みほまみぃ
| 名称 | みほまみぃ |
|---|---|
| 別名 | 三段抑揚法、みほ式語尾符号 |
| 成立 | 1987年頃 |
| 提唱者 | 三輪保子、浜田真澄 ほか |
| 起源地 | 東京都文京区・台東区周辺 |
| 主な用途 | 会話の感情補助、口頭メモ、商店街内の短文通信 |
| 流行期 | 1989年 - 1994年 |
| 記号数 | 基本14種、派生31種 |
| 主要資料 | 文具通信研究会『みほまみぃ手引』 |
みほまみぃは、の下町で始まったとされる小規模なの一種で、語尾の抑揚を三段階に分けて感情を伝える民間表現である。1980年代後半にの文具問屋街で体系化されたとされ、若年層を中心に一時期の流行語として知られた[1]。
概要[編集]
みほまみぃは、語末に付される微細な上昇・平坦・下降の三種の抑揚を、紙面上では小さな符号として置換するという独特の表記法である。沿線の商店街で店番をしていた若者たちの間で自然発生したとされ、会話の温度差を短く伝える手段として広まった。
一見すると単なる若者言葉であるが、実際には、、そして当時の携帯メモ文化が複雑に混ざって成立したとされる。後年にはの地域資料室に断片的な写しが収蔵され、研究対象として扱われるようになったが、資料の半数近くが個人ノートの複写であるため、由来にはなお異説が多い[2]。
歴史[編集]
成立前史[編集]
起源は頃の本郷にあった文具卸「三栄紙業」の帳場メモに求められることが多い。同店では電話応対が多く、同音異義の誤解を避けるため、語尾に三本線・点・丸を付けて感情を補ったという。この符号が、のちに「みほまみぃ」と呼ばれる体系の原型であったとされる。
ただし、初期の帳面はすでに散逸しており、現存するのはにの古書店で見つかった切れ端3枚のみである。そこには「いまから行くみほ」「了解まみぃ」などの例が確認でき、後年の研究者はこれを「極めて初期の実例」とみなした[3]。
体系化と流行[編集]
、とが共同で、抑揚を記号化した「みほまみぃ表」を作成したとされる。浜田はの予備校で言語学を学び、三輪はの雑貨店でレジ係をしていた人物で、両者が昼休みに手帳へ書き込んだ符号を交換し合ったことが体系化の契機になったという。
には、の貸会議室で開かれた「文具通信研究会 第4回試行発表会」で初めて口頭発表され、参加者47人中31人が賛同したと伝えられる。なお、この会合の議事録には「記号が可愛すぎて実務に向かない」との意見も残されているが、むしろその軽さが若年層に受け、商店街の掲示板や回覧メモに急速に浸透した。
普及と衰退[編集]
最盛期はからにかけてで、の高校3校、の喫茶店連合12店舗、さらに南部の文具チェーン2社が独自の簡略版を採用したとされる。最盛期の利用者数は推定で約18,400人であり、うち約6割が「口頭よりメモで使う」と回答したという調査結果がある[4]。
一方で、抑揚の違いが細かすぎて会話相手に伝わらない、あるいは音声通話では再現しにくいという問題があり、普及後には実用性が低下した。1996年頃には、派生形の「みほまみぃ・ライト」が一時的に再評価されたものの、最終的には携帯絵文字に役割を奪われ、現在では地域文化史の項目として扱われることが多い。
特徴[編集]
みほまみぃの特徴は、意味を直接書かずに、語尾の曲線だけで丁寧さ、照れ、断念、催促を分ける点にある。基本記号は14種で、上昇線「/」、平坦線「―」、下降線「\」の組合せに、余白や点の有無を加えて31の派生が作られた。
研究者の間では、同体系がとの折衷であるという見方が多いが、実際には「覚えやすさ」を重視して設計されたため、意味論よりも運用の勢いが勝っていたともいわれる。とくに「みほまみぃ+二重点」は強い肯定、「まみぃ+折れ線」は遠慮を示すとされ、手帳の端に書かれた例文が口コミで広がった[5]。
記号体系[編集]
基本記号[編集]
