今からモアイ像を買う12の理由主義
| 提唱者 | 斎藤倫平 |
|---|---|
| 成立時期 | 1987年頃 |
| 発祥地 | 東京都杉並区・阿佐谷北 |
| 主な論者 | 斎藤倫平、マーガレット・J・フォークナー、潮田三冬 |
| 代表的著作 | 『12の理由と1つの台車』 |
| 対立概念 | 保留主義、遠景保存論 |
今からモアイ像を買う12の理由主義(いまからモアイぞうをかうじゅうにのりゆうしゅぎ、英: Twelve Reasons to Buy a Moai Nowism)とは、モアイ像の所有を単なる収集ではなく、時間・共同性・重力感覚を再配分する思想的立場である[1]。購入の即時性を倫理化し、ためらいの先延ばしを批判的に退けることで知られている[2]。
概要[編集]
今からモアイ像を買う12の理由主義は、モアイ像の購入を、装飾品の選択ではなく、共同体の自己理解を更新する行為として捉える思想である。支持者は、購入の決断には「遅延による損失」が含まれるとし、像を所有することによってのみ生じる沈黙、圧迫感、視線の定着を重視する[1]。
この立場は、1980年代後半の東京都において、住宅事情の悪化と美術倉庫の再編が重なった時期に現れたとされる。のちに中央線沿線の小規模出版社や、貨物輸送に関わる研究会の間で拡散し、特に「買うべきか否か」を問う設問そのものを哲学化した点で異彩を放った[2]。
語源[編集]
「今から」は、単なる時間副詞ではなく、決定を先送りする態度を断つための実践的命令として用いられる。斎藤倫平によれば、ここでの「今」は瞬間の切断面ではなく、倉庫搬入の予約が成立する最短の社会的時間を意味するという[3]。
「12の理由」は、初期講義ノートにおいて用いられた掲示用の番号体系に由来する。もともとはの喫茶店「ルーフ・カフェ」で配布された手書きビラに、購入を正当化する12項目が列挙されており、後年それが教義の骨格になったとされる。なお、12という数はや月数よりも「台車の車輪点検周期」に近い実務的起源をもつとの指摘もある[要出典]。
「モアイ像」は、の石像一般を指す語として借用されているが、本思想では実物の模刻、土産用縮小版、さらには駅前広場のレプリカまで含む広義の象徴として扱われる。英語表記の末尾に付く「Nowism」は、当時アート批評誌が好んだ即時性の接尾辞を模したもので、のちに思想名として固定された。
歴史的背景[編集]
前史として重要なのは、末から1980年代にかけて日本の都市部で進んだ「大型オブジェの私有化」現象である。美術館、企業ロビー、集合住宅の中庭などに大型の石像や複製彫刻が置かれ、それらの維持費と所有権をめぐる議論が断続的に行われた。今からモアイ像を買う12の理由主義は、そのような状況に対し、所有の不安を肯定へ転換する理論として提出された[4]。
また、ので展示された繊維強化樹脂製の模造モアイ像が、貨物規格の限界を示す象徴として注目されたことも大きい。これを見た斎藤は「買えるものは、思想として完成している」と記したとされ、以後、購入可能性そのものが存在論の中心に置かれるようになった[5]。
主要な思想家[編集]
斎藤倫平[編集]
(さいとう りんぺい、1949年-)は、同主義の提唱者である。彼はの倉庫管理会社に勤務するかたわら、週末ごとに中古彫刻の流通経路を調査し、『12の理由と1つの台車』を著した。斎藤によれば、モアイ像の価値は石材そのものではなく「搬入後に家族が口をきかなくなる時間」にあるという。
マーガレット・J・フォークナー[編集]
(Margaret J. Faulkner, 1958年-)は、ロンドンの比較美学研究者であり、斎藤思想を英語圏に紹介した人物である。彼女は「購入とは未来の玄関を先に開ける行為である」と定義し、モアイ像を家屋の倫理装置として読む解釈を提示した。彼女の論文はの学会で一部笑いを誘ったが、その後の少部数叢書に収録された。
潮田三冬[編集]
(うしおだ みふゆ、1963年-)は、名古屋の民俗哲学者で、地方商店街における複製像流通を調査した。潮田は、モアイ像を「停滞の像」ではなく「待機の像」として再解釈し、商店街のシャッター通りに設置された場合の心理的効能を強調した。彼女の議論は、後に地域再生計画の一部担当者に引用されたが、実装は進まなかった。
基本的教説[編集]
同主義の中心教説は、第一に「購入の遅れは解釈の遅れである」という命題にある。モアイ像を買うか否かを長く迷うことは、像の背後にある共同体の意思決定を霧散させるとされる[6]。
第二に、所有は消費ではなく「視線の配備」であるとされる。斎藤は、モアイ像は置かれた瞬間から、居住者の生活動線と来客の立ち止まり方を再編成すると主張した。これにより、玄関前、庭先、ベランダのいずれに置くかが倫理学上の問題となった。
第三に、同主義は「12の理由」を階層化して扱う。すなわち、装飾、重心、来客抑止、話題提供、雨水の流路変更、風の反響、近隣との交渉、子どもの命名、運送の達成感、保管責任、祝祭化、そして最後に「理由の不足を理由にしないこと」である。斎藤はこれを「理由の自己崩壊」と呼び、購入の最終根拠とした。
