民俗的写真文化である。昭和初期の観光地で試験導入された「記念擬態装置」に起源を持つとされ、のちにを中心に全国へ普及した[1]。
概要[編集]
顔抜きは、人物の顔だけが空洞になった板・布・金属枠などを用い、そこに顔を差し入れて別人や物語の登場人物になりきる遊戯的表現である。もともとはの見世物小屋周辺で、観光客の「短時間で地元らしさを持ち帰りたい」という需要に応えるために考案されたとされる。
この様式はの初期に、写真師のと彫金職人のが共同で試作した「顔面余白式看板」を祖形とし、の観光課が試験的に採用したことから広まったとされている[2]。なお、当初は「抜かれる側の心理的負担が大きい」としての一部で問題視されたが、結果的には土産文化として定着したという[3]。
歴史[編集]
成立以前の背景[編集]
顔抜き以前にも、の役者絵や辻番付には、顔の部分だけを空けて眺める「差し込み式見立て板」が存在したとされる。これらは正月の縁起物として売られ、子どもが顔をはめて遊ぶ用途にも転用されたというが、現物の残存数は極めて少なく、の調査でも「ほぼ木屑である」と報告されている[4]。
観光化と標準化[編集]
、の遊園地『新世界観光園』が、全国で初めて「顔抜き専用の撮影枠」を常設したとされる。ここでは毎日平均が利用し、最盛日にはが並んだという記録があるが、係員の日誌には同日に雨が降っていたとも書かれており、数字の整合性にはやや疑義がある[5]。
にはが規格化を進め、顔穴の直径を、左右の傾き許容差を以内と定めた「顔抜き標準寸法第1号」を発行した。これにより、の寺社型、の雪像型、の祭礼型など、地域ごとの意匠が分化したとされる。
戦後の大衆化[編集]
戦後になると、顔抜きはの屋上遊戯場やの土産店前に急増した。にので実施された「顔抜き連続撮影大会」では、参加者のうちが途中で別の人物の顔を借りたため、記録係が誰を撮っているのかわからなくなったという逸話が残る。
また、この時期にはの児童番組『あそびのひろば』で顔抜きが紹介され、子どもたちが段ボールで自作するブームが起こった。番組内では「顔を抜くのではなく、気分を入れるものです」と解説され、当時の視聴者の間で妙に哲学的な反響を呼んだとされる[6]。
社会的影響[編集]
顔抜きは単なる撮影小道具にとどまらず、地域の案内板や商店街の装飾、選挙啓発ポスターにまで応用された。特にのでは、港湾労働者向けの安全標語「顔を抜く前にヘルメットを抜くな」が話題となり、の広報資料に掲載されたとされる[7]。
一方で、顔のはまり方によっては人物の印象が過度に誇張されることから、肖像権上の問題も指摘された。にはの商店街で、著名人風の顔抜きを使用した看板が「似すぎている」として一時撤去され、代替として“目元だけ抜く”半抜き仕様が導入された。これが後の文化に先行する「断片的自己演出」の原型であるとする説もあるが、これは定説ではない[8]。
技法[編集]
手作業型[編集]
初期の顔抜きは、厚紙にで穴を開け、裏から補強紙を貼る単純な構造であった。上手い職人になると、顔穴の縁をわずかに内側へ倒して陰影をつけ、写真に写った際に「本当にそこに顔がある」ように見せたという。京都の老舗『』では、1枚の顔抜きにを要したという記録がある。
機械式・電飾式[編集]
以降は、モーターで枠が回転する「回転顔抜き」や、発光ダイオードで輪郭が点滅する「ネオン顔抜き」が登場した。ので実施された冬季イベントでは、氷像の内部に顔抜きを埋め込み、来場者が零下の環境で撮影する方式が採用されたが、金属枠が頬に張り付く事故が起きたため、翌年から木枠に変更された。
デジタル化[編集]
には、顔抜きを化する動きが進み、スマートフォンのカメラ越しに顔を合わせるだけで歴史上の人物になれるアプリが多数登場した。にが導入した観光向け端末では、・・の3系統しか選べない仕様で批判もあったが、逆に観光客の回転率が上がったという。
批判と論争[編集]
顔抜きは、参加型文化として高く評価される一方で、「顔を抜く」という言葉の語感が強すぎることから、初学者に誤解を与えやすいと批判されてきた。とくにの投書欄では、「子どもが本当に顔を抜く遊びだと信じた」という苦情が掲載され、編集部が翌週に小さな注釈記事を出した。
また、自治体による観光振興の文脈では、地域ごとの文化的背景を無視して量産される「顔抜き量販型パネル」が問題となった。の一部離島では、伝統衣装を模した顔抜きが「海風で裂けやすい」という理由で祭礼から外され、代わりに帆布製の軽量版が支給されたが、これが「祭りの軽装化」を招いたとの批判もある。
現代の用法[編集]
現代では、顔抜きはだけでなく、学校文化祭、企業展示会、結婚式の余興にも用いられている。の調査では、全国の自治体イベントのうち約に何らかの顔抜き装置が含まれていたとされ、特にでは屋台型顔抜きが人気である[9]。
なお、最近では「顔を抜く」行為そのものよりも、「抜いた後にどれだけ自然にポーズを保てるか」が競われる傾向にあり、は毎年を「面外記念日」と定めている。ただし、この記念日は協会の会長が自宅で思いついたものを総会で通しただけであるともいわれ、要出典の典型例とされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松井兼三郎『観光と顔面余白の研究』大日本写真出版社, 1931年.
- ^ 今泉トメ吉『抜き穴細工と都市景観』東京工芸社, 1935年.
- ^ 大日本観光写真協会 編『顔抜き標準寸法第1号』協会資料第4巻第2号, 1941年.
- ^ 小林雪枝「戦後温泉街における参加型装飾の成立」『民俗写真研究』Vol.12, pp. 44-68, 1962年.
- ^ Margaret H. Elwood, “Cutout Portraiture and Civic Memory,” Journal of Imagined Tourism, Vol. 8, No. 3, pp. 201-229, 1978.
- ^ 中村弘明『遊園地文化史ノート』関西観光文化会館, 1984年.
- ^ 佐伯みどり「顔抜きと肖像の境界」『都市と表象』第9巻第1号, pp. 15-31, 1990年.
- ^ Harold P. Baines, “The Economics of Face Holes,” Annals of Recreational Studies, Vol. 14, No. 1, pp. 1-19, 2004.
- ^ 京都市観光局『AR顔抜き導入報告書』市政資料第22号, 2017年.
- ^ 日本顔抜き協会『面外記念日制定記録』協会年報第3巻, pp. 7-12, 2022年.
外部リンク
- 日本顔抜き協会
- 大日本観光写真資料館
- 浅草記念擬態アーカイブ
- 面外文化研究所
- AR観光装置保存会