BackRooms
| 分類 | 都市伝承・空間認知技法(民間) |
|---|---|
| 対象 | 地下・裏側の保全空間、連絡通路、保守トンネル |
| 起源とされる年代 | 1990年代後半〜2000年代初頭 |
| 代表的媒体 | 短尺動画、匿名掲示板、音声ログ |
| 関連用語 | 「裏距離」「残響方位」「匂い地図」 |
| 影響領域 | 防災啓発、ストリート心理、都市観察文化 |
| 議論の中心 | 安全性と模倣行為の是非 |
BackRooms(ばっくるーむず)は、主に都市の建築空隙や保全用の裏空間を対象として、視覚・聴覚・匂いの手がかりから「現在位置を再構成する」ための民間知識体系とされる。とくに上では、同名の体験談・疑似ドキュメンタリーが流通し、都市生活の不安感と好奇心を同時に増幅させたとされる[1]。
概要[編集]
BackRoomsは、都市の内部に存在するとされる「表に出ない部屋」群を、経験則に基づいて“地図化”しようとする知識体系である。具体的には、蛍光灯のちらつき、配管の結露、壁紙の剥がれの順序、そして排水の周期音などから、空間の階層と方位を推定する手法がまとめられているとされる。
またBackRoomsは、上記の手法自体よりも、その語り口(実況形式)や「発見した」という体験の演出が注目され、インターネット上で疑似記録として拡散したとされる。なお初期の流通では、実際の建物名を伏せる代わりに、の町名やの区名が“符号”として添えられ、読む側が勝手に位置を結びつけていく構造が形成されたと指摘されている[2]。
このためBackRoomsは、民間の都市観察文化でありながら、いつの間にかに対する見方そのものを変える言説として働くようになったとされる。とくに「迷ったときは地図を信用するな」という逆説が、自己責任の感覚と結びつき、若年層を中心に“安全教育”のように消費された時期があったとされる[3]。
名称と成立[編集]
BackRoomsという名称は、1998年頃にの広報資料を引用する形で現れたとされる。資料名は当時「建築空隙活用手順(試案)」とされ、ページ右下に“Back Rooms”という英字の見出しがあったと語られるが、現存する原典は確認されていないとされる。もっともこの種の「見つからない出典」をあえて同梱することが、BackRoomsの“説得力演出”として定着したとされる。
またBackRoomsの成立には、都市設備の保全に従事する技術者コミュニティと、映像編集を趣味にする投稿者の接点が大きかったとされる。たとえばの元社員であると名乗る「渡辺精一郎(わたなべ せいいちろう)」が、匿名掲示板で“残響方位”の計算式(後述)を公開し、そこから体験談のテンプレートが作られたと語られている[4]。
なお“部屋”の意味は文字通りの室内に限定されず、点検口、立入禁止表示の裏、非常階段の踊り場のような「境界に近い場所」を含むとされる。この拡張により、どこにでもBackRoomsが入り込めるようになり、言説が社会的な広がりを獲得したと推定されている。
手法(民間技法としてのBackRooms)[編集]
裏距離(URD)[編集]
BackRoomsでは「裏距離(URD: Under-Room Distance)」という概念が用いられる。URDは、実測ではなく“推定値”として計算され、たとえば「廊下の天井換気口の数×0.37m」に「ドアの蝶番の種類(A=1.0、B=0.8、C=1.3)」を掛け、最後に“足音の反射が戻るまでの秒数”で補正するとされる[5]。もっともこの式の定数は投稿者ごとに異なり、合議された“標準”が存在しないとされる点が、かえってローカル色の強い信仰のような状態を生んだとされる。
一方でURDが広まった背景には、都市の維持管理において「計測より記録が優先される」現場感覚があったとも説明される。実測が不可能な場所でも、過去の保守履歴の貼り紙の色や消え方が“距離”を語る、という発想が共有されたとされる。
残響方位と匂い地図[編集]
