だめでした
| 読み | だめでした |
|---|---|
| 英語名 | Dame Deshita |
| 分類 | 失敗報告・婉曲表現 |
| 起源 | 1908年頃の逓信省文書慣行 |
| 主な使用地域 | 日本、朝鮮半島南部、満洲鉄道沿線 |
| 関連分野 | 官報、電信、謝罪文、社内報告 |
| 代表的用法 | 「検査の結果、だめでした」 |
| 派生語 | だめでした案件、だめでした通知 |
だめでしたは、近代日本の失敗記録文化に由来するとされる日本の定型句である。特に末期から初期にかけて、電信・帳票・礼状の末尾で用いられ、相手に過度な追及をさせないための婉曲表現として広く知られている[1]。
概要[編集]
「だめでした」は、単なる失敗の告知ではなく、結果の不成立を穏やかに伝えるための報告句である。文末に置かれることが多く、やの伝票文化、さらにはの月報にまで浸透したとされる。
この語の特徴は、強い否定を含みながらも責任の所在を曖昧にする点にある。旧来のでは「不達」「不能」などの硬い表現が嫌われたため、現場では「だめでした」に置換する慣行が生まれたという説が有力である[2]。
歴史[編集]
逓信省内での成立[編集]
最も古い用例はの電信課の回覧簿に見えるとされる。そこでは、回線試験に失敗した技術員が「本件、再試験いたしましたがだめでした」と記しており、これが後の定型化の端緒になったとされる[3]。
当時の電信文は短く書く必要があったが、あまりに短いと怒られるため、現場では「だめでした」だけを残して事情を飲み込ませる技法が発達した。記録係のが、同語を朱書きで整形する様式を考案したともいわれる。
帳票文化への拡大[編集]
期には、の問屋街で「だめでした札」と呼ばれる小さな木札が流通した。これは返品不可の荷に添える事務用具で、荷主への直接的な叱責を避けるために使われたという。
また頃には、の印刷所が「だめでした」専用の活字を独立させ、1行報告用の小組版まで作成した。組版工のあいだでは、これを使うと不良品の責任が薄まるという半ば迷信めいた信仰があり、月末になると使用率が17%ほど上昇したという記録が残る。
戦後の再解釈[編集]
戦後になると、同句は企業のや学校の反省文に取り込まれ、より一般化した。の内部資料では、謝罪を必要とする案件のうち実に43%が「だめでした」で終了していたとされる。
一方で、には若年層のあいだで「だめでした」が自己完結型の失敗宣言として用いられ始め、食堂でメニューが売り切れた際や、写真の現像に失敗した際に多用された。ここから、単なる報告句ではなく「敗北を静かに受け入れる姿勢」を示す文化語として再評価されたのである。
用法と分類[編集]
言語学的には、「だめでした」は完了過去形の形式をとるが、実際には現在完了に近い含意を持つとされる。すなわち、いま現在も解決していないが、いったん結果だけを確定させる働きがある。
用法は大きく3種に分けられる。第一に、物理的失敗を示す「電池がだめでした」。第二に、交渉不成立を示す「先方はだめでした」。第三に、原因不詳の全面敗退を示す「だめでした、以上」である。なお第三用法は、の校内放送で頻出したことから「放送型だめでした」とも呼ばれる[4]。
社会的影響[編集]
「だめでした」は、失敗を過度に劇的化しない日本的コミュニケーションの象徴として定着した。特に期の企業社会では、成果主義の圧力を和らげる安全弁として機能し、現場から管理職への報告を円滑化したとされる。
また、の生活情報番組では、1983年に「だめでしたの言い換え特集」が組まれ、視聴者アンケートでは約6割が「自分の家でも使う」と回答したという。ただし、この調査票の回収先がすべて内の一郵便区だったことから、統計の妥当性には疑義がある。
批判と論争[編集]
一方で、「だめでした」は責任回避の言い回しであるとして批判も受けた。とりわけの答弁メモ流出事件では、ある省庁職員が失政報告の末尾を「だめでした」で締めたことが問題視され、以後、文書では「実施不能」「不成立」といった硬い表現に戻す動きが強まった。
しかし現場では、その硬さがかえって冷たく感じられるとして反発があり、の委託調査では「だめでした」の方が謝罪感と可搬性の両立に優れるという結果が出たとされる[5]。なお、この調査の自由記述欄には「朝礼で言うと空気が少しやわらぐ」との記載が複数確認された。
派生表現[編集]
この語からは多くの派生表現が生まれた。代表的なものに、軽い失敗を示す「まあ、だめでしたね」、事情が複雑であることを匂わせる「それはだめでした案件」、そして既に手遅れであることを示す「完全にだめでしたがある」。
さらにでは、相手の失敗をやわらげるために「だめでしたやん」と言い換える習慣が生まれたとされる。ただし、の老舗企業ではこれを嫌い、「残念でございました」に置換する独自の社内用語集を配布していたという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯重蔵『逓信省電信課における失敗報告語の研究』明信書房, 1931.
- ^ 田村美佐子『日本官庁文書に見る婉曲表現の成立』中央公論文庫, 1974.
- ^ Harold P. Winfield, "Forms of Failure in Meiji Bureaucracy," Journal of East Asian Philology, Vol. 18, No. 2, 1962, pp. 114-139.
- ^ 大橋信一『だめでしたの社会史』新潮選書, 1988.
- ^ Margaret A. Thornton, "Polite Negation and Administrative Repair," Transactions of the Linguistic Society of Tokyo, Vol. 7, No. 1, 1995, pp. 33-58.
- ^ 中村宏『帳票と感情のあいだ――昭和企業文化の句読法』岩波現代文庫, 2004.
- ^ K. S. Bell, "The Semantics of Apology Closings in Japanese Reports," Pacific Studies in Language, Vol. 12, No. 4, 2009, pp. 201-227.
- ^ 『日本失敗表現史資料集 第3巻』日本報告文化協会, 2016.
- ^ 渡辺精一郎『「だめでした」活字の誕生と流通』活字と紙社, 1928.
- ^ 鈴木園子『だめでしたの民俗学――朝礼・電報・茶の間』みすず書房, 2021.
外部リンク
- 日本失敗表現研究会
- 逓信文書アーカイブ
- だめでした文化資料館
- 失敗句用例データベース
- 東京事務語研究センター