批判と反論[編集]
批判者は、同主義が実際にはモアイ像の所有欲を思想語で包んだだけではないかと指摘する。特にの側からは、「購入を急がせる思想は、慎重な比較検討を軽視する」との反論が出されている[7]。
また、の観点からは、原像の神聖性と複製の大量流通を混同しているとの批判がある。一方で支持者は、同主義は原像の代替ではなく、生活空間における「重さの教育」を目的とするため、文化財の保全とは争わないと応答している。
ただし、1994年の埼玉県内の展示即売会で、教団的熱狂により「今から買う」と書かれた札が百三十七枚も配布された事件は、批判派に格好の材料を与えた。なお、この件について斎藤は「札は先に配るべきで、像はあとでよい」と述べたとされる。
他の学問への影響[編集]
では、モアイ像の配置が歩行者の滞留時間に与える影響を測る簡易指標として引用され、神奈川県の一部再開発資料に「視線停止点」という語が見られるようになった。これは同主義由来の用法であると考えられている[8]。
においては、像の重量と搬送経路の最適化が研究対象となり、特に5.8トン級レプリカを階段で搬入した事例が、教育用の「困難達成モデル」として扱われた。さらにでは、遠景で鑑賞される彫刻よりも、近接して埃を払う経験のほうが審美的だとする潮流に影響を与えた。
社会心理学では、巨大な無表情像が家庭会議の議題を整理する効果があるとして、小規模実験が行われた。被験者18組のうち14組で「買う/買わない」の結論が48時間以内に出たが、4組は像を買うこと自体が目的化したため、むしろ議論が長期化した。
脚注[編集]
[1] 斎藤倫平『12の理由と1つの台車』阿佐谷思想社、1989年、pp. 14-27。 [2] Margaret J. Faulkner, "Now, Stone, and Household Ethics," Journal of Comparative Aesthetics, Vol. 12, No. 3, 1992, pp. 201-219. [3] 潮田三冬『待機の像学』名古屋民俗文化出版、1996年、pp. 88-91。 [4] 小林修一『大型オブジェ私有化の社会史』東京港湾学会叢書、2001年、pp. 33-46。 [5] "Fiberglass Moai and the Limits of Freight," Proceeding of the Harumi Expo Studies, Vol. 4, 1987, pp. 7-19. [6] 斎藤倫平「購入の即時性について」『杉並現代哲学通信』第2巻第1号、1990年、pp. 1-8。 [7] 田島和夫『保留主義の倫理』河出の森書房、1998年、pp. 122-135。 [8] 神奈川県都市整備局『視線停止点に関する試行報告書』1999年、pp. 5-12。
脚注
- ^ 斎藤倫平『12の理由と1つの台車』阿佐谷思想社, 1989年.
- ^ Margaret J. Faulkner, "Now, Stone, and Household Ethics," Journal of Comparative Aesthetics, Vol. 12, No. 3, 1992, pp. 201-219.
- ^ 潮田三冬『待機の像学』名古屋民俗文化出版, 1996年.
- ^ 小林修一『大型オブジェ私有化の社会史』東京港湾学会叢書, 2001年.
- ^ 田島和夫『保留主義の倫理』河出の森書房, 1998年.
- ^ "Fiberglass Moai and the Limits of Freight," Proceeding of the Harumi Expo Studies, Vol. 4, 1987, pp. 7-19.
- ^ 斎藤倫平「購入の即時性について」『杉並現代哲学通信』第2巻第1号, 1990年, pp. 1-8.
- ^ 渡辺真由美『玄関に立つ石の社会学』新潮社, 2004年.
- ^ H. P. Langford, "The Ethics of Immediate Purchase," British Review of Speculative Thought, Vol. 18, No. 2, 1997, pp. 44-63.
- ^ 神奈川県都市整備局『視線停止点に関する試行報告書』1999年.
- ^ 三浦健一『台車と象徴の現代史』港北出版, 2006年.
- ^ R. Sakamoto, "On the Twelve Reasons as Decision Theory," Pacific Studies in Philosophy, Vol. 9, No. 1, 2003, pp. 11-29.
外部リンク
- 阿佐谷思想資料館
- 国際モアイ購入学会
- 杉並比較哲学アーカイブ
- 晴海見本市研究センター
- 視線停止点データベース