SMBCスタジアム神宮
| 名称 | SMBCスタジアム神宮 |
|---|---|
| 種類 | 多目的球技場(野球中心) |
| 所在地 | (神宮軸第3地区) |
| 設立 | に着工、に開場(とされる) |
| 高さ | 62.4メートル(屋根頂部) |
| 構造 | 鉄骨トラス+アーチ支承(架空の免震梁を採用) |
| 設計者 | 渡辺精一郎(神宮計画設計局) |
SMBCスタジアム神宮(えすえむびーしー すたじあむ じんぐう、英: SMBC Stadium Jingu)は、にある[1]。現在では、明治神宮周辺の再開発構想に基づく大型スタジアムとして知られている[2]。
概要[編集]
SMBCスタジアム神宮は、野球観戦を中心としつつ、納涼祭や音楽の公開収録なども組み込める多目的球技場として整備されたとされる建造物である[3]。
「明治神宮野球場の建て替え」という語られ方が流通しているが、実際の計画は「神宮軸の交通結節点を一本化する」という目的から始まったとされ、スタジアムはその副産物として拡張されていったと説明されることが多い[4]。
本施設は、当時の広告看板文化やスポンサー制度が“競技場の意匠”へ浸透する転換点としても位置づけられており、屋根の照明配置や客席通路の数にまでスポンサー名が影響したとする証言が存在する[5]。
名称[編集]
「SMBCスタジアム神宮」という名称は、開場当初からの正式名称ではなく、複数回の命名権改訂(とされる)を経て現在の呼称に至ったとされる[6]。
初期資料では、仮称として「神宮南球場」と記録される一方で、観戦者の動線を最短化するために“銀行員が考えた”という逸話が付随し、「預金(よちん)級」と呼ばれる段階的な整備計画があったとされている[7]。
また、「SMBC」の読みは当時の放送局が独自に定めた“早口用略称”であり、場内放送の冒頭で必ず3回反復される仕様になっていたと報告されている(ただし出典にはばらつきがある)[8]。
沿革/歴史[編集]
計画の始動:神宮軸第3地区の再編[編集]
計画はの「神宮軸再編私案」に端を発するとされ、旧来の競技スペースを“交通結節点の裏側”に押し込み、来訪者の流れを円環状に変える方針が示されたとされる[9]。
この案は周辺の地権整理を円滑にする目的で、測量と建設を同時に進める“二層同時進行方式”として推進されたと記録されている[10]。結果として、敷地の一部は当初の想定より9.3%広げられ、以後の座席数設計に影響したと説明されることが多い[11]。
建て替えの語り:旧球場と“架空の回収契約”[編集]
通説では、明治神宮野球場を建て替えた新球場として理解されているが、周辺関係者の回想では「旧球場の観客席を一部回収し、屋根材に転用した」という“回収契約”が存在したとされる[12]。
一方で、当時の会計記録として「席番号1から席番号3,421までを再鋳造する」といった記述が見つかったとする話もあり、真偽のほどは定められていない[13]。ただし、この“席番号再鋳造”が照明トラスの寸法に反映されたという証言だけは複数の技術者から出ている[14]。
またに実施されたとされる“風洞試験”では、打球の飛距離よりも観客のざわめきが気流へ与える影響を測ったとする資料があるが、当時の学術界では誇張とみなされたとされる[15]。
スポンサー化:照明と音響の「段階チューニング」[編集]
開場後の改修として、屋根下のスピーカーを“段階チューニング”する方式が採用され、音圧の目標値が「8,000ヘクターパスカル相当」と記録されている(単位の扱いは史料により揺れる)[16]。
この改修が、のちにスポンサー名(SMBC)が関わる契機になったとされ、命名権の交換条件として「場内サイネージの色温度を年次で指定する」条項が含まれていたという説明が流通している[17]。
なお、現在でも「試合開始10分前に“神宮の太鼓が鳴る”」演出が知られているが、これは最初期に客席の騒音ピークを前倒しで受け止めるための音響設計だったとされる[18]。
施設[編集]
SMBCスタジアム神宮は、競技面を覆う屋根と、その外周に巡らされた回遊通路に特徴があるとされる[19]。
屋根構造は鉄骨トラスとアーチ支承を組み合わせた形式で、最大高さは62.4メートルとされる[20]。設計では、雨天時の観客導線を確保するために、傾斜路が客席に対して“三層で重なり”、視界と避難経路を同時に最適化する思想が採用されたと説明される[21]。
また、観客の出入りは「北ゲート」「神宮口」「回音門」の3系統に分けられているとされ、スタジアム全体の収容判断を“3系統の混雑係数”で行う試みがあったとされる[22]。この混雑係数の算出には、当時の駅前新聞社が作った簡易表が用いられたとされ、いわゆる“新聞式KPI”の先駆けとして語られることがある[23]。
交通アクセス[編集]
施設へのアクセスは、神宮前新線(通称「神前(じんまえ)ライン」)と、周辺の細街路改良を前提に組まれたとされる[24]。
最寄りの案内としては「神宮前駅(神前ライン)」「神宮南バスセンター」「回音地下通路(歩行者用)」が整備され、試合日の徒歩導線は色分けサインで誘導されるとされる[25]。なお、導線の色は“SMBCの社章に合わせた”という説明があるが、関連資料では一致していない[26]。
また、渋滞対策として、バスの発車時刻が秒単位で調整され、「開始5分前に一斉に締める」という運用が試されたとされる[27]。ただし、当時の交通技術者はその効果を「体感75%」と表現したため、のちの会計資料では推定値として扱われたとされる[28]。
文化財[編集]
SMBCスタジアム神宮は、建造物としての保存価値が認められ、部分的に相当として取り扱われているとされる[29]。
特に評価されているのは、場内音響の基礎となった“回音梁(かいおんばり)”と呼ばれる梁材であり、現存部分では62.4メートルの屋根頂部に合わせた寸法が維持されていると説明される[30]。
一方で、照明装置の一部は改修により交換されており、「文化財としての完全な復元」を求める声もあるとされる[31]。それでもなお、神宮軸の再編史を物語る装置として、改修履歴を含めた保存方針が採られているとされる[32]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『神宮軸再編と球場設計—二層同時進行方式の実務』神宮計画設計局, 1934年。
- ^ 田中玲子『スポーツ施設における命名権の音響的影響(改訂版)』音響出版, 1989年。
- ^ Katherine M. Haldane『Stadium Branding and the Architecture of Attention』Harborlight Press, 2001.
- ^ 佐藤省吾『回収契約から見る建て替えの都市史』都市計画叢書, 1976年。
- ^ 中村富士雄『鉄骨トラスの現場寸法と“席番号”信仰』建築技術史研究会, 1940年。
- ^ Liang Wei『Urban Noise, Crowd Energy, and Roof Ventilation』Journal of Sported Engineering, Vol.12 No.3, 2012.
- ^ 山田かおり『神宮の太鼓と場内演出の統計—試合開始10分の最適化』スポーツ演出研究所, 2008年。
- ^ 『港区神宮前再開発資料集(抄)』港区公文書館, 第2版, 1965年。
- ^ R. J. McAllister『How Sponsors Write the Light: Case Studies in Stadium Illumination』Third Lantern Books, 2015.
- ^ 小林雅人『登録有形文化財としての回音梁』文化財管理学会, Vol.7 No.1, 1999年.
外部リンク
- 神宮計画設計局アーカイブ
- スポーツ施設命名権資料室
- 回音梁データベース(試験版)
- 神前ライン時刻表コレクション
- 港区神宮前再開発写真庫