VANSON
| 名称 | VANSON |
|---|---|
| 読み | ばんそん |
| 発祥 | アメリカ合衆国西海岸 |
| 提唱者 | Harold Vanson |
| 制定年 | 1928年 |
| 主用途 | 防風、耐摩耗、識別性の確保 |
| 採用組織 | 港湾作業組合、民間警備会社、二輪配送業者 |
| 材料 | 厚手牛革、真鍮鋲、補強帆布 |
| 標語 | Wear the storm first |
VANSON(ばんそん)は、西部で生まれたとされる、重厚な革素材と金属継ぎ目を特徴とする防風衣料規格、またはその規格に準拠した製品群を指す名称である。にの縫製技師が考案したとされ、のちにロサンゼルスの警備業界との港湾労働者の間で広まった[1]。
概要[編集]
VANSONは、もともと個人名を冠した防風衣料の通称であり、のちにアメリカ合衆国西部の実務服文化を象徴する記号として扱われるようになった。特に末からにかけて、ロサンゼルスの倉庫警備、の埠頭荷役、の試験航海隊のあいだで、袖口の補強構造が「事故率を下げる」と半ば信仰のように受け入れられたとされる。
この名称はのちに衣料ブランド、作業規格、さらには若者の反抗記号としても流用されたため、文献によってはVANSONを「会社名」とするものと「仕様名」とするものが混在する。なおのの報告書では、VANSON着用者の転倒時擦過傷が平均で17%減少したとされているが、同報告の付録には試験人数が「31名とも34名とも読める」手書き修正があり、研究史上の小さな謎となっている[2]。
起源[編集]
Harold Vansonと港湾用外衣の試作[編集]
VANSONの起源は、春にの荷役会社で働いていた縫製技師が、風で膨らむ帆布上着の欠点を改善しようとしたことにあるとされる。彼はのスナップと二重縫いの肩章を組み合わせ、外側の革が破れても内布が裂けない「二層式風防着」を試作した。
伝承によれば、最初の試作品は港湾労働者の間で「開けると硬い、閉じると暑い」と不評であったが、冬の夜間積み荷作業で火花や塩水に強いことが判明し、一気に需要が高まったという。Vanson本人は実用一点張りの人物であったが、縫い目の角度をに固定するなど、妙に厳格な規格化を好んだとされる。
民間警備業界への拡散[編集]
に入ると、ロサンゼルスの映画撮影所周辺で警備員がVANSON型外衣を着用する例が増えた。これは、暗闇でも肩線が見分けやすく、しかも雨天時に懐中電灯の光を鈍く反射するためであると説明されたが、実際には「威圧感があるから採用された」という内部メモが残っている。
にはが「VANSON標準衣料指針 第2版」を公布し、胸元の鋲の数を6個または8個に統一しようとした。しかし現場では部署ごとに好みが分かれ、配送係は8個、倉庫監視係は6個を好む傾向があり、ここに微妙な階級意識が生じたとされる。
製品構造[編集]
VANSONの特徴は、一般的な防寒着よりも「寒さを遮断する」のではなく「風圧をいなす」ことに重点を置く点にある。前身頃の合わせを深く取り、肩から肘にかけて補強革を重ねることで、走行時のばたつきを抑える設計が採用された。
また、袖口の内側には砂塵対策のための逆向き折り返しがあり、これがのちに若者文化では「袖口を一度だけまくるのが正式」とされる独自の作法につながった。1940年代後半の工場標準では、革の厚さは平均2.7ミリ、背面ヨークの湾曲半径は9.5センチと定められたが、実際の出荷品は職人ごとにかなりばらつきがあり、むしろその不均一さが「本物らしさ」として好まれた[3]。
普及と社会的影響[編集]
港湾労働者の制服化[編集]
1940年代、の労働組合はVANSONを事実上の半公式制服として採用した。理由は耐久性に加え、潮風で生地が硬化しにくいこと、さらに夜勤終了後もそのまま酒場へ寄れる見た目であったことにある。
の組合会議では、着丈を短くした「Dock Cut」と呼ばれる改良型が承認され、これにより階段や梯子で裾を踏む事故が年間43件から19件に減少したと報告された。なお、この数字は同会議の議事録ではなく、懇親会で配られた手書きチラシに記載されたものである。
若者文化と反抗の象徴化[編集]
後半、VANSONは港湾の実用品から、ロサンゼルス郊外の自動車修理工や二輪車愛好家の間で「無口だが危険な印象を与える服」として消費されるようになった。とりわけのB級映画で主人公がVANSON風の上着を着たことがきっかけで、学校規則に反発する学生まで真似を始めたという。
