『チハヤーノンに花束を』
| 作品名 | チハヤーノンに花束を |
|---|---|
| 原題 | Bouquets for Chihayanon |
| 画像 | Chihayanon_poster.jpg |
| 画像サイズ | 220px |
| 画像解説 | 公開時のポスター。白い花束の中に小さな灯台が描かれている。 |
| 監督 | 霧島芳信 |
| 脚本 | 遠野みさき |
| 原作 | 黒田イオ |
| 製作 | 久保寺礼二 |
| 音楽 | 神代ルカ |
| 主題歌 | 『花のない海へ』/ 綾瀬ユリ |
| 制作会社 | スタジオ・エイリス |
| 製作会社 | 花束映画製作委員会 |
| 配給 | 東和クリエイト |
| 公開 | 1997年11月8日 |
| 製作国 | 日本 |
| 言語 | 日本語 |
| 製作費 | 約1億9,600万円 |
| 興行収入 | 8億4,000万円 |
| 配給収入 | 4億9,300万円 |
| 上映時間 | 113分 |
| 前作 | 『ノクチルカの港』 |
| 次作 | 『チハヤーノンの最後の坂』 |
『チハヤーノンに花束を』(ちはやーのんにはなたばを)は、に公開されたのである。監督は、脚本は、原作・絵コンテは。公開当時は小規模上映であったが、のちにと呼ばれる再評価を受け、興行収入は最終的にを記録した[1]。
概要[編集]
『チハヤーノンに花束を』は、を舞台とした静謐な群像劇を特徴とするのである。題名にある「チハヤーノン」とは、作中で灯台守たちが用いる古い呼称で、海霧が濃い夜にだけ現れるとされる港の保護灯を指す。
公開当初は限定館のみの上映であったが、独特の台詞回しと、花束を「別れを告げるための道具」として描いた作風が一部批評家の間で注目され、頃から再上映運動が広がった。特にの企画上映で観客アンケート満足度がを記録したことが、再評価の転機とされている[2]。
なお、本作は公開時に配布された小冊子では「海と花と記憶の三部作の第一作」と説明されていたが、続編が実際に制作されたのはになってからであり、この間の空白をめぐっては製作委員会内部の人事異動が影響したとされる。
あらすじ[編集]
千早港では、毎年一度だけ、海霧の中に名前を失った船が戻ってくるという言い伝えがある。主人公のは、港の花屋で働く青年で、死んだ姉から届くはずのない花束の記憶に悩まされていた。
ある夜、ユリは灯台の修繕に来ていた測量士と出会う。レンは、港の地層が年に数センチずつ沈むことで、過去の記憶が海面近くに浮上してくるという独自の理論を唱えており、ユリに「チハヤーノンへ花束を置けば、失われた言葉が一度だけ戻る」と告げる。
二人は港の古い倉庫、廃止された、および潮位観測所を巡り、花束を届けるための一夜の旅に出る。終盤では、ユリが花を手放すことで姉の声を聞くが、その声は実際には灯台の回転機が発する低周波音であったことが示唆される。もっとも、この解釈を否定する台本草稿も残されており、物語の核心は未だに議論されている。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
本作の主人公。千早港の花屋に勤める青年で、花を束ねる際に茎の角度を必ずにそろえる癖がある。これは亡き姉の教えとされるが、制作初期稿では単なる職業病として書かれていた。
測量士であり、港の沈降記録を独自に収集している。脚本会議では「理屈っぽすぎる」と評されたが、最終版では彼の計測ノートが物語の進行を支える装置として機能した。
灯台の管理人。ユリに花束の由来を語る人物で、作中では一見脇役だが、実はの最後の目撃者であることが終盤で判明する。
その他の人物[編集]
港の食堂を営む女性。毎朝にスープを作ることで知られ、彼女の店の看板は宣伝用ポスターにも使用された。
港湾局の職員。台詞は少ないが、花束の搬入許可をめぐる書類をも差し戻す場面が有名である。
名前のない子どもとして企画されたが、試写会で「怖すぎる」と苦情が出たため、完成版ではほとんど姿を見せない構成に変更された。
声の出演[編集]
主要キャストは、いずれも当時若手として起用された声優である。ユリを、レンを、トモエをが演じた。緒方は収録当時であり、監督の霧島は「声に疲労の色が残っているほうがよい」と注文したという。
また、綾瀬ミドリ役には、藤堂ケイ役には、サク役には児童劇団出身のが起用された。特に木村は、完成版では3分しか登場しないにもかかわらず、アフレコ台本ではに及ぶ長い独白を与えられていた。
一部の海外版では、ユリの台詞が沈黙に置き換えられた版が流通しており、これが「無音吹替版」として映画研究会で珍重されている。
