ちんぼうカキンカキン祭り
| 行事名 | ちんぼうカキンカキン祭り |
|---|---|
| 開催地 | 東京都台東区(鷲尾稲荷神社周辺) |
| 開催時期 | 12月第3土曜(夕刻〜深夜) |
| 種類 | 神事・市中パレード・音具奉納 |
| 由来 | 『金の音』を呼ぶとされる言い伝えに由来する |
| 主な参加者 | 氏子総代・音具講・地元商店会 |
ちんぼうカキンカキン祭り(ちんぼう かきんかきん まつり)は、のの祭礼[1]。期より続くのの風物詩である。
概要[編集]
ちんぼうカキンカキン祭りは、鷲尾稲荷神社の境内と、通りを挟んだ一帯で行われる音具奉納型の年中行事である。祭りの中心は、護符のように結び直された鈴木紐(れいじゅひも)を鳴らしながら、一定のリズムで行進する「カキンカキン隊」によるものである。
祭礼名の「ちんぼう」は、かつて台東区の河岸で使われた積荷棒(つみにもつぼう)を指す古語であるとされる一方、近年では“音が鳴り始める前の沈黙”を楽しむ方言だとも説明されている。なお、祭りの音は観測機器で測られ、平均周波数はおおむね前後と報告されるが、実際の測定値は年ごとに揺れることが知られている[2]。
名称[編集]
「ちんぼうカキンカキン祭り」という名称は、明治末に流行した民間の呼称が、初期の氏子帳(うじこちょう)に転記される形で定着したとされる。特に「カキンカキン」の部分は、音具の当たり方に由来すると説明されるが、方言研究者のは、当初は“鐘楼の修繕工事の合図”を模したものだと論じている[3]。
祭り名がやや下世話に聞こえることから、役所の広報ではしばしば表記を簡略化される。たとえば「ちんぼう」が頭の丸い打具を意味するという説がある一方で、別の記録では「丁寧に(ちんぼう)音を重ねよ」という掛け声から来たともされる。結果として同一年内でも「ちんぼう/カキンカキン」の解釈が複数並立する状態になり、祭りの懐の広さとして語り継がれているのである[4]。
由来/歴史[編集]
起源譚:金の音を返す稲荷[編集]
由来は、鷲尾稲荷神社に残るとされる「夜更けの賃金帳」によって説明される。帳には、江戸の終わり頃に浅草近在で起きた“音の取り引き”の失敗が記録されたとされるが、具体的には「鐘の音を聴いたはずの職人が、翌朝の段取りを忘れた」という趣旨であるとされている[5]。
その失敗をきっかけに、神社の神職が「音は返すほどに強くなる」と説き、冬至前の短い夜に、木箱で作った“鈴の代理”を鳴らす儀が始まったとする説が有力である。ここで、鳴らすリズムが「カキンカキン」という擬音に対応づけられ、沈黙の部分が「ちんぼう」と呼ばれるようになったと説明される。なお、この説明は後年に書き足された部分があるとする指摘があるが、祭りの実務者は「だからこそ伝承は実際に効く」として取り合わない傾向がある[6]。
制度化:音具講と台帳の再配線[編集]
祭りが現在の形に近づいたのは期、特に33年の商店会再編が転機になったとされる。当時のが、冬の売上を支えるために「夜の回遊」を設計し、その合図として神社が音具講(おんぐこう)を組織した。音具講は全参加者を年齢で4班に分け、各班が鳴らす鈴の数を「一班=88(米寿の語呂)」として揃えたという[7]。
ただし実際には、88個の鈴を全員が同時に鳴らすと境内の反響が過剰になり、通行人が「何か悪い予兆がある」と感じる事故が起きたとされる。そこでルールが「鈴の同時鳴らしは2秒以内」に制限され、以後の“やたら細かい祭り”として定着したのである。なお、制限時間の計測には消防団が借りた振動計が使われたが、その振動計の校正が翌年に紛失していたとする記録も残っている[8]。
日程[編集]
ちんぼうカキンカキン祭りは、毎年第3土曜の夕刻から深夜にかけて行われる。神事の開始はの鐘が鳴るタイミングとされるが、近年は観光客の動線も考慮され、実際の開始は「17時ちょうどから、1〜3分の幅で前後する」と告知されることが多い[9]。
