すする
| 分類 | 口腔動作/摂食技法/音響的儀礼 |
|---|---|
| 中心媒体 | 汁・麺・茶・薬湯・吸入蒸気(後述) |
| 関連語 | 啜る、すすり上げる、吸気咀嚼、微噛嚼 |
| 研究分野 | 民俗音響学・摂食衛生学・喫茶工学 |
| 成立時期(諸説) | 平安末期〜江戸中期の漸進的定着とされる |
| 社会的評価 | 場面により礼賛・嫌悪が変動するとされる |
すする(すする)は、音を立てながら液体や細片を口へ取り込む所作であるとされる[1]。日本語の基本動詞として広く用いられる一方、近世以降には食文化だけでなく衛生・儀礼・技術の領域にも波及したと整理されている[2]。
概要[編集]
すするは、一般には「音を伴いながら飲食物を口内に導く」動作として説明される。しかしこの動詞は単なる摂取手段ではなく、媒質(液体・湯気・麺状物)と、口腔内の気流設計(吸気圧と排気タイミング)を結び付ける実務知として扱われてきたとする記述がある。
民俗音響学の文脈では、すするは「音による情報伝達」を含む所作とされる。たとえば、啜音の立ち上がりが遅いほど「温度が適正である」合図になる、といった現場観察が『湯音作法記』の系譜で語られたとされる[3]。一方で、現代の公共マナー教育では「周囲に配慮する」べき行為としても扱われ、音量の調整が礼儀の一部になっていると整理されている[4]。
歴史[編集]
起源:喫茶工学と“湯気の可視化”計画[編集]
起源として最も広く引用されるのは、江戸前期の「湯気の可視化」計画である。この計画を主導したのは、江戸の湯屋連合を統括していたの一部局(通称「湯気算用係」)とされる[5]。同係は、客が湯をすすった瞬間に発生する微弱な気流が、湯気の凝結位置を左右すると仮定し、試験として“啜音付き吸気”を標準化したとされる。
伝承では、試験台は近辺の小規模茶室に設けられ、木枠の覗き窓の前に細い和紙を吊るして、音の直後に和紙が微かに揺れるかどうかを記録したという。筆写記録によれば、初期データは「揺れが0.6刻み(約1.1 mm)以内に収まると成功」と記されており、わずか数日のうちに許容範囲が0.6刻みから0.5刻みに狭められたとされる[6]。この“揺れの規格”が、音を伴う吸気の実務知としてすするの語感を固定した、と説明される場合がある。
また、当時の衛生観点として「すすりによって喉奥の温度勾配が一定化し、冷え由来の腹具合のばらつきが減る」との説が者によって唱えられたとされる[7]。ただし、喫茶工学の記録では「ばらつきが減った」という結論の裏付けが、参加者数、観察日、中断という極めて現場的な集計に限られていたため、後年の研究者からは手法の妥当性が疑問視されたとも書かれている[8]。
発展:麺文化の“合図化”と衛生監査官の登場[編集]
江戸後期になると、麺料理の普及に伴って行為が「完成報告」へ転化したとされる。具体的には、店側が客の啜音を聴き、伸び具合(麺の粘弾性の指標)を推定する仕組みが提案されたのである。この仕組みに関与したのが、の食検制度を“音で監査する”発想に近い役職である(役名そのものは一次史料に見えないが、二次資料で復元されたとされる)である。
ある監査官の手控えとされる文書では、啜音の周波数帯を「低帯(~240 Hz)、中帯(~520 Hz)、高帯(~980 Hz)」に分け、低帯が優位な場合は「湯温不足」、高帯が優位な場合は「麺の表面乾燥」と推定したと書かれている[9]。この分類は、現代の音響計測の厳密性から見れば過剰な単純化であり、のちの批判を招いた。
それでも社会的影響は大きく、啜音が“上品さ”の尺度として店内で語られるようになったとされる。結果として、客は音量を抑える努力だけでなく、音の立ち上がりを意図的に整えるようになり、すするが技術・訓練・礼儀を帯びた行為に変わっていったと整理されている。
分野的な位置づけ:民俗音響学と“吸気圧の方言”[編集]
すするは、民俗音響学では「身体の方言」として扱われることがある。すなわち、同じ“すすり”でも、地域により吸気圧と舌位置の癖が異なり、その差が音の質に現れるとされる。たとえば秋田のある郷では「細く長くすすれば、汁の泡が喉に当たりにくい」との実感が共有され、山形では「途中で一度止める(半拍停止)」が“薬味の合図”になると語られた、といった報告がある[10]。
一方で摂食衛生学の側では、すするが口腔内の滞留時間を短縮し、誤嚥リスクの分布を変える可能性があるとするモデルが示されたとされる。モデルの骨格は「吸気→咽頭部の一時負圧→搬送→排気」の順に整理され、搬送速度は“麺径に対する係数”として表現された。ある論文では係数を「1.23±0.07」とし、サンプルは麺100玉ではなく“予備的に湯で潤した小麦粒”だったと記されており、研究者の間では笑い話として伝播したとも書かれている[11]。
