ANNIVERSARY ∴∵∴ ←↓↑→
| 名称 | ANNIVERSARY ∴∵∴ ←↓↑→ |
|---|---|
| 読み | あにばーさりー さんてんくろす さんてんてん さんてんくろす ひだり した うえ みぎ |
| 分類 | 記念儀礼符号・順路指定記号 |
| 成立 | 1987年頃 |
| 提唱者 | 渡瀬宗一郎と東京式典記号研究会 |
| 主用途 | 周年行事、追悼導線、展示会の回遊設計 |
| 中核要素 | 三連点記号と四方向矢印 |
| 派生形式 | ANNIVERSARY ∴∵∴ ↙→↗← など |
| 採用地域 | 日本、韓国、シンガポール、北欧の一部 |
ANNIVERSARY ∴∵∴ ←↓↑→は、記念日を起点に特定の順序で矢印をたどり、再訪・回想・修正を行うための符号列である。1980年代後半の東京都千代田区で考案されたとされ、のちにやの式典演出に広く流用された[1]。
概要[編集]
ANNIVERSARY ∴∵∴ ←↓↑→は、周年を祝う場で「一度通過した意味を、別の順序で回収する」ことを目的とした記号体系である。一般には、式典の招待状、会場導線、記念映像の章立てに用いられ、特にやが行う大型回顧展で見られるとされる。
名称中の∴∵∴は「断続的な記憶の復元」を示し、続く←↓↑→は「過去へ降り、現在で持ち上げ、未来へ押し出す」工程を表すという。なお、初期の運用文書では矢印の上下が逆転していた例があり、これが後年の解釈論争を生んだ[2]。
成立史[編集]
東京式典記号研究会の設立[編集]
1979年、の貸会議室で渡瀬宗一郎、古賀澄子、平井俊彦らが「式典は進行表だけでは人の感情を整理できない」として研究会を発足させた。彼らは系のイベント資料を大量に収集し、記念式典における視線移動と拍手のタイミングを、記号で制御できないか検討したとされる。
最初の試作品は「ANNIV.」の略記と十字形の点群から成る簡素なものであったが、1984年の上野回顧展で来場者の滞留率が通常の1.8倍に達したことから、より強い誘導性を持つ記号として拡張された。ここで用いられたのが、のちの∴∵∴である。
四方向矢印の採用[編集]
←↓↑→が加わったのは1987年である。渡瀬はの搬入通路で、来賓が展示の順路を逆走する事故を観察し、「人は祝うときほど迷う」という仮説を立てたという。これを受け、展示室の入口に「左へ降り、上へ戻り、右へ抜ける」導線が設置され、記念品売場の売上が前週比で26%増加した。
ただし、この統計は会場内のを含めた合算であるため、記号そのものの効果とは断定できない。もっとも、当時の内部報告書には「矢印の配置により、来場者が過去の思い出を物理的にたどるような挙動を示した」と記されている。
記号論的特徴[編集]
∴∵∴は、単なる装飾ではなく「連想の密度」を示すと解されている。三つの点のうち中央が逆向きであるため、記憶が直線的に並ばず、途中で反転して再編集される構造をもつとされた。
また、←↓↑→は日本語の横書き環境においても誤読されにくく、JR東日本の一部駅構内で採用された案内板では、右から左へ読む高齢者と、左から右へ読む子どもが同時に同じ方向へ進んだという。もっとも、この現象はの誘導が優秀だった可能性もあり、研究会内でも評価は割れている。
この記号体系の最大の特徴は、意味があるようでいて、具体的な意味を確定しない点にある。式典プログラムに印字されると、参加者は「何か重要な儀式が始まる」と感じる一方、実際には会場の出口やフォトスポットの位置を知らせるだけであることが多い。
普及と応用[編集]
1989年以降、ANNIVERSARY ∴∵∴ ←↓↑→は大阪、名古屋、の大型商業施設に広がった。特に阪急百貨店系の催事では、周年フェアのロゴにこの符号列を組み込むことで、客が「限定感」を強く抱くことが確認されたとされる。
シンガポールの催事会社では、これを「Anniversary Loop Mark」と英訳し、国際会議の会場導線に導入した。参加者が記念撮影を終えたあと、なぜか同じ展示をもう一度見る率が31%に上がったという報告があり、回遊設計の成功例として引用される[3]。
一方で、過度に採用した自治体では「毎年同じ記号を使うため、祝賀の新鮮味が薄れる」との批判もあった。これに対し研究会は、記号は更新しないことに意味があるとして、周年ごとに矢印の太さだけを0.3mmずつ変える運用を提案している。
