Big Brother(平沢進)
| ジャンル | 電子音楽/コンセプチュアル・ポップ |
|---|---|
| 制作主体 | 平沢進ほか(スタジオ兼プロジェクトチーム) |
| 初出 | 1997年(限定音源)/1998年(一般流通) |
| 主題 | 監視・同調・“視線の合成” |
| 制作技法 | 変調器とテープ遅延を用いた疑似空間処理 |
| 関連用語 | 〈リフレクティッド・ガイズ〉 |
| 保管形態 | 磁気テープ原盤と暗号化マスタ |
『Big Brother』(びっぐ・ぶらざー)は、の音楽家が“監視美学”を主題に据えて制作したとされる楽曲である。発売後、サブカルチャー側で「聴くほどに視線が増える」といった比喩が広まり、複数の研究会で分析対象となった[1]。
概要[編集]
『Big Brother』(以下『ビッグ・ブラザー』と表記)は、“上から見られる感覚”を音響の位相差として再現することを目的に設計された楽曲であると説明されることが多い。とくにサビ部分に配置された低域の周期は、聴取者の心拍(個人差を除く)に同期して“視線が増える”よう錯覚させる構造であるとされる[2]。
一方で、楽曲そのものが社会運動へ直結したかどうかについては、意見が分かれている。1980年代から続く「情報監視」をめぐる言説と、1990年代末に顕在化した“常時接続的な生活”が、歌詞の隠語を通して重ね描かれたという見方がある。なお、この楽曲は“歌うための作品”ではなく、“聴くことで立場が変わる装置”として語られる場合もある[3]。
成立と概念設計[編集]
起源:視線合成プロトコル[編集]
本作の起源は、平沢進が1996年に東京都・旧系研修施設で見たとされる「視線合成デモ」に遡るとする資料がある。これは、被験者の頭部微振動(目を動かさない状態でも起こる微小角度)をセンサで読み取り、音像の側方移動へ変換するものであったとされる[4]。
当時のメモでは、その変換器を“プロトコルX-14(視線合成)”と呼び、音響側で位相反転を二段階、時間遅延を最大27ミリ秒、周波数帯域を“聴覚の白点領域”に合わせる、と細かい条件が書き残されたとされる。このメモは後年、編集者が「音楽というより測定器だ」と評したことで有名になった[5]。
ただし、当該施設の所在地やデモの実在性は、確認できない部分も残っている。にもかかわらず、作曲工程の記録(磁気テープの巻き取り速度、A/D変換の設定、テープ幅のロット番号など)が“それらしい具体性”を備えていたため、信頼性が高まったと推測されている。
関与者:監査音響委員会と即席オペレーター[編集]
制作には、表面上は“協力”とされる複数の人員が関わったとされる。たとえば、(正式名称:監査音響委員会・第三位相資料審査室)と呼ばれる組織が、音響の“誤認誘導”が過剰になっていないかを点検したという。委員会側の資料では、誤認誘導を「聴取者が意図しない注意の向きへ誘導される現象」と定義しており、本作の危険度を“低”に分類したとされる[6]。
また、作業現場には即席のオペレーターとしてが関わり、テープのコンディションを整える“巻き癖矯正”を担当したとされる。この作業では、テープを一度内の保存倉庫へ移し、温度を19.2℃に固定し、湿度を41%へ調整したうえで巻き戻し角を0.7度以内に収める必要があった、などと記録されている[7]。こうした数字が後に“作為のリアリティ”として拡散したため、楽曲が単なる作品以上に“手続き”として語られやすくなった。
音楽的特徴と「Big Brother」的な効果[編集]
『ビッグ・ブラザー』は、ハーモニーよりも音像の運動性が前面に出る構成として知られている。歌詞カードが存在しても、実際には聴取者が読むより先に、左右チャンネルの遅延差によって“誰かが見ている位置”が決まってしまう、という言い伝えがある[8]。
とくに終盤の「視線の折り返し」では、16小節のあいだに位相反転が3回起こり、その反転の閾値が“耳鳴りの境界”に近い領域で調整される、と解説されることがある。ただし、この説明は現場のスタッフが“言い過ぎた”可能性もあり、公開資料では根拠資料が明示されていない点が問題視された[9]。
一方で、2002年にの音響研究会が非公式に行った試聴会では、約184名の参加者のうち、54名が「視線を感じた」と回答したとされる。さらに、回答した54名の平均自己申告は“3.6日後に再生が止まらなくなった”というものであったと報告されている[10]。この数字が独り歩きし、「ビッグ・ブラザーとは依存症の比喩である」とする議論へ接続した。
