なすぽっぽ
| 分類 | 民俗行為・民間療法・縁日景品の俗称 |
|---|---|
| 主な地域 | 南部〜栃木県北部の農村縁辺 |
| 登場時期(伝承) | 江戸後期の記録が根拠とされる(ただし異説あり) |
| 典型的手順 | 茄子を「鳴き声」に見立てて扱う儀礼(後述) |
| 関連する行事 | 秋の収穫祭・路地市・縁日 |
| 波及経路 | 民間療法の口伝→縁日景品→企業PRへ |
なすぽっぽ(なすぽっぽ)は、日本の一部で伝承されてきた「茄子(なす)を小鳥のように扱う」民俗行為とされる用語である。特にの縁日文化と結びつき、のちに商品名・愛称にも転用されたとされる[1]。
概要[編集]
なすぽっぽは、単なる食べ物としての茄子を指すのではなく、茄子の扱い方をめぐる一種の言い習わしであるとされる。具体的には、収穫直後の茄子を「小鳥が止まる場所」に見立て、触れる順序や置き方を定める民俗行為として説明されることが多い[1]。
民俗学的には、農作物をめぐる生活知と、季節の節目に結びつく“遊びの作法”が混じったものとして整理されてきた。また、のちに縁日での景品名や、健康観念を伴う愛称として再解釈され、同名の菓子・飲料・雑貨が複数の地域で現れたとされる。
一方で、この用語の語源については、地域ごとに説の揺れがあり、特に「なす」を「成す(なす)」「鳴き(ぽっぽ)」に分解して読み替える試みが、昭和後半のマスメディアで強調されたと指摘される[2]。
定義と選定基準[編集]
なすぽっぽは、次のような特徴を満たす場合にのみ用いられる語であるとされる。
第一に、茄子に対して“行為の順序”が明確化されることが挙げられる。たとえば「収穫面を南向きにしてから、表皮を指先で二回だけ撫で、最後に置く」など、動作が儀礼化される点が共通すると説明される[3]。第二に、その行為が“声”や“鳴き”を伴う比喩で説明されることが多い。
第三に、家の外(路地、軒下、縁日)で行われることが重視される。農作業の延長として完結せず、他者の目に触れることで共同体の合意が生まれるとする見方があり、これは周辺の口伝記録に基づく整理として、大学の講義ノートでも触れられたとされる[4]。
なお、厳密な定義は史料が限定的であり、地域の呼び名の集合として扱うべきだ、という慎重論もある[5]。ただし、実務的には「“ぽっぽ”の要素を含む、茄子の扱い作法」として運用されることが多い。
歴史[編集]
起源:『鳴き茄子帳』と口伝の整備[編集]
なすぽっぽの起源は、江戸後期の飢饉と畑の維持をめぐる生活工夫に求められている、とする説が有力である。具体的には、干ばつで花が落ちた年に、村の若者が「茄子にも“声を返す”必要がある」と独学で考え、茄子を一定の順で触れる“鳴き返し”の作法を作ったとされる[6]。
この作法は、のちに『鳴き茄子帳』という私家の書付にまとめられた、と伝えられている。ただし実物は現存が確認されておらず、昭和初期に鉛筆で写し取られたとする写本断片が筑波大学の古書資料に紛れ込んで見つかった、という“伝承の伝承”が知られている[7]。記述の細部として「撫でる指は左手の人差し指」「回数は二回」「置く高さは膝から拳一つ分」といった精度が挙げられ、語り継ぐほどに具体が増えたと説明される。
この説では、なすぽっぽが“作物の健康”ではなく“作物の機嫌”を整える発想として共同体に定着した点が強調される。もっとも、研究者の中には、これらの細部は後世の脚色であるとする指摘もあるが、少なくとも地域の語りの中では、数字の精密さ自体が信頼の根拠として働いたとされる[8]。
近代の変質:縁日化と企業PRへの転用[編集]
明治末期には、収穫祭の余興として「鳴き返し」を模した簡易コーナーが設けられ、茄子を売る行商の間で“口上”としてなすぽっぽが用いられたとされる。特にの路地市で、呼び込みが「ぽっぽ、ぽっぽ」とリズムを刻むことで客を呼び、茄子の購入率が上がったという逸話が残っている[9]。
さらに大正期に入ると、医療の周縁で流行した民間の健康観と結びつき、茄子の“扱い作法”が「気の巡り」に転訳された。これに関与したとされるのが、東京府の民間団体「衛生装置研究会」(通称:衛装研)である。同会は、茄子に触れる動作を“軽い体操”として推奨し、会報には「一日に三回まで。食べる前に儀礼を挟むと良い」と記されたとされる[10]。
昭和後期には、縁日景品の名としてさらに変質し、茄子模様の玩具や、口上が印刷された小袋菓子が“なすぽっぽシリーズ”として販売された。ここで重要なのは、作法が本来の文脈から切り離され、「言葉の響き」だけが消費されるようになった点である。なお、この転用の背景には、商標登録の駆け込みがあったとも言われるが、資料の裏取りは限定的であり、異説も存在する[11]。
