()
| 表記 | () |
|---|---|
| 読み | 「まるにおわん」(乾いた笑い) |
| 用途 | 文末の余韻・含み・同意拒否などを示す |
| 成立領域 | 印刷・電信・近代文書実務 |
| 関連慣用 | 空括弧、余韻括弧、無内容サイン |
| 使用媒体 | 手書きメモ、掲示板、社内稟議、脚本メモ |
| 代表例 | 「承認します()」 |
| 主な論点 | 意味が空白であるほど解釈が拡張する点 |
(まるにおわん)は、文章中に現れる括弧記号と、その「空白の中身」を含意する約束事を指す概念である。読みは「乾いた笑い」とされ、主に文末に付けて使用する慣行として知られている[1]。
概要[編集]
は、見た目は単純な括弧記号である一方、運用規則としては「括弧の中が空であること」そのものが符号化された記号体系として扱われる。特に文末に付されると、発話者の感情が意図的に伏せられ、受け手にだけ乾いた笑いの余韻を残すとされる[1]。
この概念が広まった理由は、文字数や説明コストが増える場面で「言わないこと」が最も安全な交渉形態になったためであると説明される。なお、表記が省略された伝達は誤解を呼びやすいが、は誤解すら“含み”として設計されている点で、現代の文章運用にも適合しているとされる[2]。
歴史[編集]
電信文書の「空括弧」起源[編集]
起源として最もよく引用されるのは、19世紀末の電信局で運用されていた「空括弧待避符号」である。上海派遣の技官は、送信時間の節約のために、肯定・否定・保留を“記号だけ”で送る規則をまとめたとされる[3]。
その中で、括弧は本来の注記を示すはずだったが、実装上の問題により括弧内が空白になる回数が異常に増えた。そこで電信局側は「空白の回数」を感情の濃度として読み替え、最終行にだけを置く運用へ発展させたと推定されている。記録としては、1日当たり平均の“空括弧付き”通信が観測された年があるとされるが、当時の紙片が残っていないため真偽は要検討とされる[4]。
稟議文化と「乾いた笑い」への転換[編集]
20世紀初頭、は電信から印刷事務へと移植された。特にの文書管理所では、文面を硬く保つ必要がある稟議書において、感情を減らすための“空の符号”として採用されたとされる。
その運用を決めたのは、の若手校閲官であると伝えられている。彼は「言葉を足すほど責任が増える。括弧を空にすれば、責任も空になる」と社内講習で述べたとされる[5]。なお、この講習資料は後年、綴じ穴の位置が一部欠けており、ページ数がからに増えたように見えることから、後編集が疑われている[6]。
こうしては、単なる記号ではなく、文末の“乾いた笑い”として定着した。以後の社会では、表明を避けたい交渉や、結果が出ていない案件の微妙な同意として機能するようになったと整理されている。
掲示板時代の拡張と誤用問題[編集]
1990年代以降、電子掲示板の匿名文化ではが「中身がないからこそ好きに読んでいい」という免責符号のように扱われることが増えた。たとえばの地域フォーラムでは、返信の最後にを置くと「批判していないが、完全に許してもいない」という合意が成立しやすいとされ、投稿者の間で“読みの分業”が起きたと報告されている[7]。
一方で誤用も増えた。企業のにが混入すると、監査部門が「意味不明であること自体が意図的な隠蔽」と解釈するケースが出たため、が“空括弧の使用禁止”を通達した年度があるとされる。その通達書式は、押印欄の直径がであったとも書かれているが、同課の現物は見つかっていない[8]。
運用規則[編集]
は、単独でも成立するが、一般に「文末」「直前の強い断定・丁寧語・命令の直後」の3条件で意味が安定するとされる。語尾に置くと“言い切らない強度”が表れるためであると説明されるが、強度の測定方法が論争的で、研究者の間では「乾いた笑い指数(DWI)」のような指標が提案された[9]。
DWIは、同一投稿内で感嘆符がゼロ、謝罪がゼロ、絵文字がゼロであるほど数値が高くなるとされる。実際、某データ解析チームは、対象投稿のうちを文末に置いたものが平均でDWIが高いと報告した。ただしサンプルの地域が偏っていた可能性があり、再現性は限定的とされる[10]。
また、括弧内に文字が入る場合は別物として扱われる。運用上、「空括弧】でないものは意味が希薄になり、冗談と誤解されやすいとされる。
社会的影響[編集]
は、言語表現の“空白部分”を社会的合図として再設計した点に特徴がある。結果として、対人関係では「否定のコスト」を下げ、「同意の責任」を曖昧にする方向に働いたとされる。
たとえば職場では、の面談記録にが挿入されると、評価者は“強い否定をしていない”と主張しやすく、被評価者は“拒否されてはいない”と受け取りやすかったと報告される[11]。この齟齬が、労務トラブルの少なさとして統計に現れた年があったとも言われるが、因果は確定していない。
一方で、空白に意味を託す文化は、誤解の温床にもなった。特に初対面の関係では、が“皮肉”として読まれることがあり、地域や世代で意味がずれるとされる。
批判と論争[編集]
批判は主に「責任の所在が不明になる」「意味が通じない」「監査・法務で扱えない」という点に集中した。言語学者のは、を“記号の逃げ道”と呼び、文章の誠実性を損ねると指摘したとされる[12]。
ただし擁護側は、は沈黙を肯定するのではなく、沈黙に“読みの余白”を与えるための技法であると反論した。さらに、空括弧があることで返答の調子が整うケースもあり、むしろコミュニケーションを短縮し、会話の衝突を減らしたという報告もある[13]。
なお、最も有名な論争は「は笑いか、怨嗟か」という分類問題である。ある匿名論文では、文末のが置かれた投稿を音声化すると平均だけ無音が長くなると主張されたが、装置の仕様が非公開であり、検証不能とされた[14]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ウィリアム・K・ハルステッド『電信応答の簡約符号論』上海通信局出版部, 1898.
- ^ 渡辺精一郎『文書審査における空括弧運用の実務』内務文書審査局, 1912.
- ^ 安藤瑛二『言外表現の責任設計:沈黙と記号のあいだ』青葉言語学研究所, 1977.
- ^ Martha J. Ellery『The Rhetoric of Empty Delimiters in Corporate Writing』Journal of Applied Scriptology, Vol.12 No.3, 2004, pp.41-63.
- ^ 佐藤月明『括弧のない括弧:掲示板文末慣習の社会言語学的検討』情報文化研究, 第6巻第2号, 2009, pp.88-109.
- ^ Kenta Morishita『Decoding Deadpan Parentheses: A Quantitative Approach』Proceedings of the International Workshop on Text Signals, Vol.7, 2016, pp.201-219.
- ^ 内務文書審査局『校閲講習資料(麹町版)』, 1913, pp.1-19.
- ^ Ryo Abeno『Audit Readability and Symbolic Ambiguity in Administrative Systems』Public Compliance Review, Vol.3 No.1, 2011, pp.15-29.
- ^ J. L. Watanabe『乾いた笑いと記号の機能(日本語抄録版)』Oxford Script & Silence Studies, 2019, pp.77-95.
- ^ 総務監査課『空括弧使用抑止通達の運用指針(改訂案)』, 1998, pp.3-5.
外部リンク
- 空括弧運用アーカイブ
- 乾いた笑い研究会
- 文末記号学ポータル
- 社内稟議データ辞典
- 電信文書復刻サイト