スタッフ[編集]
映像制作はが担当し、背景美術にの協力が入った。製作委員会はで、、、の三者が中心であった。
監督のは、もともとテレビCMの演出家として知られ、花屋の包装紙が風で鳴る音に強いこだわりを持っていた。脚本のは文芸誌出身で、台詞の半分以上を「言いかけてやめる」構文にしたことで、試写会では賛否が割れた。
撮影監督は、編集は、音楽は、主題歌はの『花のない海へ』である。なお、神代は本編のためにの波音を録音したが、そのうち4種類は最終的に使われなかった。
製作[編集]
企画[編集]
企画の起点は、霧島がの旧灯台を取材した際、見知らぬ花束が風で何度も海へ落ちる光景を見たことにあるとされる。後年のインタビューでは「花束は祈りではなく、記憶の梱包材である」と語っており、この発言が映画の基本構造を決定づけた[3]。
当初の仮題は『港の花は海に沈む』であったが、配給会社の会議で「沈む」という語感が重いとして却下された。そのため、脚本会議ではの題名が検討され、最終的に現在の題名に落ち着いた。
制作過程[編集]
制作期間はに及び、背景画のためにとで合計のスケッチが行われた。特に潮位表現には、実際の潮汐データをもとにした独自の揺らぎ補正が用いられたという。
作画枚数は約で、当時の中規模アニメとしては多い部類に入る。もっとも、監督が「花びらは必ず右から左へ流す」と指示したため、現場では風向きの整合性が保てず、途中でという臨時役職が置かれた。
美術・CG・彩色・撮影[編集]
美術はとを基調とし、海霧の層を三段階に描き分ける手法が採用された。CGパートは灯台の回転光と水面反射に限定されていたが、そのわずかなCGが逆に「手描きの中に異物がいる」として評価された。
彩色工程では、花束の白を表現するために通常の4倍近いハイライト処理が行われ、スタッフの間では「白すぎる花」と呼ばれていた。また、撮影後の色調補正をめぐっては、初期DVD版で灯台の赤が橙に寄るいわゆるが発生し、後年の再版で修正された。
興行[編集]
公開時の宣伝は、車内の中吊り広告と、の観光案内所に設置された等身大パネルを中心に行われた。キャッチコピーは「花束は、海へ返すためにある」である。
に全国で封切られたが、初週成績は振るわず、配給収入もに届かなかったとされる。しかし、の深夜帯テレビ放送と化を契機にファン層が拡大し、では座席稼働率を記録した。
海外ではとで限定公開され、特にでは「港の実存主義」と評された。英語圏では『Bouquets for Chihayanon』の題でソフト化され、字幕翻訳者が「チハヤーノン」を固有地名ではなく人名と誤読した版が一部に流通した。
反響[編集]
批評[編集]
公開当初の批評は割れたが、のちにの特集「失われた港をめぐる7作品」で再評価された。特に、花束を落とす場面のカット割りが「日本アニメにおける無言の告白」として注目された。
一方で、「灯台の回転機の説明が過剰である」「港湾行政の描写が妙に詳しい」などの指摘もあった。ただし、制作側はこれを「現実の圧力を物語化した結果」と説明している。
受賞・ノミネート[編集]
本作はで作品賞、音響賞、美術賞の3部門を受賞した。さらにの国際特別賞にノミネートされ、審査員コメントでは「花束を持つ人物が、画面外にいる時間のほうが長い」と記されている。
また、ファン投票企画では「最も泣けないのに泣ける映画」部門でを獲得した。これは記録としては珍しく、後年の宣伝コピーにも転用された。
売上記録[編集]
の再上映で累計興行収入がを突破し、のデジタル修復版公開で最終的にに達した。配給側は当初「静かな作品」と見ていたが、限定版パンフレットの再版だけでを売り上げ、予想を上回った。
なお、関連グッズの花束用リボンは、映画本編よりも先に品切れになった時期があり、これは宣伝部の想定を超えた現象として記録されている。
テレビ放送[編集]
本作の初回テレビ放送はの系統で行われ、深夜枠ながら平均視聴率、最高を記録した。放送後にはエンドロールの花びら数が劇場版と異なることが指摘され、視聴者からは「テレビ版のほうが少しだけ寂しい」との感想が寄せられた。
その後、、、に再放送され、2020年版では字幕の一部が現代的な表現に改稿された。なお、放送局内の編成資料では、本作は「視聴率より問い合わせ件数が多かった映画」と分類されている。
関連商品[編集]
作品本編に関するもの[編集]
映像ソフトはVHS、DVD、Blu-rayの3形態で発売された。初回限定版には、劇中で使われた花束を模した紙製しおりと、千早港の潮位表を再現した小冊子が付属した。
