sailor moon (series of 20 bootleg dvds/vcds)
| 分類 | 家庭用映像メディアの非公式収集物 |
|---|---|
| 想定された収集単位 | 第1巻〜第20巻(通し番号) |
| 主な媒体 | DVD-RおよびVCD(世代混在) |
| 流通形態 | 個人間交換・イベント頒布 |
| 推定成立時期 | 1997年〜2001年 |
| 制作関与の中心 | “録画班”と呼ばれた匿名グループ |
| 関連する社会現象 | ファン活動と法規制のせめぎ合い |
| 同定上の問題 | 巻ごとの内容揺れ・音声差し替え |
sailor moon (series of 20 bootleg dvds/vcds)(セーラームーン にじゅうまいブートレグディーブイディーズ・ビシーディーズ)は、に複数の無名アーカイバが流通させたとされる、の擬似シリーズである。専用パッケージを欠く形で“第1巻〜第20巻”として整理された点が特徴である[1]。
概要[編集]
この項目は、という呼称で知られる、20巻相当の“まとめ物”を指すとされる分類である[1]。
“正規版の完全復刻”を目的としたというより、録画・再エンコード・音声修正・オリジナル帯の再現など、技術的な遊びが中心にあったと推定されている。また、各巻は必ずしも同一の放送回や制作工程を反映せず、所蔵者の語り(およびラベル文字の癖)によって再編された可能性が指摘されている。
成立経緯を説明する際には、近辺の同人即売会での交換慣行、ならびにが当時扱った“非公式流通の監視メモ”が頻繁に引かれる。もっとも、これらの文書が本件にどこまで整合するかは、巻番号のズレから疑義も持たれている[2]。
概要(選定基準)[編集]
本項目の“第1巻〜第20巻”という枠組みは、後から整備された可能性が高いとされる。すなわち、同じラベル意匠を共有する独立したファイル群が、のちに“シリーズ”という語りに回収されたのではないかという見方がある。
選定基準としては、(1)メディアがDVD-RまたはVCDであること、(2)各巻に通し番号が手書きまたは疑似印刷されていること、(3)映像品質よりも“収録の筋の通った物語順”が優先されていること、(4)一部の巻で音声が差し替えられた痕跡が見つかること、などが挙げられる。
一方で、最終巻である第20巻だけが妙に“編集思想”の記録が残りやすい点は、匿名制作者の残したメモが複製の際に混入したと説明されることが多い。ただし、この説明に対しては“偶然にしては精密すぎる”との反論もある[3]。
一覧[編集]
以下は“第1巻”から“第20巻”までの項目として語られることが多い内容である。各項目は呼称上のまとまりであり、完全一致を保証するものではない。
1. 『第1巻:月のない予告編』(1997年)- 冒頭に通常のオープニングを置かず、直前番組の静止画を0.7秒だけ挿入した編集が特徴とされる。入手者はこれを“視聴者の心拍を測る儀式”と冗談めかして説明したという[5]。
2. 『第2巻:VCDノイズ礼拝』(1998年)- 音声の片チャンネルが一部で反転しているとされ、所蔵者は“反転は神域へのパス”と語った。実際にはプレイヤー相性が原因だった可能性もあるが、ラベルに「左右は物語の裏表」と書かれていたとされる[6]。
3. 『第3巻:カットした星図(仮)』(1998年)- 本編の途中で街の看板が映る部分だけが2フレームずつ繰り返される。録画班が“道路交通情報”を避けるために自動編集をかけたと推定されている[7]。
4. 『第4巻:セーラーハンドブック欠号』(1999年)- 付録風の日本語テロップが冒頭にあり、しかし第1話分しか入っていない。欠号の理由として、印刷屋が倒産したのではなく“印刷機が眠った”という伝承が残っている[8]。
5. 『第5巻:金色のブレード選別』(1999年)- 次回予告だけが異様に高ビットレートで、他の場面に比べ色が濃くなる。録画班が“予告を見せるためだけに頑張った”結果だと説明され、ファンの間で一種の美学として語られた[9]。
6. 『第6巻:衛星放送の迷子(仮)』(1999年)- 雑音の中に放送局IDのような断片が混じるとされる。所蔵者はで得たテープを“物語の道に戻す”ために使ったのではないかと推測した[10]。
7. 『第7巻:街灯の逆再生』(2000年)- 夕方のシーンでだけ逆再生のような残像が出るとされる。最初は技術ミスと考えられたが、後に“逆再生は悪役の時間感覚”を表す演出だとする説が現れた(要出典)[11]。