「残響方位」は、音の反射で方角を推定する技法である。具体的には、手を叩いた音が1回目で戻るまでの時間を0.12秒刻みで丸め、反射の鋭さ(高音成分の残り)を“壁材”の推定に結びつけるとされる。この推定に用いる壁材の暫定表は、BackRooms界隈では“第3版パネル辞書”として流通しているとされ、なぜ第3版なのかは「第1版は地下で消えた」などの物語と一緒に語られる[6]。
「匂い地図」は、排水の臭気の立ち上がり方から、換気経路の流れを推定する技法である。たとえばの“仮想トンネル”の体験談では、「硫黄っぽい匂いが最初に来てから23秒後に湿った紙の匂いが追随した場合、換気ダクトが西向きに折れている」と書かれていたとされる。ただし嗅覚は個人差が大きく、再現性が低いとして批判もあるとされる。
ログの形式:実況3行ルール[編集]
BackRoomsの体験談は、実況3行ルールでまとめられることが多い。すなわち、(1) 視界の変化、(2) 触覚の手がかり、(3) 直前に聞こえた“周期音”の番号、の3行を固定し、読む側が脳内補完しやすい構文になるよう設計されているとされる。周期音の番号は、投稿者が勝手に「1=遠い給水、2=空調、3=排水、4=工事中の振動」などと定義するのが通例である。
この形式は、動画編集者が“字幕テンプレート”として流用したことで普及したとも言われる。結果としてBackRoomsは、技法というより“視聴体験の規格”へと変質していったと指摘されている。
歴史[編集]
匿名掲示板期(1999〜2003)[編集]
BackRoomsは1999年頃に匿名掲示板へ断片的な投稿として現れ、2001年に“残響方位の計算”が一つのまとまりとして共有されたとされる。ここで重要だったのは、投稿が単なる噂ではなく“推定プロセス”を含んでいた点である。たとえば「URD=(換気口数×0.37)+(蝶番係数)+(足音戻り秒数×0.41)」といった具体的な数式が、ほぼ同じ文面で複数アカウントから現れたと語られている[7]。
またこの期にはの“立入制限”に関する注意喚起が増え、BackRoomsの投稿も「ルールを守った」ことを強調する文章へ移っていったとされる。皮肉にも、注意喚起の存在が“どこまでなら安全か”という推測熱を煽り、投稿が増えたとされる。
メディア化と地方波及(2004〜2009)[編集]
2004年に、地域メディアが「都市の裏側を楽しむ文化」として取り上げたことにより、BackRoomsは全国的な関心を集めたとされる。とくにの老舗工業団地近辺で「裏距離を測る散歩」の会が形成されたとされ、参加者は“測距カード”としてA6判の紙束を携帯していたと語られる。
一方で、地方波及では地名の符号化が進み、投稿内の「S-17」「K-4」などの記号が、のちに“結局どこ?”問題を生んだとされる。結果として、BackRoomsの語りは実在地点の特定にも寄与したと批判された時期があったとされる。なお、この段階でBackRoomsは、空間認知技法としてよりも“ストーリー資産”として扱われるようになった。
現代の疑似ドキュメンタリー化(2010年代以降)[編集]
2010年代以降、BackRoomsは短尺動画プラットフォームで“疑似ドキュメンタリー”として量産されるようになった。特徴は、音声ログがやけに編集されている点である。たとえば「残響が0.64秒で戻った」などの細かな数字が字幕で入るが、映像の音響解析に基づいた根拠は示されないことが多いとされる。
さらに、架空の行政組織「空間安全調整庁(AESA)」が監修したという設定がよく登場する。AESAの設置年として“2013年(第2次都市迷子対策)”が挙げられることが多いが、実在の法令との対応が取れないとされる[8]。ただしその曖昧さが“公的っぽさ”を支え、視聴者にとってのリアリティを補強したと推定されている。
社会的影響と広がり[編集]
BackRoomsは、都市生活における不安と好奇心を同時に扱ったことで、いくつかの分野に波及したとされる。第一に防災教育である。BackRoomsの語り口を模した「見えない経路を想像する」授業が行われ、避難行動の想像訓練に利用されたと説明されることがある。ただしこの“想像”が過剰になると、好奇心が現実の立入制限違反へ接続する危険があるとして、自治体や学校現場では警戒が続いたとされる[9]。
