(">_<")\
| 名称 | (">_<")\ |
|---|---|
| 読み | おーばーぴーくえすらっしゅ |
| 英語名 | Over-Peakslash |
| 分類 | 感情補助記号 |
| 起源 | 昭和末期の端末文化 |
| 主な用途 | 羞恥・拒絶・話題逸らし |
| 標準化団体 | 日本記号工学会 表情符号部会 |
| 初の公的採録 | 1987年 |
| 派生形 | ('>_<')/、(>_<)\\ |
(">_<")\ は、表情記号の一種として知られる日本発祥の感情補助記号である。主に強い羞恥、逆切れ、ならびに「話題を変えてほしい」という無言の圧力を示すために用いられる[1]。
概要[編集]
(">_<")\ は、顔文字の右肩に斜線を伴うことで、通常の困惑表現よりも一段強い「自己防衛の姿勢」を示す記号とされる。東京都内の電気通信大学周辺で確認された最初期の用例では、掲示板上の冗談を受けた直後に付され、発話者が自らの発言に照れつつも撤回しない態度を示したとされている。
後年、この記号はパソコン通信文化において急速に広まり、特に1990年代前半にはBBS上で「詰められたときの定型句」として定着した。なお、当時は入力補助が未整備であったため、実際には半角の円記号やバックスラッシュが混用され、現在の標準形に至るまでに少なくとも11種の異表記が存在したとされる[2]。
歴史[編集]
端末文化における萌芽[編集]
起源は1984年頃、NEC系の端末で文字化けを避けるために行われた「左右非対称感情記号」の試験記述にあるとされる。当初は川崎市の企業内サークルで、怒りと照れを同時に表すために『(>_<)\』が考案されたという説が有力である。発案者としては、社内情報システム課の渡辺精一郎がしばしば挙げられるが、本人はのちに「私は斜線の実装しかしていない」と述べたと記録されている。
この時期の記号は、ASCII表現の制約から口の位置や眉の角度が固定されておらず、閲覧環境によっては泣いているのか威嚇しているのか判別しにくかった。そこで、1986年に日本記号工学会は『感情の既定強度を補助する右下傾斜線』という暫定基準を発表し、これが後の公的標準化の下地になったとされる。
標準化と普及[編集]
1987年、郵政省の外郭研究会である『端末表情記号検討委員会』が、(">_<")\ を「過剰反応抑制記号」の一種として整理し、若年層のチャット文化における心理的衝突を低減する効果があると報告した。この報告書は、横浜国立大学の実験協力を受け、被験者312名のうち68.3%が「これ以上いじると面倒な人」という印象を受けたと回答したことで注目された。
また、1992年にはNTT系のオンライン会議システムで独自の自動整形機能が導入され、(">_<")\ が入力されると末尾の斜線だけが強調表示される仕様が試験採用された。これにより、記号の意味は単なる照れから『議論の打ち切り宣言』へと拡張し、関東地方を中心に用法が多様化したのである。
海外への伝播[編集]
海外では1996年頃、シアトルの日本語フォーラムを介して知られるようになった。英語圏では Over-Peakslash の名で紹介され、特にマサチューセッツ工科大学の学生掲示板で、実験レポートの遅延謝罪文に添える「学術的な可愛げ」として流行した。現地の利用者は、斜線を『自分の心が右下にずれる感じ』と解釈し、心理言語学の教材にも引用された。
一方で、フランス語圏では『barre d'écrasement émotionnelle』と訳され、やや攻撃的な印象を帯びたため普及は限定的であった。これに対し、韓国では入力効率の観点から顔文字よりも短縮表記が好まれ、(">_<")\ は主にゲーム掲示板で「負け惜しみの礼儀表現」として機能したとされる。
用法[編集]
(">_<")\ は、基本的に相手の発言に対して「それ以上深掘りしないでほしい」という意思を柔らかく伝える用途で使われる。もっとも、用法は時代と媒体により揺れが大きく、電子メールでは謝罪の末尾に添える一方、チャットでは軽い煽りを含む返答として使われることもある。
2001年以降は、若年層の間で『斜線を倒すと本音が出る』という俗説が広まり、(">_<")\\ から『(>_<)』に変化させることで「防御解除」を表すという半ば儀式的な運用も観察された。ただし、総務省の調査委託を受けた情報表現研究センターは、これを「入力ミスの正当化」とみなしており、解釈には地域差があると指摘している。
また、商業分野ではゲーム会社の宣伝文句に取り入れられ、『超絶かわいい困惑』を表現する記号としてグッズ化された。2010年には秋葉原の文具店で、(">_<")\ だけを刻印した消しゴムが月間2,400個売れたとされ、記号史上まれな実用品化の例として知られる。
文化的影響[編集]
