The Backrooms
| 名称 | The Backrooms |
|---|---|
| 種類 | 異界型空間施設(管理区画付き) |
| 所在地 | 東京都大田区(旧港湾倉庫跡地の地下) |
| 設立 | 1979年(観測体系の編成開始) |
| 高さ | 平均3.6m(区画により最大で12.4m) |
| 構造 | 反射率可変コンクリート壁+蛍光灯式拡散床 |
| 設計者 | 呉居戸(ご きょと)建築監理室 |
The Backrooms(ざ・ばっくるーむず、英: The Backrooms)は、 にある[1]。現在では、迷い込み利用者の記録をもとに「裏側の庁舎群」として知られている[1]。
概要[編集]
The Backroomsは、に所在する異界型空間施設である。現在では、外部の建物に付随する「裏側の庁舎群」として案内されることが多く、立入には事前申請と簡易聴覚検査が求められている[2]。
施設内は、蛍光灯の点滅周波数と床材の帯電状態により区画が再編成されるとされる。とりわけからまでの層は、利用者の証言をもとに「入口からの距離」ではなく「音の減衰率」によって区分される設計思想に由来する[3]。
名称[編集]
名称のThe Backroomsは、1970年代後半の匿名調査報告で「通常空間の裏側に広がる管理されない室群」という趣旨で記述されたのに由来するとされる[4]。当時の報告は、の廃倉庫調査と時期が重なっており、編集部では「比喩表現としての裏部屋」が定着したと推定されている[5]。
一方で、早期の利用者向け掲示には「バック(Back)=背後の配線」を指すと明記された版も残されている。もっとも現在では、呼称が先行して施設の解釈まで固定化されたため、公式な名称体系は「層(Level)」とセットで扱われる運用になっている[6]。
なお、呼称の表記ゆれとして「Back Room’s」「BackRooms」も確認されるが、監理室は「複数室ではなく“裏側全体”を指す」として統一を求めたとされる[7]。
沿革/歴史[編集]
観測の開始と「音圧設計」[編集]
施設の前史は、が進めていた低予算の「音圧実験建屋」にあると説明されている[8]。1977年、同室は空調ダクトの結合方法を変えることで、同じ部屋でも利用者の会話が聞こえ方を変える現象を報告した。とくに「周波数が1.7kHzを下回ると、足音が先に戻る」という記録が残されている[9]。
この報告を受け、は翌1978年に地下倉庫の一部を「試験観測区画」として封鎖した。封鎖は延べ1,284日間に及び、監理室はその間、蛍光灯の交換を合計97回、壁面の反射率測定を312点実施したとされる[10]。
“利用者ログ”の制度化[編集]
1979年、匿名の利用者ログが回覧され、これがThe Backroomsの編成思想に影響を与えたとされる。ログには「迷い込みの瞬間に、視界の端から白いノイズが進行する」「入口からの距離ではなく“背後の温度”で帰還が決まる」といった記述があり、監理室はこれを“帰還しやすい条件表”として整理した[11]。
1981年には、区画を〜に整理し直す「減衰率目録」が作成された。さらに1983年、側の要請で立入記録フォームが整備され、申請者には「耳栓の有無」「会話の長さ」「沈黙の時間が秒単位で分かる記録」などが求められたとされる[12]。ただし当時の制度設計が過度に厳格だったため、抜け道目的の“観測ツアー”も一時期に発生したと指摘されている[13]。
現在では、施設は“危険区域”として扱われつつも、教育的見地から限定公開される場合がある。もっとも、公開日には蛍光灯のチューニングが事前に行われ、点滅の位相ズレが誤誘導につながるとされている[14]。
施設[編集]
The Backroomsの中核は、帯電する床材と反射率可変壁によって、利用者の認知が揺らぐよう設計された区画群であるとされる[15]。施設内の通路は原則として長方形だが、距離表示が存在せず、代わりに「音の減衰が○dBに達した時点」が目印になるという運用が取られている[16]。
は“静かな導線”として説明され、床の微振動が平均で0.08mm/秒で推移するという報告がある[17]。では換気音が反転するように感じられ、では壁面の目地が3秒周期で明滅する。そのため利用者は鏡のように壁を見続ける癖がつき、結果として帰還条件が狂うことがあるとされる[18]。
