ねこの逆立ち
| 名称 | ねこの逆立ち |
|---|---|
| 別名 | 猫立ち返し、反転猫 |
| 起源 | 江戸時代後期の浅草周辺 |
| 発祥地 | 東京都台東区浅草 |
| 主な担い手 | 曲芸師、縁日興行師、獣医助手 |
| 成立時期 | 1780年代-1830年代 |
| 分類 | 民俗芸能・動物訓練・都市余興 |
| 関連機関 | 日本反転動作学会、浅草猫芸保存会 |
| 代表的文献 | 『猫の姿勢と都市余興史』 |
ねこの逆立ち(ねこのさかだち、英: Cat Handstand)は、猫が前肢を地面に、後肢を上方に保持した状態を指すの民俗的身体技法である。もともとは後期の見世物小屋で洗練されたとされ、のちにを中心に都市文化として広まった[1]。
概要[編集]
ねこの逆立ちとは、猫を一時的に逆位姿勢へ誘導し、その均衡保持と視線誘導を鑑賞する技法および演目の総称である。一般には単なる芸として理解されがちであるが、では身体調整、厄除け、あるいは家内安全の予兆として扱われた地域もあったとされる。
この技法は、の見世物興行において観客の集客策として整備されたのち、期の博覧会で「小動物による静的曲芸」として紹介され、都市部の娯楽文化に浸透した。なお、当初は犬や狸でも試みられたが、重心の戻りが早すぎるとして猫のみが標準化されたという[2]。
歴史[編集]
成立以前の前史[編集]
起源はの『浅草興行覚書』に記される「猫を竹籠の外より仰けて立たしむる妙法」に求められることが多い。これは当時の寄席において、観客の退屈を防ぐためにのが考案したもので、もともとは雨天時の代替演目であった。
一方で、の寺院に伝わる「猫返し」の所作と結びつける説もあり、特にの某寺では、猫が仏具の脇で逆立ちした際に鐘の音が澄んだことから、縁起物として受け止められたとされる。ただし、同寺の記録は期の再写本であり、信憑性には議論がある。
江戸後期の確立[編集]
年間には、浅草六区周辺の小屋掛けで「猫の逆立ち一式」が定型化された。ここでは、白猫・三毛猫・黒猫の三系統が使い分けられ、白猫は静止時間、三毛猫は回転抑制、黒猫は観客の注意喚起に用いられたという。
、興行師のが考案した「畳縁三点支持法」により、平均保持時間がからへ伸びたとされる。この改良は、当時の猫芸界では「彦兵衛式」と呼ばれ、以後の標準技法となった。
明治から昭和初期への展開[編集]
20年代になると、系の衛生講習会において、猫の逆立ちが「姿勢矯正の参考例」として引用されたことから、一般家庭にも知られるようになった。特にのは、猫の脊椎弾性が子どもの体操教育に応用可能であると主張し、の講義録に「逆立ちは猫における短時間の礼法である」と記した[3]。
初期にはのラジオ番組『朝の猫楽』で再び流行し、公開収録では平均が途中で横向きに転じたにもかかわらず、司会者が「成功例である」と言い切ったため話題となった。これがいわゆる「半逆立ち芸」の成立である。
技法[編集]
ねこの逆立ちは、単純に猫を持ち上げる行為ではなく、床材、照明、音程、観客距離の四要素を揃えて初めて成立するとされる。とりわけ畳、杉板、油紙の三種の床面で成功率が大きく変動し、のの調査では、畳上での成功率が、杉板上では、油紙上ではであった。
標準的な手順は、まず猫の前肢を「礼」の角度で固定し、次に尾を北向きへわずかに振らせ、最後に観客の拍手を三拍遅らせて発生させる。これにより猫は「自分が見られている」と誤認し、姿勢を保つと説明されることがある。もっとも、獣医学的には根拠が薄いとされるが、のまま民間では広く流布している。
社会的影響[編集]
ねこの逆立ちは、都市の娯楽としてだけでなく、商店街の景気占いにも利用された。特にの菓子問屋街では、開店前に三毛猫が10秒以上逆立ちした場合、その日一日の売上が通常比になるという俗信があり、には地元商店会が半ば公認の儀式として採用した。
また、には児童向け図書『ぼくのねこはさかだちできる』の流行によって、学校の飼育委員が「逆立ち練習係」を名乗る事例が相次いだ。これに対しは「動物の尊厳を損なわない範囲での観察に留めるように」と通達したが、実際には学級文庫の人気項目として定着した。
批判と論争[編集]
ねこの逆立ちには、動物愛護の観点から一貫して批判がある。とりわけの公演では、観客の拍手が過剰だったため猫が二匹とも舞台袖へ退避し、主催者が「これも逆立ちの余韻である」と説明した件が大きな議論を呼んだ。
一方で、支持派は「猫の意思を尊重した逆立ちこそ本来の芸である」と主張している。しかし、逆立ち成功の判断基準が出演者ごとに異なり、ある団体では『耳が水平になったら成功』、別の団体では『尻尾が半巻きなら成功』とされるなど、定義の不統一が問題視されてきた。日本反転動作学会は、統一基準として「3秒以上の視線保持」を採択したが、現場ではほとんど採用されていない。
年表[編集]
・ - 浅草興行覚書に初出とされる。
・ - 彦兵衛式が成立。
・ - 東京帝国大学で講義録に引用される。
・ - 浅草猫芸保存会が統計を公表。
・ - 神田の商店会が景気占いに導入。
・ - 横浜公演騒動が起きる。
・ - 日本反転動作学会が暫定基準を採択。
・ - 逆立ち保持時間の全国平均がに達したとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 小島勘右衛門『浅草興行覚書』江戸演芸出版会, 1781年.
- ^ 志賀澄夫『猫の姿勢と都市余興史』東京博文館, 1899年.
- ^ 高瀬屋彦兵衛『畳縁三点支持法の研究』浅草芸能研究所, 1791年.
- ^ Margaret L. Thornton, "Static Quadruped Performance in Urban Japan," Journal of Comparative Folklore, Vol. 12, No. 3, 1934, pp. 201-229.
- ^ 斎藤みね子『ねこ芸と近代衛生』日本風俗史叢書, 1958年.
- ^ Harold J. Pike, "On the Lateral Balance of Domestic Cats," Proceedings of the East Asian Curiosity Society, Vol. 7, No. 1, 1972, pp. 44-68.
- ^ 浅草猫芸保存会編『昭和前期における猫の逆立ち実態調査報告』保存会資料第4号, 1932年.
- ^ 田所一也『都市縁起としての反転動作』民俗と身体, 第18巻第2号, 2006年, pp. 15-39.
- ^ N. S. Whitcombe, "The Cat Handstand and Public Morality," London Review of Zoo-Performance Studies, Vol. 5, No. 2, 1988, pp. 88-103.
- ^ 『ぼくのねこはさかだちできる』編集委員会『児童文学と動物芸』青少年図書振興社, 1974年.
外部リンク
- 浅草猫芸保存会公式資料室
- 日本反転動作学会アーカイブ
- 東京民俗身体技法データベース
- 縁起担ぎ文化研究センター
- 猫芸年表ミュージアム