高専病
| 分類 | 学生文化・ شبه医学的俗説 |
|---|---|
| 初出 | 1968年ごろ |
| 提唱者 | 北見工学医療研究会 |
| 主な発生域 | 日本の高等専門学校寮 |
| 関連施設 | 実習工場、学生寮、夜間自習室 |
| 症状 | 極端な工具愛着、語尾の機械化、提出物の締切恐怖 |
| 対処法 | 睡眠、一般教養、外食、外部の友人との会話 |
| 俗称 | 高専スパイラル |
高専病(こうせんびょう、英: Kosen Disease)は、の文化圏において観察されるとされる、技術偏重の生活様式と独特の対人行動が連鎖的に強まる状態を指す俗称である[1]。主に、、およびへの過剰適応によって進行するとされる[2]。
概要[編集]
高専病は、の学生に特有の生活リズムと価値観が、長期間の集団生活のなかで肥大化した結果として説明される概念である。初期には「技術熱中症」や「機械化青年症候群」とも呼ばれたが、のの内部報告で現在の名称が定着したとされる[3]。
もっとも、実在の医学的疾患ではなく、教育現場の観察記録、寮監の日誌、学生自治会の風刺ビラが混ざり合って形成された準民俗学的な用語である。なお、一部の学校では新入生が初めてに触れた翌週から発症例として記録されることがあり、統計の取り方にはかなりのばらつきがある[4]。
起源[編集]
北見工学医療研究会の調査[編集]
起源はにあったとされるの調査である。同会は、工業系学生の「会話がとに偏る問題」を調べるため、三校の寮を巡回し、延べに半構造化面接を行ったと記録している[5]。報告書では、夜中にの規格を暗唱する学生が多数確認され、これを「軽度高専病」と分類した。
この報告が注目されたのは、患者のように扱われた学生の多くがむしろ誇りを示し、症例票の余白に記号を描き足して返送してきたためである。研究会はこれを「自己免疫的な愛校心の発現」と説明したが、後年の編集者からは「ただの悪ふざけではないか」との指摘もある。
寮文化との結びつき[編集]
に入ると、、、などの沿岸部高専で、寮生活を中心に同様の現象が相次いで報告された。とくに、、といった行為が、症状の進行度を示す指標として用いられたという[6]。
寮内では、朝の点呼で「おはようございます」が「おはよう、電源投入完了しました」に変わるなど、挨拶が徐々に制御文に置換される例が確認された。これらは後に『高専病第2期』の典型例として教員間で共有され、進路指導の際に妙に活用された。
症状[編集]
高専病の症状は、身体的というより行動様式として語られることが多い。代表的なものには、定規の角度に異常な注意を払う、昼食の献立よりの起動時間を気にする、文化祭の装飾より配線の結束を優先する、といった傾向がある。
また、重症例では、一般会話の語尾に「です、はい」ではなく「仕様上問題ありません」「再現性があります」などが付加されるとされる。ある調査では、からの寮生のうち、実にが自宅帰省時に家族へ部屋の配線図を説明し始めたという[7]。
一方で、本人たちはこれを病的状態とは認識せず、むしろ「他分野の人間と比較して説明精度が高いだけ」と主張する傾向がある。この自己正当化の強さが、周囲からは高専病の進行を示す重要所見とみなされてきた。
診断基準[編集]
初期診断とされる項目[編集]
診断には、がにまとめたとされる「高専病簡易判定表」が長く用いられた。判定表では、1週間に3回以上を持つ、休日にホームセンターへ無目的に入店する、ノートの端に回路図を書き始める、など12項目中5項目で陽性とされた[8]。
さらに、昼食後に空き教室へ移動してもなお作業台を探す行動は、当時の校医のあいだで「位置依存性の強い症候」と呼ばれた。なお、この表は作成直後から「料理系の高専生には不利ではないか」との批判があり、ではの項目が追加された。
重症化の指標[編集]
重症化の指標としては、の中身が個人の心理状態と連動する、卓上のを“守り神”と呼ぶ、卒業アルバムの寄せ書きに部品番号が書かれる、などが挙げられる。とくにのにおける校内調査では、卒業生の中が、別れの言葉を「また接地で会おう」と記していた[9]。