また、サウンドトラック『チハヤーノンに花束を 音の標本』は、自身による再編集盤として好評を博した。特に「第七码頭の静寂」という曲は、単独でラジオ番組のジングルに使用された。
派生作品[編集]
コミカライズ版はによって描かれ、映画版よりもレンの説明台詞が多い構成で知られる。さらに、朗読劇『チハヤーノン、夜に咲く』がに上演され、花束の代わりに封筒を持たせる演出が話題になった。
ファンメイドの同人ゲーム『Chihayanon Drift』は、港を自転車で巡る探索型作品として頒布され、映画の二次創作としては異例のを売り上げたとされる。
脚注[編集]
1. 配給記録によると、最終興行収入は1990年代の中規模アニメ映画としては上位に入る。 2. 東京国際アニメフェア1999年企画上映のアンケート集計結果。 3. 霧島芳信『花束と海霧のあいだ』、スタジオ・エイリス社内刊、1998年。 4. ただし、港湾文化振興財団の公開資料では企画会議の議事録が一部欠落しており、初期題名の確定時期には異説がある。
参考文献[編集]
・霧島芳信『花束と海霧のあいだ』スタジオ・エイリス社内刊, 1998年. ・遠野みさき「港の記憶装置としての花束」『季刊映像文化』Vol. 14, No. 2, 1999, pp. 33-51. ・神代ルカ『低周波と感情曲線』港湾音響研究会, 2001年. ・H. Carter, "Bouquets, Fog, and Municipal Memory," Journal of Coastal Animation Studies, Vol. 8, No. 1, 2002, pp. 12-29. ・黒田イオ『千早港設定資料集』エコー出版, 1997年. ・三輪仁美「DVD色調問題と再評価」『映像修復年報』第6巻第1号, 2007年, pp. 88-104. ・R. Delcourt, "The Chihayanon Phenomenon," Paris Review of East Asian Media, Vol. 3, No. 4, 2005, pp. 5-19. ・木下悠介『アニメーションにおける沈黙の演出』東和クリエイト, 2012年. ・北条実「花束現象の社会史」『港と記憶』第2号, 2014年, pp. 1-22. ・M. Sutherland, "An Unusually Quiet Masterpiece," Screen and Tide Quarterly, Vol. 11, No. 3, 2018, pp. 201-214.
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
スタジオ・エイリス作品案内 花束映画製作委員会アーカイブ 千早港映像資料室 日本アニメ研究会データベース 映画修復ラボ・ケースノート
脚注
- ^ 霧島芳信『花束と海霧のあいだ』スタジオ・エイリス社内刊, 1998年.
- ^ 遠野みさき「港の記憶装置としての花束」『季刊映像文化』Vol. 14, No. 2, 1999, pp. 33-51.
- ^ 神代ルカ『低周波と感情曲線』港湾音響研究会, 2001年.
- ^ H. Carter, "Bouquets, Fog, and Municipal Memory," Journal of Coastal Animation Studies, Vol. 8, No. 1, 2002, pp. 12-29.
- ^ 黒田イオ『千早港設定資料集』エコー出版, 1997年.
- ^ 三輪仁美「DVD色調問題と再評価」『映像修復年報』第6巻第1号, 2007年, pp. 88-104.
- ^ R. Delcourt, "The Chihayanon Phenomenon," Paris Review of East Asian Media, Vol. 3, No. 4, 2005, pp. 5-19.
- ^ 木下悠介『アニメーションにおける沈黙の演出』東和クリエイト, 2012年.
- ^ 北条実「花束現象の社会史」『港と記憶』第2号, 2014年, pp. 1-22.
- ^ M. Sutherland, "An Unusually Quiet Masterpiece," Screen and Tide Quarterly, Vol. 11, No. 3, 2018, pp. 201-214.
外部リンク
- スタジオ・エイリス作品案内
- 花束映画製作委員会アーカイブ
- 千早港映像資料室
- 日本アニメ研究会データベース
- 映画修復ラボ・ケースノート