また、喫茶工学から派生した領域では、すすりによって湯気が口内に導かれ、香気の受容が増えるという説明が採用された。そこから「すすりは飲む行為であると同時に、香りを選別する操作である」といった言い回しが広まり、すするは単なる食行為から“感覚チューニング”へと拡張されたとされる[12]。
具体例:嘘っぽいほどリアルな“啜音事件簿”[編集]
ここでは、すするが社会問題として扱われた(とされる)代表的な出来事を挙げる。第一に、名古屋の名物店が関与した「音量規制騒動」である。店主は“よくすすれる客ほど常連”と判断し、会計時に「啜音点数」を記録していたとされる。記録法は、レジ横の木製メトロノームの揺れを参照し、「1回のすすりでメトロノームが3往復するなら満点」という噂が流れた[13]。
第二に、大阪の商業地区で起きた「湯気誘導事故」がある。湯屋組合のキャンペーンで、啜音が大きいほど湯気が口内に“誘導される”と掲げられ、観客が試しすすりを行ったところ、すすりの熱気が衣服の染み込みを促進し、クレームが殺到したと記録されている[14]。担当官は「啜音は香気の運搬であり、火災の運搬ではない」と弁明したが、結果として一部の通りでは「啜音の最高音量」を測る簡易計が置かれたとされる。
第三に、の病院付属の茶養生所で実施された「すすりによる睡眠導線」実験がある。就寝前に温茶をすすってもらい、入眠までの平均時間を比較したところ、平均はからへ短縮したとされた。しかし同時に、被験者中だけが翌朝に強い喉乾を訴えたため、結論は慎重になり、「すすりは万能ではない」とまとめられた[15]。この結論自体が、のちに“万能感の広告”に利用されることで皮肉な論争へ発展したとされる。
批判と論争[編集]
すするを礼儀として肯定する立場と、公共空間での嫌悪として否定する立場はしばしば対立したとされる。肯定側は、すすり音が互いの合図になり、厨房と客席の“感情同期”を助けると主張した。否定側は、音量が迷惑になりうることだけでなく、むせの増加や感染拡大の懸念を論じた。
特に論争を長引かせたのは、衛生監査官のモデルの扱いである。周波数帯で麺の状態を推定する方法は、当時としては革新的だったものの、後年には「音は環境・体格・癖で変わる」という反論が出た。ある批判者は、同じ人が同じ麺をすすっても、居酒屋の換気量が「毎分」から「」へ変わっただけで音の傾向が変わると指摘した[16]。
このように、すするをめぐる評価は一枚岩ではなかった。結局のところ、音は情報でもありノイズでもあるという中間的立場が形成され、「場を読み、音を調整する」という指針に落ち着いたと説明される場合がある。ただし、その“落ち着き”がどこまで実態を反映していたかは、当時の啓発ポスターに「完璧なすすりを目指せ」とだけ書かれていた点からも疑問視されている[17]。要出典の話題として、当該ポスターの文言が後の広告へ転用された可能性も指摘される。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯篤史『湯音作法記(改訂影印)』湯屋学会出版, 1712.
- ^ Margaret A. Thornton『Acoustic Courtesy in Urban Dining』University of Fudoki Press, 2009.
- ^ 小河内信次『啜音の方言学』文政書房, 1883.
- ^ 林田和泉『摂食衛生学と吸気圧の整理』明和医書院, 1926.
- ^ 【町方勘定】編『湯気算用係資料集』幕府史料刊行会, 1754.
- ^ Katsumi Doi, “Frequency Bands of Susurration: A Field-Note Approach”『Journal of Kitchen Acoustics』Vol. 12, No. 3, pp. 51-74, 2016.
- ^ 篠塚直人『本草にみる喉温の概念史』青葉薬舗, 1901.
- ^ 伊藤誠也『すすりの公共マナー化』都市所作研究所, 2003.
- ^ Ruth K. McVane『Sound as Social Contract』Cambridge Etiquette Studies, 2011.
- ^ 伊達千尋『湯屋の音響監査と規格化』誤嚥対策叢書, 第2巻第4号, pp. 10-33, 1958.
外部リンク
- 湯音アーカイブ
- 民俗音響学データ館
- 麺啜音研究会
- 喫茶工学実験ログ
- 公共マナー改訂メモ