この記号は、単なる顔文字にとどまらず、インターネット文化における「自己制御の演出」を象徴するものとなった。特に匿名掲示板では、(">_<")\ を付けることで投稿者が『本気では怒っていないが、軽く尊厳は傷ついている』という微妙な状態を示せるため、衝突の緩衝材として機能したとされる。
また、美術の分野では、2014年に東京都現代美術館の企画展『記号の顔』で、(">_<")\ を縦横3メートルに拡大したネオン作品が展示された。来場者の一部はこれを「現代の能面」と評したが、作者の佐伯ミドリは『本来はウザい先輩から身を守るための記号である』と説明し、評論家の反応をやや困惑させた。
さらに、教育現場では、児童生徒が対人ストレスを自覚的に言語化する教材として利用された例がある。ある都立高校では、提出物の遅延理由に(">_<")\ を付けてよいのは月2回までとする内規が設けられ、記号の濫用抑制に成功したと報告されている。
批判と論争[編集]
批判の主眼は、(">_<")\ が『かわいさを装った拒絶』であり、対話を曖昧化させるという点にある。特に2018年の京都大学社会言語学研究会では、この記号が相手に「責めているのはあなたではなく状況である」と誤認させることで、責任回避に用いられる可能性が指摘された。
また、企業内コミュニケーションにおいては、会議後の議事録コメントに(">_<")\ を添えることで、無断遅刻や未提出資料の印象が軽減されるとする『表情の免罪符化』が問題視された。これに対し、記号擁護派は「感情の粒度を上げたにすぎない」と反論しているが、内閣府の有識者会議では、依然として『斜線依存の高い若年層が存在する』との懸念が示された[3]。
なお、一部の古参利用者からは、現在の(">_<")\ は斜線が長すぎて本来の緊張感が失われているとして、1980年代型の短斜線表記への回帰運動も提唱されている。もっとも、この運動の参加者は全国で推定43人前後とされ、文化運動としては極めて小規模である。
派生形[編集]
派生形としては、('>_<')/のように左肩へ補助線を置く「反転型」、(>_<)\\ のように末尾の斜線を二重化する「過剰防御型」、および (">_<(" のように括弧を崩して感情の不安定さを示す「崩壊型」がある。これらは2000年代以降、携帯端末の入力補正機能により自動生成されることもあり、結果として利用者が自覚しないまま記号の語義を拡張していった。
学術的には、これら派生形を総称して『ピークスラッシュ群』と呼ぶことがあり、東京工業大学の小林瑛介らは、斜線の本数と感情強度の相関が0.71であったとする研究を発表した。ただし、被験者数が26名と少なく、再現性については要出典とされる。
脚注[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『端末表情記号概論』日本記号工学会出版部, 1988.
- ^ 佐伯ミドリ『記号の顔: 感情補助記号の美学』美術出版社, 2015.
- ^ Harold M. Winch, "A Typology of Slash-Emotions in Japanese BBS Culture," Journal of Digital Semiotics, Vol. 12, No. 3, 2004, pp. 41-67.
- ^ 小林瑛介・田村由紀子「斜線本数と羞恥反応の相関」『情報表現研究』第18巻第2号, 2011, pp. 88-104.
- ^ Margaret A. Thornton, "Over-Peakslash and Defensive Politeness," The Internet Studies Review, Vol. 7, No. 1, 2009, pp. 5-29.
- ^ 端末表情記号検討委員会『過剰反応抑制記号に関する中間報告書』郵政省外郭研究資料, 1987.
- ^ 中村和弘『顔文字の社会史』青土社, 1999.
- ^ Eleanor P. Huxley, "When a Slash Means Please Stop," Proceedings of the 3rd International Conference on Computer Affect, 2012, pp. 203-219.
- ^ 『ASCII時代の感情記号と入力障害』情報文化年報, 第9巻第4号, 1993, pp. 12-33.
- ^ Jean-Luc Perrin, "barre d'écrasement émotionnelle et ses usages," Revue de Sémiotique Appliquée, Vol. 21, No. 2, 2016, pp. 77-90.
外部リンク
- 日本記号工学会アーカイブ
- 端末表情史料館
- Over-Peakslash Database
- 顔文字文化研究センター
- BBS記号年表