The Salad Chickens
| 名前 | The Salad Chickens |
|---|---|
| 画像 | The_Salad_Chickens_ロゴ.jpg |
| 画像説明 | サラダボウル柄の衣装でのステージ写真(着ぐるみ鶏要素含む) |
| 画像サイズ | 250px |
| 画像補正 | auto |
| 背景色 | #fffbdd |
| 別名 | サラチキ |
| 出生名 | —(バンド名義) |
| 出身地 | 神奈川県横浜市(拠点) |
| ジャンル | ポップ・パンク/ニューウェーブ・ロック |
| 職業 | ロックバンド(作詞作曲:共同) |
| 担当楽器 | ギター、ベース、ドラム、キーボード、ボーカル |
| 活動期間 | 1996年 - 活動中 |
| レーベル | ミクロサーカス・レコード |
| 事務所 | 市民音楽公社 |
| 共同作業者 | 坂巻ユウジ(サウンドデザイン) |
| メンバー | 渡辺精一郎、鷲見マリア、石川ハルカ、三好オサム、安藤スミレ |
| 旧メンバー | —(途中離脱は報告されていないとされる) |
| 公式サイト | https://saladchickens.example.jp |
The Salad Chickens(ざ・さらだ・チキンズ)は、日本の5人組ロックバンドである。所属事務所は市民音楽公社。レコード会社はミクロサーカス・レコード。1996年に結成、1999年にメジャーデビュー。略称および愛称は「サラチキ」。公式ファンクラブは「鶏卵(けいらん)友の会」である[1]。
概要[編集]
The Salad Chickensは、1990年代後半に“歌詞の主語を野菜にする”という極端な手法で注目を集めた日本の5人組ロックバンドである。初期はファーストフード店の厨房音をサンプルに用いるなど、制作上の工夫が話題となったとされる。
一方で、バンドの音楽活動と並行して「食育行政の広報ソング」を多数手がけた経歴が知られている。公式には「鶏は登場人物ではなく、あくまでリズムの比喩」と説明されるが、ファンの間では“なぜサラダなのか”が恒常的な論点として残っている[2]。
メンバー[編集]
渡辺精一郎はリードギターおよび作詞を担当し、独特の言い回しで知られる。鷲見マリアはボーカルで、コーラスではしばしば「刻み目」を比喩として用いた。
石川ハルカはベース、三好オサムはドラム、安藤スミレはキーボードを担当した。結成当初から5人体制であったとされ、加入時期の詳細があえて公表されない点も“伝説化”に寄与したと指摘される[3]。
バンド名の由来[編集]
バンド名は、結成初年に横浜市の廃校で行われた文化祭実行委員会の議事録に由来すると説明されている。議事録では「The Salad Chickens」と題された謎の模擬店計画が採択され、実際の提供メニューは“海藻のチキン風サラダ”だったとされる[4]。
なお、後年のインタビューでは「鶏は存在していないが、卵のように転がるビートを目指した」という比喩的解釈も提示された。ただし当時の委員長は「誰が書いたか分からない」と証言しており、由来の確からしさには揺れがあるとされる[5]。
来歴/経歴[編集]
結成(1996年)[編集]
1996年、渡辺精一郎らは神奈川県の音楽専門学校“臨海作曲研究所”の実習室で、サンプラーを共用する形で活動を開始した。初ライブは5月18日に横浜市の“港湾市場ホール”で行われ、観客は計83名であったと記録されている[6]。
当時の楽曲は「野菜の成分表を読み上げるように歌う」方針だったが、スポンサーがついた途端に“成分表っぽさ”を隠すため、サラダボウルの残響だけが残ったという。のちにそれが独自のサウンドに発展したとされる。
インディーズ時代(1997年 - 1998年)[編集]
1997年にはミニアルバム『酸性ドレッシングの夜』を自主制作で発表し、初回プレスはわずか1,200枚に抑えられた。配布に際しては“賞味期限の早いチラシ”を同梱し、回収率が計算されていたとも言われる。
1998年、彼らは“鶏卵(けいらん)友の会”の原型となる小規模ファンクラブを立ち上げ、会員番号を「00001」からではなく「00017」から開始した。これは「17という素数が、耳に刺さる」との理由で決められたとされるが、当時の会計係は後に「本当は別の数字を打ち間違えた」と述べたと報じられている[7]。
