うんちぶりぶり
| 分類 | 民間リズム語、遊戯用句、都市俗語 |
|---|---|
| 成立 | 1921年頃とする説が有力 |
| 発祥地 | 東京市本郷区周辺 |
| 語構成 | 擬音語+反復強調語 |
| 用途 | 遊戯、合言葉、祝祭の掛け声 |
| 関連制度 | 東京衛生啓発協会の児童唱和帳 |
| 消滅期 | 昭和40年代後半に一度衰退 |
| 再流行 | 平成末期のネット掲示板文化 |
| 代表的資料 | 『都市口承語彙集 第3版』 |
うんちぶりぶりは、の期に成立したとされる、排泄音を定型化した民間リズム語である。もとは下の衛生啓発運動から派生した符牒であったが、のちに児童遊戯、舞台芸、都市伝説の三領域へ拡散したとされる[1]。
概要[編集]
うんちぶりぶりは、口承で伝わるの擬声的表現の一種であり、単なる幼児語ではなく、一定の拍数で唱えることで場の緊張をほぐす機能を持つとされる。とくに後ので、衛生・防疫・児童教化を目的とする運動のなかで整備されたという説がある[2]。
その成立には嘱託の衛生指導員、旧制中学の唱歌教師、ならびに下町の紙芝居師が関与したとされる。また、語尾の「ぶりぶり」は排泄の直接表現ではなく、古い荷運びの掛け声に由来するという異説もあり、学界では今なお一致を見ていない。
起源[編集]
もっとも古い記録としてしばしば挙げられるのは、にの私設保健講習所で作成されたとされる『便所礼法補助唱和表』である。同表では、児童が厠の使用前後に一定の語句を口にすることで、羞恥心を和らげ、同時に手洗いを習慣づける効果があったと記される[3]。
一方で、の演芸関係者の間では、うんちぶりぶりは元来の拍子を取るための囃し詞であったとも語られている。1924年頃、寄席の前座であるがこれを誇張して唱えたところ、客席の児童が一斉に復唱し、近隣の薬局が紙片を配布する騒ぎになったという逸話が残る。
なお、に現存するとされる閲覧制限資料には、当初この語は「うんち、ぶりぶり」と読点を挟んだ二拍構造であったが、初期には連続発声化が進み、現在の形に定着したとある。ただし当該資料は複写がやや不鮮明で、要出典とする研究者もいる。
名称と語義[編集]
「うんち」は一般には排泄物を指す幼児語と解されるが、うんちぶりぶりの研究では、むしろ「うん」と「ち」を分節化した息継ぎ記号とみなす立場がある。のは、これは不快語ではなく、むしろ発声訓練のための呼気制御語であると論じた[4]。
「ぶりぶり」については、布が水をはじく音を模したもの、あるいは江戸期の風流本に見える「ぶりぶり踊り」から転じたものなど、複数の説が存在する。の古書店街では、これを「ぶりぶり大尽」と同系統の滑稽表現として扱う書き込みが確認されているが、語源的連続性は明確でない。
民俗語彙としては珍しく、語そのものの意味よりも反復時の速度が重視される。5拍、7拍、9拍の3類型があり、の模擬授業では、拍数を変えるだけで児童の笑いの発生率が約18%から67%に上昇したとされる[5]。
流行と普及[編集]
大正末期から初期にかけて、うんちぶりぶりは都市の子ども文化の中核語となった。とくに・・の三地域では、路地の遊びでこの語を3回唱えると「鬼役が5歩下がる」というローカル・ルールが生まれ、学校当局がしばしば注意を行ったという[6]。
普及に決定的な役割を果たしたのは、夕刊に載ったとされる小欄「児童のことば」である。ここで「不潔な語ではなく、拍子語として見れば教育的である」と紹介されたことで、保護者の警戒が一時的に緩み、結果として家庭内での使用率が上がった。
また、にはの玩具会社・日進玩具工業が「ぶりぶり笛」を発売し、笛を吹くと語が二重に再生されるという仕掛けを施した。初回出荷は1万2,400個であったが、半数以上が学校への持ち込みで没収され、むしろ話題性を高めたとされる。
社会的影響[編集]
うんちぶりぶりは、単なる滑稽語を超えて、戦前日本の公衆衛生意識の普及に寄与したとされる。の衛生統計では、1937年の児童手洗い実施率が、標語導入地区で前年度比14.8ポイント増加したという記録が残る[7]。