第二に都市観察の文脈である。参加者は「看板の裏側」を観察し始め、の保守帯やの管理用ピットを“物語の舞台”として読み替えるようになったとされる。この結果、地域の保存活動と結びつき、古い配管広告の修復が行われた例もあるとされるが、同時に“無断撮影”問題も生んだ。
第三にメンタル面である。BackRoomsを信じ込むと、自分のいる場所の確からしさが常に揺らぐという指摘がある。反対に、BackRoomsは迷路耐性(不確実性への耐性)を高めるとも語られており、効果が二面化しているとまとめられている。
批判と論争[編集]
批判の中心は安全性と模倣行為である。BackRoomsは「立入禁止を無視せよ」ではないと繰り返し主張されるにもかかわらず、体験談が面白いほど具体的になり、結果として“行動の手引き”として読まれたという指摘がある。実際、投稿サイト上で「URDを使うと早く抜けられる」という表現が拡散し、当局の注意喚起が増えたとされる[10]。
また、根拠の所在が曖昧だという批判もある。残響方位や匂い地図の式は、音響工学や化学分析の知見に基づくとされるが、参照文献が提示されないことが多いとされる。さらに“消防庁資料にあった”という出典のように、確認できない根拠が混じることが、嘘の可能性を強めていると議論された。
一方で支持側は、BackRoomsを「現実の安全を侵害する技法」ではなく「物語としての認知訓練」と位置づける。編集者の一部は「細かい数字は実測値ではなく“没入装置”である」と書いたともされるが、その発言が引用される過程でニュアンスが変わり、誤読を生んだとされる。このようにBackRoomsは、真偽よりも“語りの気持ちよさ”で成立していると結論づける論考もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「Back Roomsにおける残響方位の暫定表(第3版)」『都市空隙通信』第12巻第4号, pp.33-58, 2002.
- ^ Margaret A. Thornton「Acoustic Heuristics in Informal Navigation: A Field-Like Account」『Journal of Unverified Spatial Studies』Vol.7 No.2, pp.101-129, 2006.
- ^ 佐藤恵里子「匂い地図はどこまで再現可能か—民間技法の読解」『環境知覚年報』第18巻第1号, pp.12-44, 2008.
- ^ 高橋勝人「URD(裏距離)算出式の系譜と投稿テンプレート」『メディア言説研究』第5巻第3号, pp.77-96, 2011.
- ^ EJTCM編『配管結露と人間の記憶—保全現場からの雑記』東日本電気通信管理機構出版, 2001.
- ^ AESA調査班「空間安全調整庁の理念と“没入装置”」『公共空間レビュー』第2巻第2号, pp.1-19, 2014.
- ^ Lin Mei「Sound-Return Timing as a Narrative Device in Online Urban Folklore」『Digital Mythmaking Quarterly』Vol.9 No.1, pp.55-73, 2016.
- ^ 【東京消防庁】資料室「建築空隙活用手順(試案)」東京消防庁, 1998(参照ページは当時の複製資料に基づくとされる).
- ^ 井上亮「立入制限と好奇心の接点:BackRooms騒動の社会学」『都市安全社会学誌』第21巻第6号, pp.201-236, 2017.
- ^ Ryuji Nakamura「Why Detailed Numbers Feel True: The BackRooms Case」『Narrative Realism in Internet Culture』Vol.3 No.5, pp.220-244, 2019.
外部リンク
- BackRooms研究会(アーカイブ)
- 匂い地図シート配布所
- 残響方位テンプレート倉庫
- 裏距離計算機(旧版)
- 都市空隙通信 編集部