Wikipediaゲーム
| 分類 | 巡回競技・教育ゲーム |
|---|---|
| 成立時期 | 1998年ごろ(とされる) |
| 主な舞台 | および小規模な同人サークル |
| 参加人数 | 2〜8人(少人数で設計されがち) |
| 典型目標 | 指定語から最短経路で到達すること |
| 運営主体 | 当初は個人運営、のちに地域団体が関与 |
| 関連概念 | リンク・ハンティング、知識距離 |
| 教材化の波 | 2000年代半ばに一時的に増えた |
Wikipediaゲーム(英: Wikipedia Game)は、の記事を巡回しながら知識のつながりを競う、いわゆる「巡回系ボードゲーム」および派生のデジタル教材である。1990年代後半に発案されたとされるが、実際の普及は別の社会運動を介して加速したとされる[1]。
概要[編集]
Wikipediaゲームは、上のページを「移動先」とみなし、リンク構造を手がかりに指定の概念へ到達することを競う遊戯である。とくに「ゲーム」として成立する要件は、プレイヤーが選択したページの履歴が記録され、勝敗またはスコアに反映される仕組みが導入される点にあるとされる[2]。
発端は、学習用の“リンク地図”を作るはずが、なぜか競争心の火がついてしまったことにあると語られる。具体的には、出題側が「今日の到達目標」を設定し、到達までのページ数と経由時間を点数化したことが、のちの定番ルールへ繋がったとされる[3]。ただし、当初から教育目的が前面に出たわけではなく、むしろ雑談と賭けの延長として広まった、という証言もある。
ルール面では、リンクの向き(「この記事のリンク」か「本文中の参照」か)や、曖昧さ回避の扱い(同名語の分岐)などが問題になりやすい。ここに“細かすぎる裁定”が生まれ、それがコミュニティの熱量を支えたとも指摘されている[4]。
歴史[編集]
起源:失踪した学術調査計画[編集]
Wikipediaゲームの起源は、にの文京区周辺で進められていた「リンク密度の調査」計画にあるとされる。調査の中心人物は、統計を専門とする(当時、匿名の協力者として記録されたとされる)で、調査票には“到達時間”という項目が存在したという[5]。
計画は、調査対象が「百科事典の読解」ではなく「リンクの迷路化」にすり替わったことで、なぜか楽しさが先に残ったとされる。ある回の現場では、参加者が自発的に「指定語から最短で辿る」遊びへ移行し、最短経路の競争が始まったと報告されている[6]。
この時期の逸話として、「到達の判定に使うため、ページを開くたびに2.17秒のカウントダウン音が鳴る装置を試したが、誰も学術調査に戻れなかった」というものが残っている。数値の出所は不明とされるが、当時の端末が“遅延を直すためのサイレント機構”を備えていた可能性が指摘されている[7]。
普及:地方大会と「地名トロフィー」[編集]
普及は、にの堺市で開かれた“読書型地域交流イベント”を経由して加速したとされる。このイベントでは、勝者に小さな金属プレート(通称“地名トロフィー”)が渡され、トロフィーの裏面には「到達目標語」と「経由ページ数」が刻まれたという[8]。
また、同年には「地区予選の出題語を統計的に偏らせない」ための仕組みが導入されたとされる。たとえば、出題語をの“分類語”に寄せる試みがあったとされるが、分類語が難解すぎてプレイヤーが“百科事典ではなく官報を読んでいる気分になる”状態に陥ったという反省が残っている[9]。
この“官僚語ショック”の後、主催側は代替として「水曜日に投稿数が増える分野を避ける」という経験則を採用したと伝えられる。ただし、実際に投稿数の変動と勝率の相関を取ったかどうかは、資料が散逸したため定かでないとされる[10]。
変種:紙版ルールと「裁定税」[編集]
Wikipediaゲームは、デジタル化の波とともに簡易化された一方で、アナログ版が独立して発展した。そこでは紙の“リンクカード”を配り、プレイヤーがカードの文字列から許可された移動だけを選ぶ形式が採用されたとされる[11]。
特に有名なのは、裁定のための“裁定税”である。これは、ルールに曖昧さが生じた場合、プレイヤーが「異議申し立て費」として1ゲームにつき合計5ポイント(小数点以下切り捨て)を支払う仕組みである。運営者は「議論が増えるほど、議論そのものが学習になる」と説明したとされるが、実務上は“揉めるほど負ける”という逆効果も指摘されている[12]。
なお、紙版の起源については、の長岡市で開かれた“台帳読み会”が前身だったという説もある。この説では「台帳に書かれた索引が、リンクカードの設計思想に転用された」とされるが、裏付けとなる記録は限定的である[13]。
仕組みとルール[編集]
Wikipediaゲームの基本は、ある「開始語」から出発し、指定された「到達語」へ至るまでページ(またはカード)を遷移させる点にある。選択肢の制約は、通常はリンクの有無で決まるが、コミュニティによっては「同義語は可」「固有名詞の表記揺れは不可」などの細則が設けられることがある[14]。
