あべのタワー
| 名称 | あべのタワー |
|---|---|
| 種類 | 広告外装式超高層ビル(タワー機能併設) |
| 所在地 | |
| 設立 | 27年(2015年)開業 |
| 高さ | 321.7 m |
| 構造 | 制振ハイブリッド・フレーム+外装文字架構 |
| 設計者 | 星都建築設計局 第三設計部(総括:板谷 朱音) |
あべのタワー(あべのたわー、英: Abeno Tower)は、にある広告外装式の超高層ビル[1]。タワーでありながらビルとして運用され、外壁には巨大文字の広告が常設される点が特徴とされる[2]。
概要[編集]
は、現在ではに所在する広告外装式の超高層ビルである。建築上はタワー的な縦長の輪郭をもつ一方、実務運用ではオフィス・店舗フロアとして設計されたとされる。
外壁には、夜間にのみ浮かび上がる巨大文字広告が常設されており、これが「タワーなのにビル」という見た目のギャップを生んだと説明される。なお、巨大文字の点灯制御は気象条件に連動するため、晴天の日ほど文字が淡くなる仕様が“粋”として語られた時期もある[3]。
本施設は、観光誘客と都市景観の両立を名目に計画されたが、結果として広告面積の多さが議論の火種になり、後述の沿革で制度化された「外装文字税」が社会に波紋を広げたとされる[4]。
名称[編集]
名称は、開業当初から「タワー」という語を敢えて用いたとされる。建築審査では本来「高層ビル」と分類されるべきだったが、星都建築設計局は“上昇する広告塔”という比喩を技術文書に落とし込むことで認可を得たとする説がある。
一方で、地元商工会が主導した呼称運動が背景にあったと指摘されている。商工会は、市民投票で選ばれた候補のうち最も票が集まった「阿倍野の上へ(ABE NO TOWER)」の語感を、のちに公式英名へ変換したとされる[5]。
また、外壁広告のスポンサー名が季節ごとに変わるため、来訪者の記憶に残る“建物固有の呼び名”として「広告塔」ではなく「タワー」を残した点が、名称戦略として評価されたことがある。
沿革/歴史[編集]
構想段階:文字広告の制度化[編集]
構想は20年(2008年)頃、夜間景観を活かす照明都市計画の一環として持ち上がったとされる。星都阿倍野市では、当時“ネオンの乱れ”を理由に広告の高さ規制が導入されたが、代替策として「文字そのものを建物構造の一部として扱う」発想が検討された。
その結果、建物の外装を“掲示体”ではなく“面状の公共照明”として扱う運用が採用されたと説明されている。ここで制定されたのが外装文字税であり、は、税の実証モデルとして第一号に選定されたとする資料がある[6]。
建設:321.7 mの“中途半端さ”[編集]
建設は24年(2012年)に着工され、竣工は27年(2015年)とされる。高さが321.7 mに設定された理由については、風洞実験の目標周波数が「0.3217 Hz」であったためだと述べられる説が有力である[7]。
ただし、別の技術者のメモでは“縁起を担ぐ”ため末尾の7を残したとされ、学術的合理性と縁起がねじれたまま記録が残ったとされる。こうした内部資料の揺らぎが、後に市民の間で「数値が嘘をついている」と揶揄され、施設の都市伝説的な人気につながった。
また、外壁の巨大文字は、総面積が約58,400 m²、点灯ピクセル数が約12億点と算出されたとされる。実際の運用では、電力負荷を抑えるために“文字の輪郭だけを先に点く”段階点灯が用いられた。
開業後:広告面積と景観の攻防[編集]
開業後、外壁の文字広告がスポンサー交代で頻繁に変わったため、来訪者が「今日は何文字か」を当てるようになった。星都阿倍野市はこれを“参加型観光”として取り込もうとしたが、景観保全団体からは広告優先の姿勢が問題視された。
この論争の中で、文字の輝度上限が段階的に引き下げられ、夜間の点灯開始時刻も21:00から20:45へ前倒しされた。前倒しは“眠りを守る”という理由だったが、実際には広告が早く切り替わることで回遊導線を補強する意図があったと、のちに内部検討会の議事録が引用された[8]。
施設[編集]
は、塔体の下層に店舗とアトリウムを配置し、中層から上層にオフィスを収める複合型とされる。タワーに見える外観は、外装文字架構のリズムに合わせて梁間隔を狭めた結果であると説明されている。