社会的影響[編集]
都市の“視線点検”文化[編集]
発売以後、本作をきっかけに“視線点検”という言葉が一部の若者文化で流行したとされる。ここでいう視線点検とは、公共空間で誰かに見られている気がした瞬間に、スマートフォンのメモアプリへ「見られている頻度」を記録する行為である。記録フォーマット例として『ビッグ・ブラザー』のサビの進行に合わせた“1-2-3カウント”が広まったという指摘がある[11]。
また、の港町では、地元のバンドがライブの開演前に本曲を“視線合わせの儀式”として流し、観客の入場動線を変えたことで、出待ち客のトラブルが減ったとする逸話が残っている。もっとも、因果関係は曖昧であり、運営側が「たまたまだ」と語ったとされる記録もある[12]。ただし“たまたま”でも文化は残るため、結果として音楽が街の運用に影響する例が増えたと考えられた。
教育・研究への転用[編集]
一部の音響教育機関では、『ビッグ・ブラザー』が“注意配分の錯視”を示す教材として扱われた。たとえばの非常勤講義では、位相差と認知の関係を説明する導入例として本作が挙げられたとされる[13]。
さらに、の民間企業が、広告動画の“見られている感”を下げる目的で本作の音響パラメータを参考にしたとする報告書がある。報告書では、視線誘導を「意識的注意」の増加ではなく「自動注意」の増加で評価する、とされており、音楽が一種の計測手法へ転用される流れを示したとも言える[14]。
批判と論争[編集]
批判としては、まず“視線が増える”という比喩が、実際には聴取者の心的負荷を高める表現(不安の誘発)に近いのではないか、という懸念が挙がった。特に掲示板上で「寝る前に聴くと、視線が消えない」といった書き込みが増え、2001年頃から注意喚起が求められるようになった[15]。
一方で擁護派は、本作は監視を肯定しない“距離の取り方”を学ぶ作品だと主張した。彼らは歌詞の隠語(“ブラザー”を友人ではなく“監査対象”として読む解釈)を根拠に挙げ、聴取者が自分の立場を点検する訓練になる、という説明を行った[16]。
また、編集作業に関して「歌詞の一部が後年、別テイクへ差し替えられたのではないか」という疑惑も出た。もっとも、疑惑の根拠が“テープの紙ラベルの筆跡が似ていた”という程度のものであり、確証に欠けるとされたものの、真偽不明のまま話題として残った[17]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 平沢進『聴取者はどこを見るか——位相と社会のあいだ』青土社, 1999年.
- ^ 佐々木ユウ『スタジオ記録の読み解き:磁気テープの余白』音楽之頁出版, 2003年.
- ^ Margaret A. Thornton『Auditory Surveillance Aesthetics』Routledge, 2001.
- ^ 監査音響委員会『第三位相資料審査室報告書(視線合成プロトコル)』官報調査局, 第7号, 1998年.(pp.12-19)
- ^ 鈴木カイ『巻き癖矯正と温湿度の臨床』第九回テープ保存研究会講演論文集, 2000年.(pp.33-41)
- ^ 東京工業大学音響研究会『位相差試聴における注意配分の変化』音響研究雑誌, Vol.24 No.3, 2002年.(pp.77-86)
- ^ 視界システム開発研究所『“見られている感”低減アルゴリズムの試行』社内報告(外部非公開), 第2版, 2004年.
- ^ 田中里緒『常時接続時代の“視線ログ”』情報文化年報, 第11巻第2号, 2005年.(pp.201-219)
- ^ Hendrik van Buren『Phase-locked Anxiety in Popular Music』Journal of Applied Psychoacoustics, Vol.9 No.1, 1999.(pp.45-60)
- ^ ※『Big Brother’s Mechanical Smiles』(書名表記ゆれがある)北斗学術出版, 2006年.(pp.3-9)
外部リンク
- 位相反転アーカイブ
- 視線ログ研究会サイト
- 監査音響委員会データポータル
- テープ保存温湿度便覧
- 聴取者の注意配分(解説)