お相撲好きのワラジムシ
| 分類 | 節足動物門 甲殻亜門 ワラジムシ目 |
|---|---|
| 通称 | 土俵虫、回転力士虫 |
| 学名 | Porcellio sumoensis |
| 初記載 | 1897年 |
| 命名者 | 渡辺精一郎 |
| 生息地 | 関東平野の湿潤な納屋、相撲部屋周辺の床下 |
| 体長 | 9〜18mm |
| 特徴 | 前肢を掲げる威嚇姿勢と、円を描く回転行動 |
| 文化的起源 | 相撲見物の熱狂が土壌微生物圏に転写されたという説 |
お相撲好きのワラジムシ(おすもうずきのワラジむし)は、ワラジムシ目に属するとされる、土中で円形に回転しながら力比べを行う小型生物である。特に後期の見世物興行との土俵文化の影響を受けて成立したと伝えられている[1]。
概要[編集]
お相撲好きのワラジムシは、一般にはワラジムシに似た外見を持ちながら、前脚を高く上げる「四股型防御姿勢」と、他個体に対して円形に押し合う「土俵回転行動」で知られる生物である。近代日本の民俗学では、これを単なる昆虫趣味の一種ではなく、周辺の土壌環境と観客心理が長期的に作用して生じた地方変異とみなす説が広まった[2]。
本種はの旧材木置き場や、の相撲興行跡地から相次いで報告され、1920年代には「土俵の床下にだけ現れる虫」として新聞紙面を賑わせた。ただし、当時の標本の多くは乾燥したとともに保存されており、後年になって「観察者が興奮しすぎた結果、動きが誇張された」との指摘もある[3]。
お相撲好きという名は、餌場での小競り合いの際に個体同士が互いに横向きに並び、まるで取組を待つ力士のように静止する習性に由来するとされる。また、雨後に集団で移動する際、先頭個体が不自然に低い姿勢で進むことから、古い博物誌では「行司の声を待つ虫」とも記述された[4]。
起源[編集]
江戸末期の見世物と床下伝承[編集]
起源は末期、の寄席で行われた「虫の相撲合わせ」にあるとする説が有力である。これは床下から採集したワラジムシを升の中で向かい合わせ、どちらが先に相手の影に入るかを競わせる遊戯で、当時の記録には「勝敗は尻の丸さに依る」とある[5]。
この遊戯が流行すると、興行小屋の床下に残された糠や酒粕に特定の個体群が定着し、四股に似た踏み込みを行う変異型が固定されたとされる。なお、年間の古文書には、虫に塩を振ると土俵入りのように整列するとの記述があるが、現代の研究者の間では誇張の可能性が高いとされている。
渡辺精一郎による初記載[編集]
1897年、博物学者は『帝都甲殻誌』第3巻第2号において、本種をの相撲茶屋裏で採集した標本をもとに初記載した。渡辺は通常のワラジムシと異なり、個体ごとに「突っ張りの持続時間」が大きく異なる点に着目し、これを「近代的競技性の発露」と呼んだ[6]。
渡辺の報告には、標本瓶の中で二匹が向かい合ったまま7時間以上動かなかったという記録が含まれており、後年の編集者からは「標本の密閉不足により半ば昏睡状態であった可能性」が指摘された。それでも、この記載は生物学と相撲文化を横断する先駆的研究として評価され、の講義資料にも短く引用された。
生態[編集]
取組行動[編集]
本種の最も著名な行動は、湿った地面に小さな円を描いて互いに押し合う「回転取組」である。観察例では、直径12cmほどの範囲に最大14個体が集まり、約3分40秒ごとに進行方向を変えながら、勝敗のつかないまま解散することが多い[7]。
また、餌を巡る争いでは、前脚で相手を押し返すだけでなく、腹部をわずかに左右に振る「嫌いのこし」を示す個体が確認されている。これが土俵上の仕切り動作に似ることから、民間では「虫の立合い」と呼ばれた。
土俵化した環境への適応[編集]
相撲部屋の床下では、稽古場から落ちる砂塵と汗由来の塩分により、微細な硬盤が形成される。本種はこれを利用して外骨格の摩擦係数を調整し、滑りやすい木床でも安定して歩行できるとされる。特にの旧部屋跡では、雨季にだけ背甲がやや明るくなる個体が観察され、「化粧まわし色素の吸着」と説明された[8]。
ただし、2004年の年報では、土俵化環境における本種の増殖は「汗と麦茶の染みた木材に集まる一般性の雑食性」にすぎないと反論されている。もっとも、同年の観察者メモには「個体が行司の拍子木音に反応して同時に静止した」とあり、完全な否定には至っていない。
繁殖と群れの継承[編集]
繁殖期は梅雨前後とされるが、相撲興行のある地域では本場所終了後の数日間に集中する傾向がある。これは、興行後の床下に残る焼き鳥の串、汗、砂、紙吹雪が一時的に栄養豊富な基質を形成するためであると説明される[9]。
幼体は成体よりも横幅が狭く、初めは相手とぶつかるとすぐ横に回り込むが、3齢以降になると踏み込み様の静止姿勢を覚える。古い飼育記録では、幼体にの煮汁を薄めて与えると成長が早まるとされるが、これには再現性が低いとの注記が付されている。
研究史[編集]
民俗学的解釈[編集]
1930年代には、民俗学者が「虫は土地の記憶を食う」とする独自理論を提唱し、お相撲好きのワラジムシを都市の娯楽文化が土壌に残した痕跡として扱った。高井はの旅館裏で採集した標本を、土俵の砂と共に封入して保存し、その箱を「小さな地方史」と呼んだ[10]。
この見方は当時の新聞記者に好評で、虫の行動を見ながら「下町の気質」を論じる記事が多数掲載された。一方で、実験条件があまりに感傷的であるため、戦後の生態学者からは「文学であって科学ではない」と批判された。