外壁の巨大文字広告は、一定周期で“文字の厚み”が変化する。厚みが増えると読めやすくなるが、同時に視認距離が伸びるため、混雑時には逆に薄くする運用が検討されたとされる。なお、読める距離は公式には「半径1.3〜2.1 km」とされるが、夜の市街地条件によっては半径2.8 kmと報告されたこともある[9]。
館内には「外装文字文化ラボ」が設けられ、照明エンジニアや書体設計者が共同研究を行うとされる。展示では、過去のスポンサー書体の“崩れ方”を物理模型で示す手法が人気になり、観光客が自分の文字を擬似的に点灯させる体験機器が評判となった。
交通アクセス[編集]
へは、星都阿倍野市の中心部から路面電車で約9分とされる。最寄り停留所はであり、停留所から施設までは徒歩で約320 m、所要時間は約4分と案内される。
また、夜間の混雑緩和のため、点灯時間に合わせてシャトルバスが増便される。増便数はイベント時に限り「1台あたり最大14往復」を目標として調整されたとされるが、悪天候の日には往復回数が逆に減るという運用もあったと記録されている[10]。
周辺道路では、高さ方向の広告視認を妨げないように中低層ビルの屋上広告が“文字の枠”だけを残すルールで統一された。これが回遊の導線と景観維持を同時に狙う制度として紹介され、旅行記でもたびたび触れられた。
文化財[編集]
は、建物単体として文化財に指定されたわけではないが、外壁文字広告の設計思想が地域の景観文化として位置づけられた。特に、点灯制御と字体設計の相互作用を示した「文字照明設計書式」が、内部資料として閲覧制度の対象になったとされる。
星都阿倍野市の文化局は、巨大文字を“可変する公共彫刻”とみなし、一定期間ごとの展示運用を行っていると説明している。なお、実地調査では、文字照明のうち特定の書体について、旧書体の復元モデルが保存されていると報告された[11]。
一方で、広告がスポンサーによって頻繁に変わる点から、保存性に欠けるという指摘もあり、文化財指定相当の議論は調整段階で止まったとする見方もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 板谷 朱音「広告外装式超高層ビルの認可運用に関する覚書」『星都建築年報』第63巻第2号, pp. 41-58, 2016.
- ^ 澤村 玲奈「外装文字税と夜間景観の制度設計」『都市政策研究』Vol. 28, No. 4, pp. 77-95, 2017.
- ^ Kobayashi, M. & N. Ortega. “Optical Compliance in Facade Typography Systems: Abeno Case Study.” 『Journal of Urban Illumination』Vol. 12, No. 1, pp. 3-19, 2018.
- ^ 星都阿倍野市文化局「可変公共彫刻としての外壁文字運用」『星都市勢報告』第19号, pp. 120-143, 2019.
- ^ 田中 康介「点灯制御の段階点灯がもたらす視認性変化」『照明学会誌』第94巻第7号, pp. 512-521, 2015.
- ^ 星都建築設計局「風洞実験に基づくハイブリッド制振フレームの設計指針」『建築構造技術』Vol. 41, No. 3, pp. 201-236, 2014.
- ^ Ortega, N. “Public Signage as Structural Surface: Reframing the Tower/Building Distinction.” 『International Review of Facade Engineering』Vol. 5, Issue 2, pp. 88-101, 2020.
- ^ 星都商工会「呼称運動と市民投票の記録:阿倍野の上へ」『星都商工会資料集』第7集, pp. 9-33, 2013.
- ^ 日本広告外装学会「外壁文字広告の輝度上限と運用調整」『広告デザイン工学』第2巻第1号, pp. 11-29, 2018.
- ^ 若林 誠「“0.3217 Hz”という数字はなぜ残ったのか」『建築現場の裏技』第1巻第6号, pp. 1-6, 2022.
外部リンク
- 星都建築年報アーカイブ
- 外装文字税 実証データサイト
- Abeno Tower 文字照明ライブタイムライン
- 星都阿倍野市 交通増便ポータル
- 広告外装建築 研究者ネットワーク