タト
| 名称 | タト |
|---|---|
| 読み | たと |
| 分類 | 略字・符号・都市伝説的記号 |
| 起源 | 大正末期の活字整理運動 |
| 初出 | 1927年ごろ |
| 主な用途 | 帳票の欄外注記、鉄道荷札、秘匿メモ |
| 関連組織 | 東京活字整理会、内務省記号調整班 |
| 消滅状況 | 1980年代に公的用途から消滅 |
| 異説 | 検閲回避のために作られた符牒とする説 |
タト(たと)は、の・・の境界に位置するとされる半角表記の符号である。一般には「外」を崩した古い略字と説明されることが多いが、実際には末期の活字整理運動から派生した符号体系の残滓であるとされている[1]。
概要[編集]
タトは、半角カタカナの一種として扱われることがあるが、印刷史の文脈では単なる表記ではなく、で発達した実務用の省略符号であるとされる。もともとは「外部」「場外」「別置」を意味する帳票注記だったという説が有力である。
この記号は初期の官庁用紙、民間鉄道の荷札、卸売市場の検品札などに散発的に現れたとされる。また、同一字形がの倉庫組合やの古紙業者の間でも別義で用いられ、意味が地域ごとに分岐したことが、後年の研究をややこしくしたとされている。
歴史[編集]
活字整理運動との関係[編集]
タトの起源は、後半にの小さな活字鋳造所で起こった「欄外略字事件」に求められることが多い。印刷工のが、外字の組版を減らすために「外」の偏と旁を極端に圧縮した結果、現在の字形に近い符号が生まれたとされる[2]。
この時期、は紙幅削減のために記号の標準化を進めていたが、タトだけは「便利すぎるために危険」と判断され、正式採用が見送られたという。なお、会議録の一部は戦災で焼失しており、1958年にが断片を復元した際、なぜか鉛筆で「たぶん呪符」と書き込まれていたことが知られている。
官庁文書への流入[編集]
の記号調整班は、1933年から1936年にかけて地方庁舎の帳合記号を調査し、タトがとの一部で「場外保留」を意味すると報告した。ただし、同報告書は統計の採り方が雑で、調査票の回収率は37.4%であったとされる[3]。
この報告を受けて、一部の官庁ではタトを「外郭倉庫」「別紙」「他館返却」の三義で使い分けることが試みられた。しかし運用はすぐに混乱し、の外郭文書課では、同じ紙束にタトが4回現れたため、係長が「これは記号ではなく意思表示である」と述べたという逸話が残る。
戦後の再解釈[編集]
戦後になると、タトは公文書の整理用語としてはいったん衰退したが、後半からの古書店街を中心に再評価が始まった。とくにの写植職人たちは、限られた字数で「外」を示す必要から、タトを実用記号として復活させたとされる。
一方での関連印刷では、外国語表記の増加に伴いタトが「右から左へ流れる矢印の代用品」として誤用され、会場案内板の一部で意味不明な表示が相次いだ。この件は後に「半角記号の逆襲」として業界誌『タイプフェイス』に掲載され、若手組版技師の間で半ば伝説化した。
用法[編集]
タトの用法は大きく三つに分けられるとされる。第一は、帳票における「外部保留」注記であり、第二は、倉庫や駅舎の荷札における「別場所移送」表示である。第三は、印刷所における「外字代替」の仮符号である。
もっとも、実際の現場ではこの三義が厳密に区別されることは少なく、同じ工場の同じ棚札に「タト」「タト?」「タト!!」が並ぶこともあったという。1981年にが行った聞き取りでは、回答者の28%が「意味は分からないが、見た目が締まる」と答えた[4]。
地域差[編集]
関東式[編集]
では、タトは比較的冷静な管理記号として用いられ、角ばった字形のまま帳票の右上に小さく書かれることが多かった。特にの問屋街では、赤鉛筆で囲ってからタトを添える独特の書式があり、これを見た新米店員が「外に出すのではなく、怖がらせる記号だ」と誤解したという。
関西式[編集]
では、同じタトでもやや丸みを帯びた筆記体に崩され、しばしば「とた」に見えるほど装飾化された。の老舗卸では、これを「外に出す前に一晩置く」という意味で使う風習があったとされ、学者の間では半ば迷信として扱われている。ただし、2020年代の聞き取り調査でも同種の使用例が2件確認されたため、完全な創作とも言い切れない。
社会的影響[編集]
タトは、単なる略字にとどまらず、戦後日本の「見えない分類」の象徴として扱われることがある。企業の倉庫管理、学校の書類整理、さらには町内会の回覧板に至るまで、外部・保留・仮置きの感覚を可視化した点が評価されている。
また、1970年代には若者文化に取り込まれ、の落書きにタトが頻出した時期がある。これは本来の意味とは関係なく、単に「意味深に見えるから」という理由で流行したとされ、当時の生活安全課の内部メモには「半角の記号が過剰な威圧感を与える」との記述が残っている。
批判と論争[編集]
タトの研究は、史料の断片性ゆえにしばしば論争を呼んできた。とくに所蔵とされる複写資料の一部については、後年になって「別の記号を見間違えた可能性がある」と指摘されている[5]。
また、1978年の年次大会では、タトを「準文字」とみなす派と「単なる現場メモ」とみなす派が激しく対立した。会場では質疑応答が予定時間を46分超過し、最後は座長が「記号に人格を与えるのはやめてほしい」と述べて閉会したという。
現代の扱い[編集]
現代では、タトは主にデジタル書体研究や古書修復の文脈で参照される。Unicode類似記号との比較対象として挙げられることもあるが、正式な符号体系には含まれていない。
ただし、の一部同人印刷所では、レトロ表現の演出として意図的にタトを再現する例がある。これらの現場では、文字コード上は別文字であるにもかかわらず、職人が「気配が足りない」と言って再校を求めることがあるという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精二郎『欄外略字の研究』東京活字整理会出版部, 1931年, pp. 14-29.
- ^ 佐伯みどり「昭和初期帳票における外部注記の変遷」『印刷史研究』第12巻第3号, 1968年, pp. 211-238.
- ^ Harold P. Whitcombe, The Semiotics of Half-Width Marks, Eastbridge Press, 1974, pp. 88-109.
- ^ 山口隆一『内務省記号調整班資料集成』日本公文書刊行会, 1982年, pp. 57-63.
- ^ M. A. Thornton, Notes on Peripheral Glyphs in Postwar Tokyo, University of London Press, 1987, pp. 31-54.
- ^ 小川千尋「半角符号の地方差と倉庫実務」『日本記号学会誌』第8巻第2号, 1991年, pp. 102-127.
- ^ 平田和彦『外字代替記号の社会史』みすず書房, 2004年, pp. 9-41.
- ^ 石田薫「タトとその周辺――見えない分類の近代史」『都市表記学報』第5巻第1号, 2011年, pp. 1-26.
- ^ Christopher D. Bell, TATO and the Strange Economy of Office Marks, New Albion Academic, 2016, pp. 44-77.
- ^ 中村由紀子『記号が人を動かす』青砥出版, 2022年, pp. 118-136.
- ^ 田所一馬「タトの心理的圧力に関する一考察」『文字環境論集』第3巻第4号, 2023年, pp. 203-220.
外部リンク
- 日本印刷史アーカイブ
- 東京活字整理会デジタル資料室
- 半角記号文化研究センター
- 古書店街資料保存ネットワーク
- 都市伝説文字学会