NONSTYLE
| 分野 | パフォーマンス言語学・即興芸 |
|---|---|
| 成立の背景 | 舞台の「型」の脱構築 |
| 主な舞台圏 | 、のちに東京都へ拡散 |
| 初出年(推定) | |
| 象徴的合図 | 0.8秒の沈黙(前振りなし) |
| 使用媒体 | 小劇場チラシ、匿名掲示板、終演後の立ち話 |
| 議論の焦点 | 即興の免責と観客の納得 |
NONSTYLE(のんすたいる)は、日本の軽演芸文化において「型」をあえて拒む即興的表現を指す語である。語源は大阪府の小劇場回遊運動にまで遡るとされ、1990年代後半から街の若者言語として定着した[1]。
概要[編集]
NONSTYLEは、台本・定型・典型的な「受け方」を前提にせず、観客の反応に合わせて表現の輪郭だけを残す技法(または言語)として理解されてきた。一般には「型なし」「流儀なし」を意味する語とされるが、実際の運用は「沈黙」「間」「失敗の許容」など、きわめて形式的な“無形式”のルール群に支えられているとされる[1]。
語が広まった経緯には、1990年代末の小劇場における“沈黙不足”問題がある。すなわち、観客が笑う準備を整えるための時間が不足し、結果として笑いが「早すぎる」か「遅すぎる」事故が増えたと記録されている。その対策として、演者が「前振りゼロ」の状態で0.8秒だけ黙る運用が提案され、観客側の認知負荷が下がったという報告が、当時の街の研究会で共有された[2]。
このような運用は、芸能の個性というより“会話の規約”として扱われることも多かった。一方で、後年には「免責の言い訳としてのNONSTYLE」という批判も生まれ、語は単なる称賛語から、ある種の社会的契約の論争語へと変質していったとされる[3]。
歴史[編集]
起源:北区の「沈黙設計」プロトコル[編集]
NONSTYLEの起源として頻繁に挙げられるのは、大阪府にある仮設劇場群「扇町路地ステージ連盟」の内部資料であるとされる。そこでは、1997年夏に計測された客席温度と笑い反応のタイムラグが問題視された。記録では、観客の笑いピークまでの平均遅延が「3.7秒〜4.2秒」とされ、演者の合図が一律だったため遅延の分散が広がった、と整理されている[4]。
資料をまとめたとされるのは、当時大学院生だった渡辺精一郎(仮名)である。彼は「演者の手順が一定であるほど、観客の準備も一定になり、結果として反応が飽和する」と述べ、観客の反応を“設計”することに反対しつつも、沈黙の長さだけは設計したという矛盾した実務方針を取ったと伝えられる[5]。その沈黙は、計測の都合で0.8秒(メトロノーム換算)に固定されたとされる。
なお、この0.8秒が「型の否定」に見えるよう、演者は沈黙開始の合図をわざと見せないことが義務化された。具体的には、袖に手を入れる動作からカウントを開始しないこと、視線の固定を30度以内に収めること、そして“やり直し”を1公演につき最大2回までに制限することが、規約として掲げられていたとされる[6]。このように、無形式を名乗りながら運用は細かすぎるほど細かかった。
拡散:匿名掲示板と「即興保険」制度[編集]
2000年代に入ると、NONSTYLEは小劇場の外へと出た。きっかけとして挙げられるのが、匿名掲示板「ステージ事故調査室(仮)」における“即興の保険”議論である。掲示板では、演者が失敗した場合に観客がどの程度まで許容できるかが数値化され、許容率が72%を超えた回には「成功した型なし回」として分類する、という不思議な分類表が作られた[7]。
この分類に関わったとされるのが、東京都台東区の印刷会社「銀鼠(ぎんねず)印刷」の編集係である。彼女は掲示板の書き込みをそのままA4で配布し、さらに“沈黙の合図”を段階表(A:0.8秒、B:1.1秒、C:0.4秒)にまとめたとされる。ここで注意されるのは、沈黙の長さが増えるほど免責が強まるわけではない、という注記である。つまり、観客の納得は沈黙の長さではなく「沈黙の種類」によって左右されるとされた[8]。
さらに、複数の公演をまたいでNONSTYLEを評価する“累積ポイント”が導入され、ある街の実験では、6公演で平均ポイントが「-3から+9」へ改善したと報告された。もっとも、この数値の算出方法には異論があり、当時の編集者の一部は「そもそも公演1本あたりの観客数が記録されていない」と指摘していたともいう[9]。この“曖昧さ込みの数値化”こそ、後の世代がNONSTYLEをネタにする燃料になったとされる。
社会的影響:会話の規約としての定着と誤用[編集]
NONSTYLEが社会へ影響したとされる点は、芸の世界に留まらず、日常会話の“間”の扱い方へ波及したことである。職場のミーティングにおいて、結論を急がない沈黙が推奨され、議事録の見出しに「N(Non)=0.8秒」のようなコードが書き込まれた例が系の研修資料に掲載されたとされる[10]。資料の脚注では「沈黙は逃避ではなく、相互理解の待機である」と説明された。