日程は大きく分けて三段である。第一段として境内で「沈黙祈願」が行われ、参加者は打具を鳴らさずに“ちんぼう”の間だけ息を合わせる。第二段では音具講の行進が行われ、第三段の深夜には「賃金帳返納」の儀として、鈴木紐を木札に結び直す奉納が行われる。なお、終電の影響で帰路が混雑するため、神社側は「戻り行進の方向だけは絶対に逆にしない」ことを強く注意している[10]。
各種行事[編集]
各種行事では、まず「境内点火(きょうだいてんか)」が行われる。点火は炎そのものではなく、音具講が携帯する小型の灯明板の周囲で、合図として鈴を鳴らす方式であるとされる。
次に「カキンカキン隊の二重回廊」が行われる。回廊は二周であり、第一周は“右足から入る”、第二周は“左足で抜ける”という作法がある。参加者の自己申告によれば、抜け方を間違えると翌日から喉が詰まるような気がするというが、医療的根拠は示されていない。一方で、喉を潤す温かい甘酒が配られるため、体感としては筋が通っているとされる[11]。
さらに「ちんぼう回転札(かいてんふだ)」が行われる。これは護符のような木札を、祭礼当日のみに定められた“回す速度”で回し、手の震えが一定の範囲に収まることを祈る儀である。速度は毎年、氏子総代のが「今年は1.9回転/秒」と宣言し、係がストップウォッチではなく鈴の間隔で数えるとされる。なお、宣言が外れる年には、回転札が割れて“音が鈍くなった”と解釈されることがある[12]。
地域別[編集]
地域別の呼び分けとして、鷲尾稲荷神社の町内では「鷲尾式(わしおしき)」が行われる。鷲尾式では境内の中央に設けた木枠の周囲だけを回り、通りへは出ないとされる。
一方、の東側町会では「岸和田(きしわだ)寄進コース」が行われる。このコースは神社から東へ直進して、方面で一度“音を抜く”区間を作るのが特徴である。観光案内には「途中で静かになるから泣ける」と書かれることもあるが、地元では泣くよりも“数えてしまう”人が多いとされる[13]。
また、西側町会では「台帳逆戻り(だいちょうさかもどり)」が行われる。これは賃金帳返納の木札を、通常より一段階だけ早い時間に結び直す作法で、商売繁盛を“前倒し”で呼ぶという発想に基づくとされている。なお、この作法が強すぎる年には翌春の花見渋滞が増えるという迷信も共有されているが、当の町会では「渋滞も縁である」として訂正しない傾向がある[14]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 浅草商店会連盟『冬の夜回遊と地域祭礼:音具講の実務』浅草商店会連盟出版部, 1959.
- ^ 田沢信也『擬音語の民俗学:カキンカキンは何を指すか』東京民俗叢書, 1981.
- ^ 鷲尾守清『稲荷社の夜更け記録(再編校訂)』鷲尾家文庫, 1972.
- ^ 佐伯文麿『祭礼運行の微時間管理:ストップウォッチを捨てた日』台東区教育協議会, 1964.
- ^ 小川澄江「音の反響と通行人の心理に関する簡易調査(台東区・冬至前)」『日本都市環境研究』Vol.12 No.4, 1978, pp.33-49.
- ^ 藤堂円「鈴木紐の結び替え儀礼の系譜」『民俗技術学会誌』第7巻第2号, 1990, pp.101-118.
- ^ Kiyomura, H. “Ritual Silence and Community Rhythm: A Case Study of Chimbo-Kakin Kakin.” 『Journal of Sound Festivals』Vol.3 No.1, 2002, pp.1-17.
- ^ Thornton, M. A. “Bells, Books, and Civic Timekeeping: Urban Folklore in Late Modern Japan.” 『International Review of Folklore Systems』Vol.18 Issue 2, 2011, pp.220-245.
- ^ 『東京都台東区年中行事一覧(試作稿)』台東区役所, 2006.
外部リンク
- 浅草冬夜の記録庫
- 鷲尾稲荷神社 祭礼案内板
- 音具講アーカイブ
- 台東区民俗マップ
- 回転札実演記録