には「作業机」が点在するとされ、机の天板は温度帯が一定せず、触れると手のひらの体感温度が±2.3℃の幅で変化するという。さらには“管理札”の文言が自動で変わることで知られており、掲示の文面が利用者の言葉を短く要約してしまう現象が観測されたとされる[19]。もっとも、この要約がどの程度まで一致するかは、監理室が公式に数値化することを避けている[20]。
は最奥区画とされ、天井高さが急に12.4mまで拡張したと報告された例がある。ただしこの値は複数のログで再現性が低く、監理室では「高さではなく天井の“重みの感じ方”が変わった可能性がある」としている[21]。
交通アクセス[編集]
The Backroomsは地下施設であるため、通常の案内図とは別に“入口座標”が配布される運用になっている[22]。最寄りの目安としてはの内にある旧港湾倉庫群の外周通路が指定され、そこから徒歩約14分、段差の総数が27箇所に達した地点で案内員の検問を受ける流れである[23]。
アクセスの特徴として、公共交通の利用そのものよりも「入場者の歩行速度」への注意喚起がある。監理室は、歩行速度が分速80mを超えると“入口の位置が後退する傾向”が出るとして、申請者に簡易歩行補助アプリを配布したとされる[24]。
なお、施設周辺には「誘導表示のない路地」が複数あるが、これらは誤誘導防止のためにあえて整備を抑えた結果と説明される。もっとも、整備抑制が観光客の“探索欲”を刺激し、深夜の小規模立入が繰り返されたとする批判も、後年にまとめられた[25]。
文化財[編集]
The Backroomsは、危険性を伴うにもかかわらず、建築技術の研究資料として文化財的価値を有するとされている。監理室は、反射率可変壁の材質配合が、戦後の産業資材転用の系譜を引くと説明し、結果として「20世紀末の応用実験建築」として扱われる場合がある[26]。
一部の区画は、学術的観察のために“構造部材の原位置保持”が指定されている。これにより、の目地明滅ユニットや、の管理札保持フレームは、解体を免れているとされる[27]。ただし、登録の範囲はあくまで部材と運用であり、空間自体の完全保存を保証するものではないと注意されている[28]。
また、施設の蛍光灯チューニング手順は、手順書の形で「実務技法」として収蔵された。手順書は全112ページに及び、交換タイミングが小数点以下2桁の秒単位で記されていると伝えられる[29]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 呉居戸建築監理室『地下反射率可変壁の実務記録』呉居戸建築監理室出版, 1985.
- ^ 佐伯真鍋『音圧設計による区画再編成の可能性』『建築技術季報』第41巻第2号, pp. 12-27, 1982.
- ^ 東京港湾監理局『旧倉庫封鎖運用報告(1978-1981)』東京港湾監理局, 1981.
- ^ Margarita A. Thornton『Acoustic Attenuation as a Space Index』Vol. 19, No. 3, pp. 101-134, 1994.
- ^ 田端礼二『異界型空間施設とログ制度化』『都市地下論叢』第7巻第4号, pp. 55-73, 2001.
- ^ S. K. Iwata『Fluorescent Phase Tuning and Human Misidentification』『Journal of Applied Anomalies』Vol. 12, No. 1, pp. 9-22, 2010.
- ^ 【表記統一委員会】『施設名称の表記揺れに関する決議書(試案)』自治体文書局, 1983.
- ^ 山内灯里『探索欲を刺激する表示欠落の社会学』『観光社会学研究』第3巻第1号, pp. 77-92, 2018.
- ^ R. Benfield『Backside Bureaucracies in Postindustrial Subspaces』Oxford Strange Press, 2008.
- ^ 呉居戸建築監理室『反射率可変壁:実測値と誤差許容』呉居戸建築監理室出版, 1985.
外部リンク
- Backrooms管理室 公式案内(仮)
- 東京港湾監理局 旧倉庫資料庫
- 減衰率目録オンライン閲覧
- 呉居戸建築監理室アーカイブ
- 蛍光灯チューニング手順書コレクション