ちゃんちゃんこソムリエ
| 名称 | ちゃんちゃんこソムリエ |
|---|---|
| 分類 | 伝統衣料鑑定職 |
| 起源 | 江戸後期・伊豆半島の湯治場 |
| 主な活動 | 祝着の鑑定、色柄の選定、着用指導 |
| 資格所管 | 日本祝服審議会 |
| 関連地域 | 東京都港区、静岡県伊豆市、滋賀県長浜市 |
| 登録者数 | 1,284人(2023年時点) |
| 象徴的所作 | 襟を親指で弾いて音を確かめる |
ちゃんちゃんこソムリエとは、の色・布地・縫製・着心地を鑑定し、用途に応じて最適な一着を選定する専門職である。元来は江戸時代後期の湯治場で生まれたとされ、現在では祝着文化の保存と高齢者衣料の品質管理を兼ねる準公的な資格として知られている[1]。
概要[編集]
ちゃんちゃんこソムリエは、を「ただの袖なし綿入れ」ではなく、着用者の年齢、季節、場面、さらには縁起まで含めて選ぶ職能として発展したとされる。特に東京都港区の老舗呉服商との温泉宿が共同で体系化した「三和えり理論」によって、単なる民間の好みが準学術的な鑑定法へと変化したとされている[2]。
この職業はの登録制度により一定の定義を持つが、実際には温泉旅館、百貨店、地域の敬老会などで活動形態が異なる。また、鑑定対象は赤いちゃんちゃんこに限られず、紫、浅葱、鼠色、金糸入り、あるいは「還暦向けのやや攻めた生成り」まで広く含まれるとされ、ここに職人芸と演出が混在する点が特徴である。
歴史[編集]
起源と湯治場の伝承[編集]
起源については、年間の伊豆周辺で、湯治客が宿の備え付けのちゃんちゃんこを巡って口論したことがきっかけであるという説が有力である。とくに、湯宿「松風楼」の番頭・が、客の体格と湯上がりの体温差に応じて綿の厚みを変える方法を考案し、これが「見立て」と呼ばれた[3]。
その後、地元の絞り染め職人であるが色の縁起を体系化し、赤は還暦、紫は長寿、浅葱は旅の安全に向くと整理した。なお、同時期の記録には「襟が立ちすぎると福が逃げる」との記述があり、これは今日の鑑定でも重要視されているが、史料的裏付けは弱い[要出典]。
明治期の制度化[編集]
明治後期になると、東京の呉服問屋街で「ちゃんちゃんこ合評会」が開かれ、ここで色柄の判定を語る者が「ソムリエ」と呼ばれ始めたとされる。命名の経緯には、当時輸入酒の試飲会を見学した渡辺精一郎が、衣服にも「香りのような相性」があると主張したことが関係している[4]。
には、の商家三十六軒が共同で「簡易祝着鑑定票」を作成し、布の重量、縫い目の返し、袖ぐりの余白を点数化した。これが後の資格試験の原型であり、受験者は机上試験に加えて、実際に子ども、祖父母、祭礼役員の三者に対する着用提案を即答する必要があった。
戦後の普及と百貨店文化[編集]
第二次世界大戦後、ちゃんちゃんこソムリエは一時的に衰退したが、との催事企画によって再興した。とりわけの「敬老衣料週間」では、来場者の約18%が誤って座布団カバーを試着し、その混乱を収拾したのが認定第2期生のであったという逸話が残る[5]。
この時期、ソムリエたちは「贈答は色で始まり、丈で終わる」という標語を掲げ、包装紙の折り目まで鑑定範囲に含めた。百貨店側は売上が前年比132%になったと発表したが、内訳を見るとちゃんちゃんこより風呂敷の伸びが大きかったとされ、業界内では今なお議論がある。
資格制度[編集]
資格はが認定する三級から特級までの四段階で、特級取得者は「襟の音」を聴き分けられるとされる。試験は筆記、実地、口頭の三部構成で、実地では「同じ赤でもお祝い向きの赤か、昼寝向きの赤か」を30秒以内に判定する課題が課される。
合格率は年度によって変動するが、2022年度は受験者312名に対して合格者41名、うち特級は3名であった。なお、特級試験の最終課題である「三代同席コーディネート」では、祖父母、父母、孫の三世代に同一系統のちゃんちゃんこを当てる必要があり、採点にはの立会いが求められる。
文化的影響[編集]
ちゃんちゃんこソムリエの普及により、の贈答文化は「ただ渡す」段階から「選んで語る」段階へ移行したとされる。特に長野県の温泉街では、宿泊客がチェックイン時に年齢と好みを申告すると、ソムリエが即席で最適なちゃんちゃんこを提案するサービスが一般化した。
また、テレビ番組『徹子の部屋』に類似した長寿番組『襟の間』では、出演者が着用するちゃんちゃんこを毎回替える演出が定番化し、視聴率は最大14.8%に達したという。これにより、衣服の「場を読む力」が流行語となり、若年層の間では「それ、ちゃんソムっぽいね」という半ば侮蔑、半ば称賛の表現まで生まれた。
批判と論争[編集]
一方で、ちゃんちゃんこソムリエは「伝統の過剰な格付けではないか」と批判されてきた。とくに京都の一部染色家からは、色の格を数値化することは「布への冒涜」であるとの反発があり、2011年にはで抗議のために千着の無地ちゃんちゃんこが一斉に干されたという[6]。
また、資格制度が市場拡大とともに肥大化した結果、認定講座の一部では「午前は理論、午後は座布団の返却訓練」という異例のカリキュラムが組まれた。これについては、業界団体側が「着脱の所作を理解しない者に鑑定はできない」と反論しているが、一般にはやや過剰であるとの見方も強い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 白石宗右衛門『湯治場祝着見立帳』松風楼蔵版, 1843.
- ^ 渡辺精一郎『衣服試飲論とその周辺』東京衣装学会誌 Vol.4, No.2, 1909, pp. 11-29.
- ^ 宮城野トメ『染め色縁起小鑑』伊豆民俗叢書, 1888.
- ^ 村瀬キヨ『百貨店催事と敬老衣料の復興』日本祝服研究 第12巻第1号, 1958, pp. 3-18.
- ^ 高瀬一郎『ちゃんちゃんこソムリエ制度の成立』服飾社会史研究 Vol.9, No.4, 1976, pp. 201-224.
- ^ N. Thornton, 'The Sommelierization of Quilted Garments in Postwar Japan', Journal of Asian Costume Studies Vol.17, No.1, 1998, pp. 77-96.
- ^ 日本祝服審議会編『認定基準細則 令和五年度版』日本祝服審議会出版局, 2023.
- ^ 岸田春彦『襟の音を聴く技法』民藝と所作 第6巻第3号, 2014, pp. 45-60.
- ^ 田島ルイ『贈答文化における赤色の政治学』東洋生活史研究 Vol.22, No.2, 2007, pp. 133-149.
- ^ F. Bennett, 'A Curious Error in Gift Apparel Classification', Proceedings of the Kyoto Textile Forum Vol.3, No.7, 2012, pp. 5-9.
外部リンク
- 日本祝服審議会
- ちゃんちゃんこソムリエ協会
- 伊豆祝着文化資料館
- 港区呉服史アーカイブ
- 全国敬老衣料連盟