メジャーデビュー(1999年)[編集]
1999年、ミクロサーカス・レコードからシングル『青い葉のプロミス』でメジャーデビューした。初週売上は推定で62,450枚、オリコンのウィークリーでは最高順位12位を記録したとされる[8]。
ただし同曲のテレビ初披露は“野菜を洗うSE”が放送事故扱いになり、テロップで「SEの再現ではありません」と注記が入った。これは実際には“水道局の研修テープ”が混入していた可能性があると後年の関係者が語っており、技術面の運用が話題化した[9]。
音楽性[編集]
The Salad Chickensの音楽性は、ポップ・パンクのテンポ感に、ニューウェーブ的なキーボードの湿度を重ねるものとして語られる。歌詞では食材・調理工程が比喩化され、主語のない文が“野菜が勝手に育つ”感覚を生むと評価された。
制作面では、サンプルには必ず“生活音”を一つ混ぜるという内規があったとされる。たとえば『青い葉のプロミス』では蛇口の開閉を0.8秒だけループし、『酸性ドレッシングの夜』では冷蔵庫のファン音を逆再生していると解説された[11]。ただしこれらの詳細は確証がないという声もあり、公式資料の整合性には揺れがある。
人物[編集]
ボーカルの鷲見マリアは“顔を出さないライブ”を一度だけ実施したとされるが、記録映像は現存しないとされる。渡辺精一郎は作詞の際に必ずメモ帳を“左利き用”にすると言い伝えられており、石川ハルカはリハーサルのたびに同じ鍋のフタを使うことでテンションを合わせたと報じられた[12]。
一方で三好オサムは、ドラムのフィルを“計測可能な感情”として扱う発想を持ち、安藤スミレはサウンドデザイン担当として外部の坂巻ユウジと共同で音の粒度を設計したとされる。なお当人たちは「全員でバンドを演奏しているのではなく、同時に5人の影が演奏している」と語ったことがあるとされる[13]。
評価[編集]
The Salad Chickensは、1999年から2000年代にかけて“国民的バンド”と称されることもあった。特に、歌詞カードに小さな計量スプーンのイラストが印刷されていたことが、子どもの読解力支援につながったとして教育関係者から評価されたという。
ただし、表現があまりに生活に密着しているため、当時の評論家の一部からは「ポップであるがゆえに問題の所在が見えない」との指摘もあった。とはいえライブでは聴衆が一斉に“野菜の名前をコール”する慣習が生まれ、結果として参加型の文化を定着させたと考えられている[14]。
受賞歴/記録[編集]
2001年、彼らは日本作曲家協会主催の“台所リズム賞”を受賞した。公式記録では受賞理由が「比喩の回転率が高い音楽である」とされ、さらに“1曲の平均主語数が0.73であった”という奇妙な統計が添えられていたと報じられた[15]。
2003年にはオリコン年間アルバムチャートで上位を記録し、年末特番の出場回数も増えた。もっとも、賞の算定方法が一般公開されていなかったため、後年には「集計担当がサラダスピナーを使った」という都市伝説まで出回ったとされる[16]。
ディスコグラフィ[編集]
シングルとしては『青い葉のプロミス』(1999年)『粒々の合図』(2000年)『洗うだけの未来』(2002年)などが挙げられる。CDシングルは通常盤のほか“給食袋仕様”と呼ばれるパッケージも販売されたとされる。
アルバムは『サラダの王国、即席で』(2000年)『刻み目の夜更け』(2003年)などがあり、ベスト・アルバムとして『サラチキ黄金ドレッシング大全』(2005年)がリリースされた。映像作品にはライブビデオ『横浜港湾市場ホールで、卵の音がした』(2001年)がある。
配信限定シングルは近年まで断続的に展開されており、ストリーミングでは総再生回数が累計で約4億回を突破したと公式に発表された。なお発表時期は2018年とされるが、その算出基準には複数の推定があるとされる[17]。
ストリーミング認定[編集]
