はまじMAX
| 名称 | はまじMAX |
|---|---|
| 別名 | MAX号令、浜路型最大化法 |
| 起源 | 昭和後期の横浜港周辺とされる |
| 発案者 | 浜路健三郎ほか数名 |
| 用途 | 作業統率、祭礼演出、広告効果測定 |
| 特徴 | 短時間での反復発声、肩回旋、三段階の礼 |
| 普及地域 | 関東臨海部、東海の一部 |
| 関連団体 | 横浜臨港文化研究会、港湾演目保存協議会 |
| ピーク期 | 1994年から2003年 |
はまじMAX(はまじまっくす、英: Hamaji MAX)は、神奈川県横浜市を中心に発展したとされる、最大出力の掛け声と高速姿勢制御を併用する都市型パフォーマンス様式である[1]。もともとは港湾労働者の作業効率化を目的として考案されたとされるが、のちに地域祭礼、広告演出、さらにはのバラエティ番組へと浸透したとされる[2]。
概要[編集]
はまじMAXは、一定の節拍に合わせて「はまじ」の語を唱えながら、上体をわずかに前傾させてから一気に戻す所作を伴う演目・作法の総称である。一般にはの荷役現場で自然発生したとされるが、研究者の間では昭和51年にの仮設倉庫で試験運用された「声量増幅訓練」が原型であるとの説が有力である[1]。
もっとも、名称に含まれる「MAX」の語は当初から存在したわけではなく、現場で使われていた「まじで最大」という冗談めいた掛け声を、後年になって広告代理店が英字化したものとされる。なお、初期資料の一部には「HAMAJI-MX」と記されたものもあり、要出典ながら、これが東京都内の看板制作会社の誤植を契機に定着したという逸話が残る。
歴史[編集]
成立期[編集]
起源については、1976年夏にの岸壁で行われた臨時訓練が最初とされる。この訓練では、20名の荷役班が1分間に48回の号令応答を求められ、応答率が87.5%を超えると「MAX判定」が下る仕組みが導入されたという。発案者とされる浜路健三郎は、元の記録係で、紙吹雪の舞う慰労会で偶然この方式を披露し、奇妙な熱狂を呼んだと伝えられる。
この時期のはまじMAXは、まだ競技性よりも現場効率の向上に重きが置かれていた。特に、積み荷の合図を三拍子に揃えることで、フォークリフトの停止時間が平均で0.8秒短縮されたとされるが、測定に使われたのが手巻き式ストップウォッチ7本だけであったため、後世の検証は難しい。
普及期[編集]
1984年には、の地域振興課がこれを「港湾文化の可視化資産」と位置づけ、周辺で公開実演を実施した。ここで初めて、腰の位置を固定したまま肩を三回だけ大きく回す「MAX三回旋」が標準化され、観客の拍手のタイミングまでマニュアル化された。
さらに、民放の深夜番組『夜の臨港特報』がこれを取り上げたことで、一般家庭にも知られるようになった。番組内では、はまじMAXの熟練者が食卓で醤油差しを一斉に持ち上げる演出まで行い、翌週の視聴率が前週比で2.3ポイント上昇したとされる。もっとも、この数字は制作局内のファクス紙にだけ残っており、後に編成部が「勢いで書いた可能性がある」とコメントしたという。
制度化と衰退[編集]
にはの外郭事業として「はまじMAX認定講習」が開始され、初級・準中級・港湾上級の三段階に分けられた。受講者は、1回の実演で息継ぎを2回以内に抑えること、足幅を37センチ以上開かないこと、そして「MAX」の後に0.4秒の沈黙を置くことを求められた[2]。
しかし、前後になると、音量規制と安全基準の厳格化により、実演可能な場所が急減した。とくに地区では、反響音が想定を超えたため、隣接する商業施設の自動ドアが一斉に誤作動した事例が報告され、以後は屋内での披露が事実上禁止された。これにより、はまじMAXは次第に祭礼芸として残るのみとなった。
技法[編集]
はまじMAXの基本動作は、「起」「承」「爆」の三部構成である。起では両手を腰骨の高さまで引き、承では胸を張らずに肩甲骨のみを開き、爆で語尾を上げずに「まじ」を最大音圧で発する。熟練者は、この爆の瞬間にに準じた姿勢角度を維持できるとされる。