8. 『第8巻:字幕だけ独走』(2000年)- 字幕の行間が極端に広く、視聴者が“文章を先に読ませるための仕掛け”と感じたという。編集者がテキストテンプレを流用した結果とも考えられるが、テンプレの出どころがの非公式ライブラリだったという噂がある[12]。
9. 『第9巻:月影の二重露光』(2000年)- 変身カットで一瞬だけ“前の絵が残る”二重露光がある。録画班が家庭用スキャナの補正手順を映像に転用したとされ、当時のDIY文化を象徴する例として扱われることがある[13]。
10. 『第10巻:砂時計パケット紛失』(2000年)- ある回の後半だけ、場面が0.3秒単位で飛ぶ。所蔵者は“砂時計が落ちた”と表現したが、実務的にはバイナリ書き換えの際のパケット欠落である可能性が指摘されている[14]。
11. 『第11巻:DVD-R復元の匂い』(2001年)- 第10巻で欠けた部分の補完が“それっぽく”行われているとされる。編集ログには「復元率83%」のような数字が書かれていたと語られるが、ログ自体が後年の創作である可能性も残る[15]。
12. 『第12巻:黒縁の誓約』(2001年)- 画面の四辺がやけに黒く、字幕が中心に寄る。これは本来4:3素材を16:9に無理やり収めた痕跡と考えられるが、逆に“黒縁が時空の枠”として美化されたとされる[16]。
13. 『第13巻:タキシード仮面の裏音声』(2001年)- 主音声に加えて、稀に別話者の“囁き”のような副音声が混じるという。録音班の一人がスタジオマイクで会話をしながら編集したのでは、という逸話がある[17]。
14. 『第14巻:VCDの夕凪(仮)』(2001年)- VCD特有のブロックノイズが少ないとされ、逆に“ノイズを避けるために削った”可能性が議論されている。所蔵者会では「削ったのに残る、だから残響がある」といった詩的評価が付いた[18]。
15. 『第15巻:セーラースカーフ工程表』(2001年)- 工程表らしき日本語テキストが、エンドロールの裏で0.1秒だけ表示される。読めないはずだが“全部で72行ある”と数えた人が現れ、伝説化した[19]。
16. 『第16巻:カレンダー逆参照』(2002年)- 冒頭で放送日らしきテロップが出るが、日付が1日ずつズレている。編集者が放送資料を誤ったとする説と、わざと“逆に参照した”とする説が対立した[20]。
17. 『第17巻:月の試作版ステッカー』(2002年)- ディスクケースに貼られたステッカーの意匠が、実物よりも2ミリ小さいと報告された。原因は印刷縮尺の不一致と考えられるが、縮みが“月の距離”を表す比喩だとする読みが出た[21]。
18. 『第18巻:DVD-Rの静かな暴走』(2002年)- 画質は高いが、特定の場面だけコマ落ちが連続する。録画班が“静止画を長く残す”癖を持っていたためだと説明されたが、実際はエンコード設定の取り違えだとする指摘がある[22]。
19. 『第19巻:変身前の沈黙スキップ』(2003年)- 変身の直前だけ音が抜け、その代わりに環境音が残る。ファンの間では“沈黙が強調された”と称されたが、技術的には音声トラックの選択ミスである可能性がある[23]。
20. 『第20巻:最終章ではなく予備章(極秘)』(2003年)- 通常は終結を描くはずの位置に、余白のような無音時間が合計で“9分14秒”あるとされる。所蔵者はこれを“次に作るべきものの予告”と解釈したが、実際にはエンコード停止の痕跡ではないかとの指摘もある[24]。
媒体別の揺れ(DVD-RとVCD)[編集]
シリーズと呼ばれる一群は、媒体の世代差がそのまま画質差と音声段差に反映されているとされる。第2巻、第7巻、第14巻ではVCD由来の圧縮ノイズが目立つ一方、第11巻と第18巻ではDVD-Rの“回復感”が強いという所蔵者報告が多い。
この差が生じた経緯としては、録画班が“同じ素材に統一する”ことよりも“週末に間に合わせる”方針を取っていたためだと語られる。なお、制作ロットはの修理工房と関係づけて語られることがあるが、当時存在したかどうかは資料が乏しいとされる[4]。
歴史[編集]
なお、巻の内容が放送回と厳密に対応するかどうかは、研究者の間でも意見が割れている。第10巻のパケット欠落は“たまたま”とする説があり、第11巻の復元率83%は“作為”とする説がある。
また、複製元が同一であったとしても、VCDとDVD-Rで同じ回を切り出した場合に発生しうる差が大きい。つまり、シリーズという言葉が、同一性ではなく“類似性の系統樹”を指している可能性が高いと考えられている。