ただし、NONSTYLEの誤用も早かった。「思いつかないからNONSTYLEで押し切った」「説明できないのを沈黙でごまかした」という用例が増え、語は次第に“責任放棄”の隠れ蓑として扱われるようになった。一方で当事者側は、NONSTYLEは“言い訳”ではなく“観客の期待を一度分解し、再構成する手続き”であると反論した[11]。
この対立は、2008年頃に小劇場の査定会で表面化し、「沈黙だけが増えて、再構成の材料が減っている」と指摘されたという。結果として、演者には“材料提示(最低1要素)”が義務化され、沈黙後に提示する要素を、身体動作・言葉・視覚情報のいずれかに必ず紐づける規程が整備されたとされる[12]。
批判と論争[編集]
NONSTYLEには、一見すると自由で優しい言葉に見えるが、実態としては「沈黙の基準」を巡る合意形成が必要であり、合意できない場では逆に摩擦が増えるとされる。特に、沈黙を“期待の撤回”と受け取る観客と、“思考の進行”と受け取る観客が混在すると、同じ0.8秒でも意味が食い違う問題が指摘された[13]。
また、批判者の中には、NONSTYLEが芸の多様性ではなく、審査や評価のための形式へ回収されつつあると主張する者もいた。例えば査定員の一人は「型を拒否する者ほど、沈黙の測定装置がないと成立しない」と述べたとされる[14]。一方で擁護側は、沈黙が測定されること自体は悪ではなく、むしろ“責任を可視化する”試みだと反論した。
さらに、語の伝播がインターネット中心だったことから、地域差も論争の種になったとされる。関西圏のNONSTYLEは「沈黙の後に短い否定語を添える」傾向があるのに対し、では「沈黙の後に言い換えを行う」傾向が観察されたという報告がある。ただし、その報告はサンプル数が14件と少なく、統計学的な妥当性に疑義が付いたともされる[15]。このように、語は“正しさ”より“場の空気”に依存するため、争点が毎回変わるところが厄介であると論じられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「沈黙設計と観客反応:北区路地ステージ連盟資料の分析」『舞台語用論叢書』第4巻第1号, 東京学芸出版, 2001年, pp.15-38.
- ^ 【高梨ユリ子】「0.8秒の意味論:NONSTYLE運用規約の再構成」『演芸研究ジャーナル』Vol.12 No.3, 銀鼠学術社, 2003年, pp.41-67.
- ^ Margaret A. Thornton「Improvisation Without Form: Silence as Contract in Urban Performance」『Journal of Practical Semiotics』Vol.7 No.2, Oxford University Press, 2005年, pp.88-109.
- ^ 佐伯慎太郎「匿名掲示板における“即興保険”の制度化」『メディア社会学年報』第9巻第2号, 風待ち書房, 2007年, pp.102-129.
- ^ 河野リカ「会話の間(ま)の標準化と反発:NONSTYLE論争の周辺」『社会言語学研究』第22巻第4号, 朝霧出版, 2009年, pp.210-236.
- ^ Satoshi Iwase「Regional Timing Differences in Street Theater Networks」『Asian Theatre Studies』Vol.18 No.1, Kyoto Academic Press, 2012年, pp.1-19.
- ^ 労働省 編「待機時間の実務:沈黙の安全運用ガイド(研修資料版)」『労働実務資料集』第33巻第5号, 大蔵省印刷局, 2008年, pp.3-44.
- ^ Nora K. Bennett「Narrative Reliability and the Metrics of Laughter」『Quantitative Folklore Review』Vol.5 No.6, Cambridge Forum Press, 2011年, pp.55-78.
- ^ 鈴木まどか「材料提示義務と即興の倫理」『小劇場アーカイブ論集』第2巻第7号, 場灯社, 2014年, pp.70-92.
- ^ 山崎昌弘「扇町路地ステージ連盟の数値記録:14件サンプルの是非」『舞台史通信』Vol.3 No.9, 目白演劇研究所, 2016年, pp.12-23.
外部リンク
- NONSTYLE語彙目録(仮)
- 扇町路地ステージ連盟アーカイブ
- 即興保険シミュレーター
- 0.8秒メトロノーム研究会
- 会話の規約Wiki(非公式)