日本国内の主要配信プラットフォームにおいて、代表曲『青い葉のプロミス』は“ダイヤモンド再生”の認定を受けたとされる。認定公表日は2019年3月27日であり、当時のバンド公式サイトには「洗浄前の音が評価された」との短文が掲載されたと記憶されている[18]。
また、カバー曲として派生した『粒々の合図(合唱仕様)』が学校行事で使用され、結果として“非音楽用途”での再生が増えたと指摘される。これにより、音楽産業の評価軸と教育現場の評価軸が接続した例として言及されることがある。
タイアップ一覧[編集]
主なタイアップには、食育キャンペーンに関連する楽曲の提供が含まれる。2002年には横浜市の“学校給食音楽化プロジェクト”に合わせて『洗うだけの未来』が起用されたとされる。
また、民間では東京の青果流通会社“フレッシュベルト”のCMで『青い葉のプロミス』が使用されたと報じられた。なお、CM尺が15秒のはずが、実際のオンエアでは17秒になっていたという報告もあり、放送担当の編集が迷った可能性があるとして業界内で囁かれた[19]。
ライブ・イベント/ライブ・コンサートツアー[編集]
ライブでは、冒頭に必ず観客へ“サラダの順番”を指示する演出がある。これはメンバーが独自に定義した“かき混ぜ3回ルール”によって定着したとされる。
代表的なツアーは“全国卵(たまご)縦断ツアー”と呼ばれ、2004年にはホール級11公演を行った。チケット販売枚数は総計で約28,900枚と推定されており、キャンセル待ちの人数が最多だったのは大阪府の“北海響ホール”であったと記録されている[20]。
出演(テレビ/ラジオ/映画/CM)[編集]
テレビでは音楽バラエティ番組に複数出演し、ラジオでは早朝枠で“食材の擬音で曲を作る”企画が評判となったとされる。映画ではドキュメンタリー『台所から始まるリズム』に本人役で出演したとされるが、実際の出演範囲は一部だけだった可能性がある。
CMでは前述の青果流通会社に加え、乾燥パスタの製造会社“スパゲッティ蒸機工業”の販促に『刻み目の夜更け』が採用されたとされる[21]。
NHK紅白歌合戦出場歴[編集]
2003年のNHK紅白歌合戦に初出場したとされる。曲目は『洗うだけの未来』で、演出として巨大なサラダボウル型のステージ装置が用意されたが、リハーサル時に装置の傾きが0.6度ほど検出され、調整に3時間を要したと関係者が語ったとされる[22]。
また、紅白後には“鶏卵(けいらん)友の会”への加入が急増した。加入者が増えた理由については、演出が子ども向けに最適化されていたことが影響したと見られる。
脚注[編集]
脚注
- ^ 【田中青空】『台所サンプル論:サラダボウルはなぜ残響を持つのか』ミクロ出版社, 2004.
- ^ 山手すず『ポップ・パンクの比喩統計と主語の不在』第5巻第2号, 音楽言語学研究会, 2006.
- ^ Kawamura R.『Kitchen-Sound Sampling in Late-1990s J-Rock』Vol. 12, pp. 31-59, Journal of Everyday Acoustics, 2011.
- ^ 渡辺精一郎『“洗うだけの未来”は編集できるか:放送事故から学んだこと』NHK出版, 2010.
- ^ 鷲見マリア『卵の音階:ボーカルは器を選ぶ』ミクロサーカス・レコード編集部編, 2013.
- ^ 石川ハルカ『逆再生の倫理:聴感温度という概念』pp. 77-102, 音響設計叢書, 2016.
- ^ 坂巻ユウジ『サウンドデザインと生活音の整合性』Vol. 3 No. 1, 市民音楽公社, 2018.
- ^ 『オリコン集計の裏側:17秒CM問題を含む一次資料』オリコン図書, 2020.
- ^ 佐伯麻衣『紅白ステージ装置の傾き計測と安全管理』pp. 12-44, 日本放送技術協会紀要, 2005.
- ^ “The Salad Chickens: A Study of Participatory Salad Culture”『Transnational Pop Studies』pp. 201-239, Vol. 9, 2022.
外部リンク
- 市民音楽公社 公式アーカイブ
- ミクロサーカス・レコード レーベル人物録
- 鶏卵友の会 旧会員ページ
- 港湾市場ホール 上演記録データベース
- NHK紅白歌合戦 1996-2004 舞台装置メモ