この点は、所蔵者が“同じ月でも空の雲が違う日がある”という比喩で説明することがあり、語りの文学性が資料の分類を難しくしたとも言われる。もっとも、文学性が高いほど検証が難しくなるため、外部からは「結局どれが本当なのか」と疑問が投げられることになる[27]。
録画班の誕生と“巻番号”の発明[編集]
シリーズが“20巻”として語られるようになった背景には、1990年代末のストレージ事情と、即売会の交換導線があると推定されている。録画班はの倉庫を借りていたとされるが、正確な所在地は名指しされないことが多い。
また、巻番号が後付けであった可能性も指摘されている。ある匿名整理係は「番号は物語を整えるための器である」と語り、物理的な一致よりも“語りやすさ”を優先したと記録されている。ただし、その記録がどの口述から来たのかは確認できないとされる[25]。
社会への影響:ファン文化の“技術礼賛”と規制の緊張[編集]
本件の周辺では、海賊版が単なる違法複製に留まらず、編集技術やエンコード知識の共有媒体になっていったと語られる。特に、音声の左右反転や字幕テンプレの再利用などが“学習ネタ”として交換され、結果的に非公式ながら制作技術が伝播したとされる。
一方で、法規制は“物語の保存”という言い分とぶつかった。ある時期、の内部資料で「家庭内複製の拡散経路」という言い回しが見られたとする証言があり、これが録画班の活動を“イベントに限定する”方向へ押し込んだのではないかと推測されている[26]。ただし、その内部資料の実在性は立証されていない。
皮肉にも、規制が強くなるほど“完成していない録画の違い”が話題化し、巻ごとの欠落やノイズまでが鑑賞対象になった。こうして、テレビ作品の受容から、メディア加工の美学へ視線がずれていったと整理されることが多い。
批判と論争[編集]
本件は、著作権侵害を前提とするため倫理面で批判されることが多い。特に、音声差し替えや字幕の改変が“オリジナルの意味”を変える可能性がある点は、単なる視聴の利便性という主張を弱める要因とされている。
他方で、“編集の癖が残ること”を価値と見る立場もあったとされる。たとえば第15巻の工程表について、「読めないほど短い表示は、かえって鑑賞者の想像力を誘う」と擁護する声が紹介されている[28]。
さらに、最大の論点は「20巻」という枠がどこまで事実を反映しているかである。第20巻の“無音9分14秒”は、エンコード停止の痕跡だとする指摘がある一方、次作の予告であるとする逸話が優勢で、結果として検証が進まなかったとされる[29]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐藤 皓一『非公式アーカイブの社会史—番号で読む映像』講談社, 2006.
- ^ Margaret A. Thornton, “Home-Recorded Media and Fan Taxonomies,” Vol. 12, No. 3, *Journal of Media Folklore*, 2004.
- ^ 山崎 玲人『VCDから始まる記憶の圧縮』東京大学出版会, 2002.
- ^ 林田 由希『字幕は誰のものか—非公式編集の記号論』青弓社, 2010.
- ^ 工藤 伸太『エンコード事故の美学—コマ落ちとノイズの鑑賞史』ボーンデジタル, 2013.
- ^ R. K. Nakamura, “Audio Track Switching in Consumer Replication,” *International Review of Amateur Audio*, Vol. 7, No. 1, pp. 41-66, 2009.
- ^ 田中 直樹『即売会と交換ネットワークの設計図(仮)』新興商事出版社, 2001.
- ^ “監視メモの文体分析”編集委員会『行政文書に見る非公式流通』自治体研究会, 2008.
- ^ 小林 琢磨『黒縁アスペクト比の秘密』文芸技術研究所, 2016.
- ^ ※微妙に整合しない文献:E. H. Caldwell, *Bootleg Chronologies of the Late 20th Century*, Oxford Gateway Press, 1995.
外部リンク
- 海賊版録画メモリアル
- VCD画質辞典(非公式)
- 字幕テンプレ工房アーカイブ
- 番号ラベル研究会
- 即売会交換航路図