一方で、語の反復が過剰に広がったため、の一部小学校では「唱和禁止令」が出され、代替として「しっかり洗おう」に置き換えられた。だが児童たちはこれを「しっかりうんちぶりぶり洗おう」と短縮し、かえって流行が拡大したとの指摘がある。
戦後は一時的に下火となるが、頃から深夜ラジオの投稿ハガキ文化に再登場し、さらに以降は掲示板と動画コメント欄で再定着した。特定の文脈で用いられると、意味内容よりも「言ってはいけないものを言った」感覚そのものが笑いを生む構造である。
批判と論争[編集]
うんちぶりぶりをめぐっては、教育現場における「笑いの統制」が論点となった。とりわけのでは、語の使用が授業秩序を損なうか、それとも発声訓練の一環として容認すべきかが激論となり、結論は「地域の判断に委ねる」と曖昧に終わった[8]。
また、民俗学者の一部からは、戦前資料の多くが後年の創作ではないかとの批判もある。『児童唱和帳』に記された署名「M. Hoshino」は実在確認が取れず、さらに掲載例の中に「うんちぶりぶりを唱えると雨が止む」といった明らかに誇張された伝承が混じるため、編集者間で要出典テンプレートが何度も貼られた。
ただし、こうした疑義そのものがうんちぶりぶりの歴史の一部と見る説もある。つまり、本語は常に「本当らしさ」と「くだらなさ」の境界で生き延びてきたのであり、その曖昧さこそが都市語としての生命線であったというのである。
復興運動[編集]
平成後期には、の非公式サークル「口承遊戯復元班」が、うんちぶりぶりの拍節と発声法を再現する試みを行った。彼らはから3年間にわたり、都内17校・延べ1,284人の被験者を対象に観察を行い、最も笑いが起きやすいのは発声前に0.7秒の沈黙を置く方式であると報告した[9]。
この報告を受け、のライブハウスでは「無音からのうんちぶりぶり」を導入する即興芸が流行した。観客が拍手の代わりに手を膝に置く所作まで生まれ、結果として一部の演者は「笑いのミニマリズム」と称したが、批評家からは「ただの変な間である」と一蹴された。
現在では、幼児語、ネットミーム、地域芸の三つが重なった特殊な文化語として扱われ、の一部図書館では児童文化資料の補助索引に収録されている。なお、索引の担当者が項目名を二度見したという逸話は、関係者の間で半ば公然の伝説となっている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三浦初枝『日本民間リズム語の研究』岩波書店, 1968年.
- ^ 佐伯隆一『東京下町の口承文化』中央公論社, 1974年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Rhythmic Exclamations in Prewar Urban Japan," Journal of Folkloric Linguistics, Vol. 12, No. 3, pp. 144-179, 1987.
- ^ 久保田義一『便所礼法と近代衛生』東京大学出版会, 1991年.
- ^ Hiroshi Kanda, "Children's Choruses and Civic Hygiene in Taisho Tokyo," The Asian Cultural Review, Vol. 8, No. 1, pp. 33-58, 1999.
- ^ 『都市口承語彙集 第3版』日本口承学会編, 民俗資料社, 2002年.
- ^ 田嶋晶子『笑いの拍節学』春秋社, 2008年.
- ^ Kenji Watanabe, "The Buriburi Hypothesis: A Quantitative Study of Laughter in Schoolyards," Bulletin of Applied Folklore, Vol. 5, No. 2, pp. 201-226, 2015.
- ^ 『児童唱和帳とその周辺』国立言語文化センター資料室, 2018年.
- ^ 小野寺澪『うんちぶりぶりの社会史』筑摩書房, 2021年.
外部リンク
- 日本口承文化アーカイブ
- 東京市下町資料デジタル館
- 民間リズム語研究会
- 児童遊戯史フォーラム
- 笑いと発声の博物誌