また、派生技法として「波止場返し」「倉庫反響」「二重敬礼」が知られている。とくに波止場返しは、号令後に0.7拍遅れて身体を戻すもので、の旧倉庫街で好んで用いられた。この遅延は単なる癖ではなく、荷崩れ防止のための安全配慮であったと説明されることが多い。
一方で、映像記録の分析からは、実演者の多くが最後の一礼で必ず右足を4センチだけ引くことが判明している。これが「港の風に耐えるための重心調整」なのか、それとも単に床板の軋みを避けていたのかについては、いまなお意見が分かれている。
社会的影響[編集]
はまじMAXは、単なる掛け声文化にとどまらず、企業研修や地域防災訓練にも応用されたとされる。特に1998年の神奈川県広報資料では、避難誘導の集団統率において「短音・強調・停止」の三要素が有効であるとして、はまじMAX式の応答法が参考例に挙げられた[3]。
また、広告業界では、商品名の末尾に「MAX」を付す流行の先駆けになったという説がある。これにより、缶飲料、作業靴、さらには病院の待合椅子にまで「MAX」表記が増えたが、実際に売上へどの程度寄与したかは不明である。なお、要出典とされているが、1990年代後半の横浜圏で「MAX」を含む商標出願が妙に集中していたことは、特許公報の断片から確認できるともいわれる。
批判と論争[編集]
批判の多くは、はまじMAXがあまりに音量に依存するため、近隣環境との摩擦を生みやすい点に向けられた。とくにの集合住宅で、練習会のたびにエレベーターが「到着音ではなく応答音に聞こえる」として苦情が相次ぎ、管理組合が臨時に「MAX使用届」を導入した事件はよく知られている。
また、起源をめぐっては「労働文化説」と「放送演出説」が対立している。前者は現場の自発的所作を重視するが、後者はテレビ局の演出部が観客の反応を測るために作為的に拡散したと主張する。いずれの説も決定打に欠けるが、浜路健三郎本人が晩年に残した「最初は冗談、次に習慣、最後に制度」という言葉が、双方の論者に都合よく引用されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 浜路文化史編纂委員会『はまじMAX成立史』港都出版, 2008.
- ^ 佐伯 直人『臨港の掛け声と身体技法』神奈川学術叢書, 2011.
- ^ Margaret A. Thornton, "Shouts, Timing, and Dock Labor in Postwar Yokohama," Journal of Urban Folklore, Vol. 18, No. 2, 2014, pp. 44-71.
- ^ 小田切 恒一『横浜港と反復号令の研究』関東社会文化研究所, 2002.
- ^ Kenji H. Hamaji, "MAX Intonation and Crowd Synchronization," Pacific Performance Studies, Vol. 7, No. 1, 1997, pp. 12-39.
- ^ 藤堂 みさき『都市型儀礼としてのはまじMAX』みなと文庫, 2017.
- ^ 横浜市技能振興財団『はまじMAX認定講習要覧 第3版』, 1999.
- ^ Robert L. Evans, "From Port Chant to Brand Suffix: The MAX Boom," Asian Media Quarterly, Vol. 24, No. 4, 2005, pp. 201-228.
- ^ 神奈川県地域振興部『港湾文化資産調査報告書』, 1996.
- ^ 中村 望『HAMAJI-MX表記揺れの実証的検討』文字と社会, 第12巻第3号, 2020, pp. 88-93.
- ^ Emily Watanabe, "The 0.4-Second Silence in Japanese Crowd Rituals," Review of Applied Ethnography, Vol. 9, No. 3, 2019, pp. 5-26.
- ^ 『まじで最大の民俗誌』東海道未来社, 2013.
外部リンク
- 横浜臨港文化研究会アーカイブ
- 港湾演目保存協議会デジタル資料室
- 神奈川都市儀礼データベース
- MAX号令研究ノート
- はまじMAX普及財団