現代:SNS由来の“鳴き返し”再解釈[編集]
1990年代後半〜2000年代にかけて、郷土ネタとしてなすぽっぽが再流行し、ネット掲示板では「茄子を鳥扱いする儀式」として紹介された。2014年ごろからは、Twitter上で「ぽっぽ運動」と呼ばれる手拍子動画が派生し、触る回数や手の向きがゲーム化されたとされる[12]。
一部では、健康法の文脈で「温活ならぬ“冷却活(れいきゃつかつ)”」と呼ばれるようになり、茄子の保管温度まで語られる例があった。たとえば「冷蔵庫の野菜室で“7分だけ”、その後常温で“41秒”」のように、明らかに過剰精密なレシピが共有されたとされる[13]。
ただし、これらは民俗の再現というより、言葉遊びとして消費されている面が大きいと指摘される。一方で、地域の祭りでは“語り部”が復活し、子ども向けに「鳴き返しの作法」を口頭で伝える活動も見られるようになった。こうした二面性が、なすぽっぽが“残る”理由だとまとめられることが多い。
社会的影響[編集]
なすぽっぽは、食文化と儀礼の境界を曖昧にした存在として語られてきた。茄子を食べること以上に、“扱うこと”に価値が置かれるため、購入や参加の動機が変わり、地域の小商いが祭りと結びつくきっかけになったとされる[14]。
また、なすぽっぽが言葉として広まる過程で、「農作物への敬意」がコミュニティの自己紹介として機能した点が注目されている。たとえば祭りの当日、初参加者が口上を覚えて披露すると、その場の役割(配布係、収穫札係など)が与えられる、という“参加の儀式”が作られたという[15]。
さらに、民間療法の領域では、茄子の扱いが“気分の整え”として回収され、家庭内の健康習慣に組み込まれたとされる。その結果、「治る」よりも「落ち着く」ことに重心が移り、地域のストレス対応の一種として機能した、という見方もある[16]。
ただし、影響の大きさゆえに、後述するような批判も同時に発生したとされる。
批判と論争[編集]
なすぽっぽには、科学的根拠の薄さをめぐる論争が繰り返し指摘されてきた。特に、の会報に載ったとされる“効能”が、民間の健康法を装って広まった点が問題視されたとされる[17]。
一方で擁護側は、これは治療行為ではなく、共同体の娯楽として機能してきたのだと主張した。民俗学者の渡辺精一郎は、著書『口伝のリズムと数字の誘惑』において、「なすぽっぽの数字は医学ではなく語りの整合性を守るために置かれる」と論じたとされる[18]。
しかし反対意見も根強く、2018年には「茄子の扱い作法が“治る気配”を売る装置になっている」との批判記事が地方紙に掲載された。その際、なぜか“置く高さ”が膝から拳一つ分ではなく「肘から十三指差し」と書き換えられており、編集過程そのものが政治化したのではないか、という疑いも一部で生まれた[19]。この逸話は、資料の不一致が信仰の燃料にもなるという、人間側の問題を示していると笑い話にされることが多い。
なお、明らかに不自然な点として、「鳴き声」を模すための音節が地域で揺れ、“ぽっぽ”以外に“なすす”や“ほっほ”が出てくる記録があると指摘される。これが語源研究の混乱につながっているが、逆にバリエーションの豊かさが人気を支えている、という二重の評価がある[20]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『口伝のリズムと数字の誘惑』明緑書院, 1987.
- ^ Mina Harrow『Village Performative Foodways in Eastern Japan』Kyoto Academic Press, 2003.
- ^ 鈴木輝尚『茄子の儀礼化—“扱う”文化の成立』農文堂, 1996.
- ^ 田中琴音『縁日の名物語と商標の波紋』東京文化出版, 2009.
- ^ 衛生装置研究会『会報:衛装研だより(復刻版)』衛装研出版, 1932.
- ^ J. R. Holloway『Sounds as Social Proof: Folk Recitations and Markets』Oxford University Press, 2011.
- ^ 【書名】『鳴き茄子帳写本断片の周辺』筑波大学資料室, 1974.
- ^ Kazuhiro Senda『Popular Pseudoscience and Rural Rituals』Springer Japan, 2016.
- ^ 長谷川茂『“ぽっぽ”の語源を探る』新潮地方学叢書, 1981.
- ^ 妙に整った『茄子温度管理の社会史』日本冷却技術協会, 1999.
外部リンク
- 郷土民俗データバンク
- 縁日アーカイブ室
- 農村口伝アトラス
- なすぽっぽ保存会ログ
- 衛装研史料館(閲覧可能)