餌待ちの鯉
| 分野 | 行動水産学、庭園文化、都市景観学 |
|---|---|
| 成立 | 1927年ごろ |
| 提唱者 | 山内澄夫、ヘレナ・R・ホイットコム |
| 主な研究地 | 東京都、金沢市、京都市 |
| 対象 | 観賞用の鯉、寺社池、回遊式庭園 |
| 関連法令 | 旧環境美観指針第14条 |
| 代表的施設 | 都立水景試験池、兼六園西池 |
| 通称 | エマチ、待機鯉 |
餌待ちの鯉(えまちのこい)は、池や庭園において人の接近を学習し、給餌の予兆に反応して水面近くに集まる鯉の行動様式である。末期の観賞魚研究から独立した概念として知られ、のちにとの境界領域で体系化された[1]。
概要[編集]
餌待ちの鯉とは、人の歩調、足音、バケツの金属音などを手がかりに、給餌が近いことを推定して水面へ集まる鯉の状態を指す用語である。の庭園管理技師らの間では古くから経験則として知られていたが、学術用語として定着したのは初期である。
この概念は、単なる「鯉が寄ってくる」現象ではなく、時間帯、天候、見学客の服装、さらには靴底の湿り具合まで含めて反応が変化するという点に特徴がある。とくににおける魚群の「待機姿勢」を美観の一部として評価したことが、後の研究を大きく左右したとされる[2]。
起源[編集]
庭園修景からの派生[編集]
起源は、の外池改修に際して、技師の山内澄夫が「餌を与えぬ時間に限って鯉が最も整列して見える」と報告したことにある。山内はこれを「給餌前緊張」と呼び、のちに水面反応学へ接続する観察記録を残したとされる。記録によれば、午後3時11分に職員が革靴で近づいた場合、鯉の上昇率は平均で47.6秒早まったという[3]。
一方、同時期に来日していた米国の景観研究者ヘレナ・R・ホイットコムは、での調査中に、観光客が「橋の上で立ち止まる頻度」と鯉の頭部露出角度に相関があることを見いだした。彼女はこれを「期待の水文学」と訳し、のちの英文文献でKoi Anticipation Theoryと表記したが、この訳語はあまり普及しなかった[4]。
戦後の標準化[編集]
30年代になると、の外郭研究班が「観賞魚の給餌待機行動標準表」を作成し、餌待ちの鯉を0級から5級まで分類した。0級は完全な無反応、5級は人影が見えた瞬間に群れ全体が波打つ状態とされ、施設によっては掲示板に「本日の待機級」が表示されたという。
この制度は一見すると科学的であったが、実際には管理人の気分や池の混雑具合で判定がぶれたため、の全国水景管理会議では「午前中の鯉は概して礼儀正しいが、午後はやや前のめりである」との総括に落ち着いた。なお、この会議録には、評価対象の半数以上が「餌箱の音に過敏すぎる」と記されている[5]。
国際的な広がり[編集]
に入ると、の日本庭園協会やの公園部局がこの現象に注目し、観賞魚の行動が来園者満足度に与える影響を調査した。とくにでは、雨天時に鯉の待機密度が高まることから、「気圧低下と期待形成の相互増幅」が仮説として提案されたが、のちに単に飼育員が傘を持っていると魚が寄るだけではないかと指摘された。
日本ではこの流れを受け、にが設立された。同会は年報で「餌待ちの鯉は、単なる餌付けの結果ではなく、鑑賞者側の滞留行動を誘発する相互作用系である」と述べ、池の前で人が立ち止まることで周辺売店の団子売上が平均12.4%上昇したと報告している。
分類[編集]
餌待ちの鯉は、観察上の振る舞いによりいくつかの型に分類される。実務上は施設の案内板にも用いられ、来園者への「鯉の機嫌」の説明に転用された。
第一に「浮上型」である。これは水面直下で静止し、給餌の瞬間だけ尾びれをわずかに震わせる型で、の庭園では最も品位が高いとされた。第二に「巡回待機型」は、池の端を円弧状に回遊しながら人の動線を追跡する型であり、特定の管理人にだけ先行して寄る傾向がある。第三に「突進予備型」は、音に反応して一斉に集まるが、実際の餌がないと失望の波紋だけを残す。
さらに、の寺院池で観察された「静観型」は、見た目には無反応であるものの、餌箱が開いた瞬間に池底から遅れて上昇するため、熟練者には最も怖い型とされた。研究者の間では、この遅延を「沈黙の礼儀」と呼ぶ向きもある[6]。
社会的影響[編集]
餌待ちの鯉は、庭園の観賞価値を高めるだけでなく、都市の余暇文化にも影響を及ぼしたとされる。の公園整備では、鯉が人を待つ池が「滞在時間を延ばす装置」として重視され、ベンチの配置や売店の営業時間まで調整された。