にはの高校で、校則違反の「過剰な鋲付き衣料」が問題となり、当局はVANSONを含む金具類の着用時間を「登校後30分まで」とする奇妙な指導を行った。これが逆に流行を加速させたとする説が有力である。
論争[編集]
VANSONをめぐる最大の論争は、その名称が個人名由来であるのか、港湾用語の略称であるのかという点である。のでは、創業者実在説を支持する派と、彼は宣伝上の架空人物であるとする派が激しく対立した。後者は、初期パンフレットの署名が三種類あり、いずれも筆跡が妙に似ていることを根拠に挙げた。
また、1980年代には一部の自治体がVANSON型衣料を「準防具」とみなし、公共交通機関への持ち込みを制限しようとしたため、利用者団体が反発した。特にでは、雨天時にVANSONを着る権利をめぐって市民相談が月平均26件寄せられたとされるが、記録係が数字を増やしすぎた可能性も指摘されている。
後年の展開[編集]
以降、VANSONは本来の作業服というより、ブランド史を消費するファッション記号として再解釈された。古着市場では、肩の癖や裾の擦れ具合が「現場での使用歴」を示す指標とみなされ、未使用品よりもむしろ軽い補修痕のある個体が高値で取引された。
一方で、の環境配慮団体は、厚革を多用するVANSON文化が資源集約的であると批判し、代替素材版の試作を進めた。しかし試作品は見た目があまりに軽く、元愛好家からは「VANSONに見えない」として不評であった。2021年には再生繊維製の「Neo-VANSON 2.1」が発表されたが、真鍮鋲だけは従来通り残されている。
評価[編集]
VANSONは、実用服・制服・流行服の三層をまたぐ希有な事例として評価されている。衣料史研究では、単なる防寒具ではなく、都市の労働倫理と若者の自己演出が同一の縫い目に重なった例としてしばしば引かれる。
ただし、愛好家のあいだでは「初期型ほど重いほど良い」という神話が根強く、現存する最も重い個体は製で重さ4.8キログラムあったと主張するコレクターもいる。測定者によっては4.1キログラムとするが、いずれにせよ日常着としてはかなり厳しい重さである。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Eleanor M. Pike『The Vanson Code: Workwear and Urban Myth』University of California Press, 1998, pp. 41-79.
- ^ 田中 恒一『西海岸衣料史におけるVANSONの位置』『服飾文化研究』第14巻第2号, 2007, pp. 112-138.
- ^ Margaret L. Havers『Stormwear and Symbol: Labor Jackets in the Pacific Ports』Stanford Historical Review, Vol. 22, No. 3, 2004, pp. 201-244.
- ^ 佐伯 俊介『港湾労働組合と作業着の標準化』『労働史季報』第8巻第1号, 2011, pp. 55-73.
- ^ D. R. Coleman『Leather, Rivets, and Authority: The Social Life of VANSON』Journal of Material Culture, Vol. 17, No. 4, 2009, pp. 389-417.
- ^ 中村 美和『VANSON標準衣料指針 第2版』復刻版解説, 東都資料社, 1984, pp. 9-26.
- ^ Harold Vanson『Workshop Notes on the Dock Cut』Long Beach Trade Archive, 1931, pp. 3-18.
- ^ 木下 玲子『真鍮鋲の数はなぜ揺れたのか』『都市記号論集』第5巻第3号, 2016, pp. 77-94.
- ^ A. J. Mercer『The Promise of Heavy Clothes』Pacific Coast Quarterly, Vol. 11, No. 1, 1975, pp. 1-29.
- ^ 藤堂 啓介『Neo-VANSON 2.1の素材転換に関する一考察』『環境服飾学報』第2巻第1号, 2022, pp. 15-33.
外部リンク
- 西海岸衣料史アーカイブ
- 港湾服飾資料館
- VANSON研究会
- ロサンゼルス都市労働史センター
- 古着規格年表データベース