校医の間では、これらの所見が3つ以上揃うと「要進路再調整」、5つ以上で「学科横断的介入」が必要とされた。ただし、ある教員は「本当に問題なのは彼らより、彼らを見て妙に感動してしまう周囲の大人である」と述べており、この発言は後に引用されがちである。
社会的影響[編集]
高専病は、学生本人の内輪ネタにとどまらず、企業の採用現場や地域イベントにも影響したとされる。後半には、の機械メーカー数社が新卒面接で「締切前の自走能力」を重視するようになり、逆に高専病の経験者が「現場適応力が高い」として歓迎された例がある[10]。
また、では、一般の来場者がやの展示よりも、学生が徹夜で作った「自動給茶装置」に群がる現象が起き、これが地域メディアに「高専病の観光資源化」として報じられた。ある県では、毎年の工業祭に合わせてが設けられたが、初年度の来場者のうちが現役学生で、教育効果は限定的であった。
批判と論争[編集]
高専病という語には、学生の専門性を揶揄し、進路選択を固定化する偏見を助長するとの批判もある。とくにのでは、用語の公的文書使用を避けるよう通達が出され、以後は「生活適応の偏り」や「専門没入傾向」といった婉曲表現が推奨された[11]。
一方で、当事者側からは「病」という語が自虐的な連帯を生み、寮文化の記憶装置として機能してきたとの反論も根強い。実際、のある校友会では、卒業後20年を経ても高専病を名乗る者が多く、年1回の再会会では全員が同じような工具箱を持参するため、会場の受付が毎回やや混乱するという。
対処法と予防[編集]
伝統的な対処法としては、の受講、学外の友人との定期的な食事、実習以外での失敗体験の導入などが挙げられる。とくにでは、2時間以上にわたり専門用語しか話していない学生に対し、意図的にの強い雑談を聞かせる療法が試みられたが、逆に学生側の方言模倣能力が向上したという報告がある。
予防については、に「工具は人格を代替しない」という標語を掲示する学校もあった。ただし、これが効果を上げたという明確な証拠はなく、むしろ標語の下に学生が勝手に「しかし人格は工具を補助する」と書き足すため、対策としてはほぼ失敗していたとみられる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北見工学医療研究会『寮生における技術語彙の過密化に関する覚書』北見工学医療研究会報 第3巻第2号, 1969年, pp. 14-29.
- ^ 佐伯 恒一『高専病の民俗学的研究』東北教育文化出版社, 1974年.
- ^ Margaret L. Henson, “Dormitory-Based Technical Habituation in Japanese Polytechnic Schools,” Journal of Applied School Anthropology, Vol. 12, No. 4, 1982, pp. 201-233.
- ^ 『全国高専保健連絡会内部資料 第4版 高専病簡易判定表』全国高専保健連絡会, 1981年.
- ^ 渡部 清人『実習工場と人格形成』工業教育叢書, 1988年.
- ^ Harold B. Keane, “The Wrench Identity Complex,” Pacific Review of Educational Oddities, Vol. 7, No. 1, 1991, pp. 55-71.
- ^ 『高専病と地域産業の相互作用』名古屋産業調査局年報 第18号, 1998年, pp. 88-102.
- ^ 小山内 里枝『専門没入傾向の社会史』みすず学術出版社, 2005年.
- ^ Akiko Tanaka, “Recessive Effects of Tool Symbolism Among Dormitory Students,” Education and Society Quarterly, Vol. 21, No. 2, 2011, pp. 90-118.
- ^ 『工具箱の倫理学――高専病再考』関西学生文化研究センター紀要 第9号, 2018年, pp. 3-41.
外部リンク
- 全国高専病資料館
- 北見工学医療研究会アーカイブ
- 学生寮文化保存協会
- 高専保健史研究ネットワーク
- 実習工場と生活史データベース