スコアリングは多様で、代表的には(1)経由ページ数、(2)経由順の安定性、(3)到達までの経過時間、の3軸で計算されるとされる。ある大会記録では、最終点を「(基礎点200 - 経由ページ数×7) - 経過時間×0.13」のように算出した例がある。計算式そのものは“雰囲気で作った”と当事者が語ったとされるが、なぜかその場の参加者全員が納得したため採用されたという[15]。
また、ゲーム性を高めるために「敵対モード」と呼ばれる妨害要素が追加される場合もある。このモードでは、相手が参照したページを“次のターンで禁止”にする権利が与えられるが、禁止が過剰になると知識競争ではなくメタゲーム競争になってしまうため、主催側は頻度を月1回程度に留めたとする証言もある[16]。
社会的影響[編集]
Wikipediaゲームは、参加者に「検索の癖」を付けるだけでなく、情報のつながり方そのものへの興味を喚起したとされる。とくに、到達に成功したプレイヤーの“経由語の選び方”が共有されることで、いわゆる学習コミュニティ内で暗黙の推薦リストが形成されたという[17]。
一方で、教育現場では「遊びとしてのルール」が“授業設計”に取り込まれ、評価のための採点表が整備された。たとえば、の札幌市で行われた実証授業では、到達語に関する小テストが付随し、平均点が初回52点から最終週61点へ上がったと報告された[18]。ただし、この差がゲーム効果によるものか、単に復習が進んだ結果かは切り分けが困難とされる。
また、社会面では、百科事典を巡る行為が“善良な娯楽”として語られるようになったことが影響したとされる。インターネット上の攻撃的な言い争いとは別種の、わりと平和な競争を作り出した点が注目されたという指摘がある[19]。その一方で、あまりにも平和になりすぎたために「次はオチまで辿れるのか」という過剰な探索欲が一部の参加者に発生したとも語られている[20]。
批判と論争[編集]
Wikipediaゲームには、情報の偏りをゲームが増幅しうるという批判がある。リンク構造は記事の編集状況に依存するため、ある分野が過度に連結されると、その分野へ誘導されやすいと指摘されている[21]。
さらに、裁定の恣意性が問題になった時期があったとされる。とくに「曖昧さ回避ページの扱い」について、運営が“最短だが詭弁っぽい経路”を無効とした事例がある。その際の理由として「知識の道筋は、見た目にもまっすぐであるべき」と説明されたと伝えられる[22]。
また、ゲームが人気化するほど、勝利条件の最適化が進み、知識探索よりも“ページの存在確認作業”へ寄ってしまうという論争もあった。これに対して支持者側は「ゲームは入口であり、最終的に編集史(いつ誰がどう書いたか)へ興味が移る」と反論したとされるが、移行の実態を示す統計は限定的である[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中ミツコ『リンクの迷路は平和だった:Wikipediaゲームの社会史』新潮社, 2004.
- ^ Margaret A. Thornton『Indexing by Play: The Rise of Link-Crawling Games』Cambridge University Press, 2006.
- ^ 渡辺精一郎「百科事典巡回調査票の設計と逸脱」『情報統計年報』第12巻第3号, pp. 41-59, 1999.
- ^ Sofia K. Andersson「Ambiguity Arbitration in Knowledge Puzzles」『Journal of Playful Reasoning』Vol. 8, No. 2, pp. 110-138, 2007.
- ^ 堺地域交流実行委員会『地名トロフィー記録集:第1回から第7回まで』大阪府堺市, 2002.
- ^ 山田貴史『裁定税と議論熱:アナログ版Wikipediaゲームの実務』メディア工房, 2011.
- ^ 李承煥「地方実証での学習効果推定:到達語テストの集計」『教育評価研究』第5巻第1号, pp. 1-18, 2009.
- ^ Nakamura, Keiko『From Friendly Competition to Knowledge Infrastructure』Oxford Educational Review, 第21号, pp. 77-95, 2013.
- ^ 鈴木ユウ「Wikipediaゲームの勝率と投稿数の経験則」『月刊オンライン論点』Vol. 3, No. 6, pp. 33-44, 2016.
- ^ García, Pablo「When Browsing Becomes a Strategy: A Note on Link Existence Checks」『Computational Leisure Letters』第1巻第9号, pp. 9-12, 2018.
外部リンク
- Wikipediaゲーム公式レシピ集
- リンク裁定案内所
- 地名トロフィー博物館(非営利掲示)
- アナログ版リンクカード倉庫
- 裁定税シミュレータ