基本記号は、上向き・水平・下向きの三種を軸に構成される。これにより、同じ「了解」であっても、上向きは積極的、水平は事務的、下向きは恐縮を伴う返答として読めるようになった。
版の手引では、記号の長さを3ミリ、7ミリ、12ミリの3段階に限定し、手書きの誤差を抑える工夫がなされた。だが実際には、喫茶店の伝票裏に描かれた記号が店ごとに微妙に異なり、これが「地域変種」を生む原因になった。
派生表現[編集]
派生表現としては、感嘆を表す「みほまみぃ!」、保留を示す「みほ…まみぃ」、照れ隠しの「みほまみぃ○」などが知られる。とくに「○」はの文具店で在庫印として流用されたため、記号本来の意味を離れて広まったという。
また、にの学生サークルが作成した「みほまみぃ早見表」では、記号の組合せに対して天気予報のような説明文が付され、たとえば下降線は「今日は静かに帰るべし」と解釈された。これは後世の研究者から「実用を超えた詩化」と評されている。
社会的影響[編集]
みほまみぃは、単なる流行語ではなく、商店街の対面文化を支えた補助的記号として評価されている。特にとの一部では、値札の横に小さく付された記号によって「値引き交渉可」「本日入荷」「おまけ対象外」などのニュアンスが共有されたという。
また、学校現場では、生徒間のノート交換において「断りを柔らかく伝える」機能が注目された。1993年度のの内部報告では、生活指導上の「角の立たない返答例」として紹介されたが、同時に「過剰に使うと文章が全部ふわふわする」との注意も記されている[6]。
批判と論争[編集]
みほまみぃに対する批判で最も多いのは、表記が曖昧すぎて第三者には読めないという点である。実際、の商業振興課による聞き取りでは、掲示メモの解釈が店舗ごとに異なり、同じ記号が「本日休業」と「本日大安売り」の両方に読まれた事例が報告されている。
さらに、体系の提唱者とされるとの役割分担をめぐっては、後年まで論争が続いた。三輪を「実質的な創案者」とする説と、浜田の予備校ノートを起点とみなす説があり、でも結論は出ていない。なお、両者の親族が保存していたとされる原本の所在は不明である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三輪保子『みほまみぃ手引』文具通信社, 1991.
- ^ 浜田真澄「語尾抑揚の可視化と商店街メモ」『日本記号文化研究』Vol. 8, No. 2, pp. 41-58, 1994.
- ^ 佐伯直樹『下町の符号体系』東都出版, 1998.
- ^ Margaret L. Hensley, "Urban Pitch Marks in Postwar Tokyo", Journal of Applied Semiotics, Vol. 12, No. 4, pp. 201-226, 2001.
- ^ 木下由里「みほまみぃ派生表現の地域差」『東京都立民俗資料館紀要』第17巻第1号, pp. 5-19, 2003.
- ^ T. Nakamura, "When a Dash Becomes a Feeling", Bulletin of East Asian Folk Notation, Vol. 3, No. 1, pp. 77-89, 1996.
- ^ 文京区地域文化保存会『本郷・湯島の手書き文化』文京文化叢書, 2004.
- ^ 田所春夫『みほまみぃと日本語終助詞の関係』学術通信社, 2007.
- ^ Elena V. Morita, "The Three-Step Intonation System and Its Social Afterlife", Tokyo Review of Linguistic Folklore, Vol. 5, No. 2, pp. 133-150, 2010.
- ^ 『みほまみぃ完全図解大全』中央図表出版社, 2012.
外部リンク
- 文具通信研究会アーカイブ
- 東京都地域記号資料室
- 下町表記文化データベース
- 日本民間符号学会
- みほまみぃ保存協議会