また、にが行った調査では、鯉が餌を待つ時間が長いほど、来園者の写真撮影枚数が増え、結果として近隣のカメラ店のフィルム消費が1日あたり平均18.2本増加したという。もっとも、この統計は雨天と日曜をほぼ同一に扱っており、後年「算出の粗さが逆に美しい」と評された[7]。
一方で、鯉を過度に「待たせる」展示法に対しては批判もあった。動物福祉の観点から、空腹状態を美観に転化しているとの指摘があり、には一部の施設で「待機演出」の自粛が申し合わせられた。ただし、実際には給餌時刻を5分ずらすだけの運用が多かったとされる。
批判と論争[編集]
最も長く続いた論争は、「餌待ち」の主体が鯉にあるのか、それとも人間にあるのかという問題である。山内派は鯉の学習能力を重視したが、ホイットコム派は観客側の反復行動こそが現象を形成すると主張した。この対立はの『庭園行動年報』誌上で激化し、編集部が「双方とも池の前で落ち着いていただきたい」と注記したことで有名である。
また、の某私設庭園で行われた実験では、毎日異なる時間に給餌したところ、鯉が管理人の腕時計そのものを見ているように振る舞ったため、「時計認知説」が急浮上した。しかし再検証では、単に腕時計の金属バンドが光を反射していただけである可能性が高いとされた。なお、この実験の詳細記録の一部は所在不明であり、要出典とされることが多い[8]。
研究手法[編集]
歩幅測定法[編集]
餌待ちの鯉の研究で最も有名なのは、観察者の歩幅と鯉の浮上開始時刻を照合する「歩幅測定法」である。これはにの臨時水景講座で導入され、靴音の種類まで記録された。革靴、下駄、軍靴、草履で反応が異なるとされ、特に草履は「一拍遅れて来るが、鯉が安心する」と評された。
さらに、には赤外線センサーと自動給餌器を用いた定量分析が試みられたが、鯉がセンサーの位置を覚え、装置の下に集合するという予想外の結果を生んだ。研究者はこれを「機械に対する礼儀」と解釈したが、実際には単に餌が出る場所を学習しただけである可能性が高い。
嗜好曲線の導入[編集]
以降は、鯉の待機行動を時間帯別に示す「嗜好曲線」が導入され、午前9時台の集中度、午後2時台の停滞度、夕暮れ時の迷いの深さなどが数値化された。ある報告では、梅雨明け直後のの池において、鯉の平均滞空感覚が23.8秒延びたとされるが、これは水温上昇による単純な活性化ではないかとの反論もある。
このような研究の積み重ねにより、餌待ちの鯉は単なる風物詩ではなく、人間が与える期待の周期を映す鏡として捉えられるようになった。もっとも、学会の懇親会では今なお「最終的には餌の有無である」とする実務家が強く、理論化は毎年少しずつ池に落ちている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山内澄夫『水面前期待行動の研究』庭園科学社, 1931年.
- ^ Helena R. Whitcomb, "Anticipation Patterns in Koi Ponds," Journal of Landscape Zoology, Vol. 4, No. 2, pp. 112-129, 1932.
- ^ 農林省観賞水産臨時委員会『給餌待機行動標準表』官報附録, 1958年.
- ^ 佐伯康平『日本庭園における魚群の礼法』京都文化出版, 1964年.
- ^ M. E. Latham, "Waiting Fish and Visitor Satisfaction in Civic Gardens," Urban Ecology Review, Vol. 11, No. 1, pp. 41-58, 1976.
- ^ 日本庭園行動研究会編『餌待ち現象の基礎と応用』東方書林, 1980年.
- ^ 東京都公園協会『池畔滞在時間と写真撮影行動の相関報告』内部資料, 1972年.
- ^ 西園寺雅彦『鯉は時計を見るか』水景月報社, 1985年.
- ^ 編集部『庭園行動年報 第7号』庭園行動学会, 1981年.
- ^ K. Nakamori & P. Dubois, "Metallic Reflections and Apparent Timed Feeding in Ornamental Carp," Proceedings of the International Symposium on Aquatic Aesthetics, Vol. 2, pp. 77-93, 1999.
外部リンク
- 日本庭園行動研究会アーカイブ
- 都立水景試験池デジタル年報
- 庭園魚類観察誌オンライン
- 兼六園歴史生物注記集
- 市民公園と鯉の文化資料室