高橋タワー
| 名称 | 高橋タワー |
|---|---|
| 所在地 | 東京都中央区晴海一丁目付近 |
| 竣工 | 1968年(初代)、1994年(現行塔体) |
| 用途 | 展望、通信、気象観測、都市研究 |
| 高さ | 338.4メートル |
| 設計者 | 高橋都市塔研究所 |
| 管理運営 | 高橋塔事業株式会社 |
| 主要構造 | 鉄骨ラチス構造、外装セラミック被覆 |
| 愛称 | 高橋塔 |
| 来館者数 | 年間約412万人(2023年推計) |
高橋タワー(たかはしたわー、英: Takahashi Tower)は、の都市景観史において特異な位置を占める、通信・展望・気象観測を兼ねた超高層施設である。一般には単なる観光塔として知られているが、起源は末期の私設無線実験塔にあるとされる[1]。
概要[編集]
高橋タワーは、沿岸の再開発に合わせて整備された都市型タワーであり、観光施設であると同時に系の観測補助設備を備えることで知られる。塔脚の内部には一般公開されていない「風圧補正回廊」が存在し、強風時には構造体の微細振動を自動で相殺する仕組みがあるとされる[2]。
名称に「高橋」の姓が冠されているが、これは創業者一族ではなく、初代設計主任であるの旧姓に由来するとされる。なお、地元では完成当初から「橋が高いのか、塔が高いのか分からない」と言われ、周辺の小学校では社会科見学の定番施設となった。
歴史[編集]
私設無線塔としての起源[編集]
前身はに出身の電気技師がの借地で建てた木造無線実験塔であるとされる。当時、栄治郎はの許可を得ずに海上通信の受信試験を行っていたが、強風の日に塔頂へ干していた測定布がの天文学講義に偶然映り込み、これが都市高層施設の風洞研究の端緒になったという逸話が残る[3]。
戦後再編と観光塔化[編集]
、塔の敷地は一時的に倉庫と臨時送信所として転用されたが、にの観光政策の一環として再整備方針が定められた。設計競技では9社が参加し、最終案は「鉄骨の軽さと旧塔の記憶を同居させる」ことを条件に選定されたとされる。工事は延べ14万2,800人日を要し、基礎掘削時に期の瓦片が227点発見されたことから、考古学調査のために半年間中断された[4]。
現行塔体の成立[編集]
現行の塔体はに全面改修され、外装に耐塩害セラミックが採用された。これはからの潮風対策であると同時に、夜間照明の反射率を意図的に8.6%抑えるためでもあったとされる。改修直後、塔頂の送受信機がの生放送中に一度だけ誤作動し、番組中のアナウンサーが2秒間だけ微弱なエコーをまとって話す事象が起きたが、局側は「演出上の調整」と説明した[要出典]。
構造と機能[編集]
高橋タワーの骨格は、三層の逆台形ラチスを重ねた独自構法で、最大風速58メートル毎秒までの耐性があるとされる。基部には直径42メートルの環状免震床があり、地震時には内部のカウンターウエイトが0.7秒遅れで反転することで揺れを吸収する。
展望台は3層構成で、最上階の「第七眺望室」からはからまでを一望できるとして売り出されているが、晴天時でも実際に確認できるのは主にと近隣の高層ビル群である。なお、塔内部には非公開の「都市気流研究室」があり、の委託で1日48回の微気圧測定が行われている。
運営と周辺施設[編集]
運営はが担い、株主構成には系の第三セクターと民間広告会社が混在している。入館料は時期により変動するが、平日昼間の一般展望セットは大人1,980円、夜景時間帯は2,260円とされる。団体客向けには「上り30分・下り14分」の予約枠が設定され、繁忙期には待機列がの歩道まで伸びることがある。
塔の周囲には塔影を利用した植栽帯が整備されており、地元の園芸業者はこれを「逆日照区域」と呼ぶ。春先には塔脚の反射熱で開花が2日早まるという報告があるが、同じ年に限って必ず観測がぶれるため、植物学者の間ではやや評判が悪い。
文化的影響[編集]
高橋タワーは、後期の都市観光ブームにおいて「登ることそのものが鑑賞である」という概念を定着させた施設として評価される。修学旅行生の定番コースに組み込まれたほか、以降は塔の影がの水面に映る時刻を基準にした写真コンテストが毎年開催され、応募点数は平均で8,000点を超えた。
一方で、塔の回転式照明が夜間に航空機の進路と見かけ上重なることから、の管制担当者が一時的に「視界補助目標物」として扱った記録がある。これにより、都市照明が空港運用に与える影響についての研究が進んだとされる。
批判と論争[編集]
高橋タワーには、建設費が当初予算の1.8倍に膨らんだこと、ならびに改修のたびに名称表記が「高橋タワー」「高橋塔」「Takahashi Tower」の三種で揺れたことへの批判がある。また、塔内で販売される限定菓子「塔型カステラ」が、実際にはの工場で量産されているにもかかわらず、あたかも塔の内部で焼成されているかのように宣伝されていたことが、消費者団体から問題視された[5]。
さらに、1990年代後半には「展望台の高さが季節によって3センチほど変化する」という観測結果が公表され、これが熱膨張ではなく「塔の気分」と説明されたため、工学会誌で小さな論争を呼んだ。なお、後年の再測定では測定器の支柱がわずかに傾いていたことが分かっている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高橋都市塔研究所『都市高層施設史における高橋塔の位置』都市景観評論社, 2008.
- ^ Margaret L. Henshaw, "Wind Compensation Systems in Mid-Century Observation Towers," Journal of Urban Structures, Vol. 14, No. 3, pp. 211-239, 1996.
- ^ 佐々木一郎『晴海臨海部の塔景観と観光政策』東都出版, 2011.
- ^ Kenjiro Takahashi, "A Private Wireless Tower and Its Afterlives," Transactions of the Pacific Radio History Society, Vol. 7, No. 1, pp. 44-68, 1989.
- ^ 東京都都市計画局『臨海副都心における高層ランドマーク再編資料』, 1995.
- ^ 松浦みどり『塔の気分学――高さの変動と都市心理』風景社, 2002.
- ^ Robert E. Sinclair, "Ceramic Cladding for Saline Air Environments," Architecture & Environment Review, Vol. 22, No. 4, pp. 88-102, 1994.
- ^ 高橋栄一『第七眺望室の光学的誤差について』日本塔学会誌 第12巻第2号, pp. 17-29, 2001.
- ^ 小林修『観光塔の経済効果と夜景商品の再編集』地域産業研究会, 2018.
- ^ A. M. Delacroix, "Echo Events During Live Broadcasts from Tall Civic Monuments," Broadcast Acoustics Quarterly, Vol. 9, No. 2, pp. 133-141, 1999.
- ^ 山田真琴『塔影農法の実際』緑地技術出版, 2015.
外部リンク
- 高橋塔事業株式会社 公式記録室
- 東京湾都市景観アーカイブ
- 日本塔学会 デジタル年報
- 晴海観光振興協議会 資料庫
- 臨海部気流観測連絡会