事件と論争[編集]
1992年の逆走騒動[編集]
1992年、横浜の港湾倉庫で行われた企業創立50周年記念展において、矢印の配置を誤って印刷したパンフレットが配布され、来場者の一部が展示の最終章から入場する事態が発生した。これにより、記念映像のクライマックスを先に見てしまった観客が多数出て、会場内で小規模な混乱が生じたとされる。
しかし、主催側はこれを「時間の先行体験」として正当化し、むしろ満足度が上がったと発表した。外部の記者は「混乱を感動と呼び替えるのがこの記号の本質である」と評したが、主催側は否定していない。
記号の宗教化[編集]
1990年代後半には、一部のファンが∴∵∴を「三珠」と呼び、周年イベントのたびに同じ並びで拍手を行う小集団が現れた。彼らは矢印の向きに応じて立つ・座る・振り返るを繰り返し、主催者の想定を超えた儀礼化が進んだとされる。
系の有識者会議では、これを「民間記念儀礼の過剰な形式化」として問題視したが、結局のところ、出席者の多くが配布された記念菓子を高く評価していたため、議論は曖昧なまま終わった。
批判と評価[編集]
批判の中心は、ANNIVERSARY ∴∵∴ ←↓↑→が「記念日を祝うのではなく、祝っている気分を作る装置に過ぎない」という点にあった。とりわけの夏井広志は、これを「記号の形を借りた売場動線」と喝破している[4]。
他方で、東京大学の社会記号論講座では、この符号列が「共同体が時間を共有していることを可視化する」として再評価された。実際、卒業10周年同窓会や企業創立記念では、参加者の記憶を統一する効果があるとされ、2021年時点で約640件のイベントに類似フォーマットが用いられたという。
なお、記号の意味が明確でないこと自体が参加者の想像力を刺激するため、批判と人気が同時に成立している珍しい例であるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡瀬宗一郎『周年記号の設計と感情誘導』東都出版, 1989.
- ^ 古賀澄子「記念式典における視線移動の定量分析」『都市儀礼研究』第12巻第3号, 1991, pp. 44-61.
- ^ H. Sato and M. Thornton, "Directional Glyphs in Commemorative Space", Journal of Event Semiotics, Vol. 8, No. 2, 1994, pp. 117-139.
- ^ 平井俊彦『三連点記号の民俗学的転用』みすず記号叢書, 1996.
- ^ 夏井広志「売場動線としての祝祭」『美術批評季報』第41巻第1号, 1999, pp. 5-19.
- ^ Annabelle Cho, "From Celebration to Circulation: The Japanese Anniversary Glyph", Singapore Review of Design History, Vol. 5, No. 4, 2003, pp. 201-220.
- ^ 東京式典記号研究会 編『ANNIVERSARY ∴∵∴ ←↓↑→ 運用要覧』東京式典文化協会, 2007.
- ^ 中村理絵「逆走パンフレット事件の再検証」『社会記号学年報』第19巻第2号, 2010, pp. 88-103.
- ^ 渡瀬宗一郎・古賀澄子『ひだり した うえ みぎの思想』新潮社, 2014.
- ^ K. Yamazaki, "The Geometry of Return in Anniversary Markers", Proceedings of the International Conference on Ritual Graphics, Vol. 3, 2018, pp. 12-29.
- ^ 文化庁記念儀礼調査室『民間周年儀礼の現況』調査報告書第27号, 2022.
- ^ 平井俊彦「周年のための矢印が未来を作る」『記号と都市』第9巻第7号, 2024, pp. 1-8.
外部リンク
- 東京式典記号研究会 公式アーカイブ
- Anniversary Glyph Museum
- 記号導線データバンク
- 東都出版 デジタル目録
- 周年演出フォーラム