戦後の分類論争[編集]
戦後になると、の調査班が本種を通常のワラジムシの地方変種とするか、独立種とするかで長く論争した。1958年には標本27点のうち18点が同一種に近い形態を示し、残る9点が妙に肩幅の広い外見を示したため、採集者の記録ミスか、あるいは「稽古のしすぎ」で変形した可能性が議論された[11]。
1966年の討論会では、ある研究者が土俵入りの所作を模した観察法を提案し、会場の半数が笑いをこらえきれなかったという。だが、この方法により個体の静止時間が平均1.8倍に延びたことから、以後は半ば公式の観察手順として採用されている。
文化的影響[編集]
お相撲好きのワラジムシは、中期の子ども向け図鑑や玩具文化にも影響を与えた。特に1964年に発売された紙製工作キット『わらじむし土俵セット』は、切り抜いた個体模型を片面に重りを入れて回転させる仕様で、全国で推定8万4,000部が流通したとされる[12]。
また、の一部地域では、梅雨の床下掃除の際に「虫を三匹見たら本場所が近い」と言い伝えられ、相撲中継の視聴率にも関係するという都市伝説が生まれた。これに便乗して、地方の土産物店では「回転せんべい」「土俵型すみっこ菓子」などが販売され、観光振興の題材として重宝された。
一方で、動物福祉の観点からは、虫を土俵に見立てて遊ばせることの是非が議論された。1979年にはが「虫に立合いの強要をしないこと」とする宣言を出したが、全文が妙に柔らかい口調で書かれていたため、後に啓発ポスターとして人気を集めた。
批判と論争[編集]
最大の論争は、本種の「相撲好き」が本能なのか、観察者の解釈なのかという点にある。近年のDNA解析では、特異な遺伝子配列というよりも、周辺の湿潤な環境に適応した一般的形質の組み合わせで説明できる可能性が示唆されている[13]。
また、2011年にの研究グループが発表した論文では、個体が円を描く行動は捕食回避の一種であり、相撲とは無関係と結論づけられた。しかし同論文の付録には、実験室の床に小さな塩粒を置いたところ、被験個体が一斉にその周囲で静止したという観察が付記されており、解釈の余地を残している。
さらに、愛好家の一部は「相撲好き」という表現自体が人間中心主義であると批判し、「土俵文化に共鳴するワラジムシ群」と呼ぶべきだと主張した。これに対し、博物館側は「呼称は親しみやすさを重視した」と説明しているが、実際には展示パネルの字数制限が主因であったとされる。
現代の飼育と観察[編集]
現在では一部の中学校や地域博物館で、落ち葉・木片・わずかな塩分を含むケース飼育が行われている。飼育マニュアルでは、餌皿を土俵に見立てて円形に配置すると活動が活発になるとされるが、効果の程度にはかなりばらつきがある[14]。
東京都内では2018年頃から、夜間に床下カメラを設置して個体の「仕切り時間」を測定する市民調査が行われ、最大で1晩に126回の回転取組が記録された。もっとも、そのうち17回は掃除用ブラシが偶然触れただけであったという注記があり、記録の信頼性はやや揺らいでいる。
それでも本種は、都市の片隅に残る生活文化の痕跡としてしばしば紹介される。研究者のあいだでは、単なる生物学的対象にとどまらず、の周辺文化、下町の湿度、そして人間の過剰な意味づけが交差して生まれた「半分は虫、半分は物語」の存在として語られている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『帝都甲殻誌』第3巻第2号、博物学社、1897年、pp. 41-58.
- ^ 高井久三『土地記憶としての虫』民俗と自然社、1934年、pp. 112-139.
- ^ 山口春彦「相撲興行跡地におけるワラジムシ群集の変異」『日本生態研究』Vol. 12, No. 4, 1956, pp. 201-219.
- ^ 斎藤ミヨ『床下の国技:都市昆虫の行動史』東洋書房、1962年、pp. 7-66.
- ^ K. H. Miller, “Rotational Posture in Porcellio sumoensis,” Journal of Applied Crustaceology, Vol. 8, No. 1, 1971, pp. 15-33.
- ^ 中村義隆「相撲文化と微小甲殻類の相互作用」『民俗生物学年報』第5巻第1号、1980年、pp. 88-104.
- ^ Aiko Fujimura, “Micro-Arenas and Soil Memory in Tokyo Ward Cellars,” Pacific Bulletin of Ethnozoology, Vol. 19, No. 2, 1992, pp. 77-95.
- ^ 田所一郎『ワラジムシの回転礼法』青霜出版、2004年、pp. 3-29.
- ^ 藤井奈緒「都市床材における塩分と静止行動」『甲殻類行動学会誌』第14巻第3号、2011年、pp. 144-160.
- ^ Eleanor P. Wren, “The Curious Case of Sumo-Loving Woodlice,” Transactions of Urban Arthropod Studies, Vol. 6, No. 4, 2018, pp. 233-251.
外部リンク
- 国立土俵虫アーカイブ
- 下町生物民俗研究所
- 相撲床下標本室
- 都市甲殻類データベース
- わらじむし観察同好会