わしかすくん
| 名称 | わしかすくん |
|---|---|
| 初出 | 1987年頃とされる |
| 発祥地 | 長野県木曽郡(諸説あり) |
| 性格付け | 自嘲的・節約志向・再起型 |
| 主要媒体 | 地域広報紙、貼り紙、自治体キャンペーン |
| 関係団体 | 木曽生活改善連絡協議会、信州再資源化推進室 |
| 標語 | かすでも、まだ飛べる |
| 派生形 | わしかすくんJr.、紙わしかす、半透明版 |
| 象徴色 | くすんだ黒と再生紙の茶 |
わしかすくんは、の若年層向けローカルキャラクター運動において用いられる、自己卑下と再生を両立させた小型マスコットの総称である。もともとは北部ので、古紙回収箱に描かれた一匹のカラスの落書きから始まったとされる[1]。
概要[編集]
わしかすくんは、末期から初期にかけての一部自治体で観測された、低コスト啓発用キャラクターの一種である。愛着を喚起しつつも、どこか哀愁を残す造形が特徴とされ、のちに「自己肯定感の低い地域PR」として研究対象になった[2]。
名称は「わしはかすである」という方言的自虐句に由来するとされるが、実際にはの印刷会社が誤植を修正しなかったことから定着したという説が有力である。一方で、の山間部に伝わる「烏の皮をかぶった案内役」の伝承が下敷きになったとの指摘もあり、起源は現在でも二重化している[3]。
歴史[編集]
誕生期[編集]
最初期のわしかすくんは、にの公民館で配布された「分別すれば、わしも生きる」という手書きチラシに描かれていたとされる。描き手は当時28歳の臨時職員・で、彼が夜間の輪転機に誤って残した墨汁を拭う際、偶然できた斑点を「鳥に見えた」と証言した記録が残る[4]。
普及期[編集]
には内の商店街で、わしかすくんの姿を印刷した「節電協力札」が1,200枚配布され、3日で約8割が持ち去られた。これについては、住民が冷蔵庫に貼るために剥がしたという説と、商店街の猫が集中的に引きはがしたという説が並立している。なお、当時の環境衛生課の内部文書には「鳥なのか、焼き鳥の残骸なのか判然としない」との極めて率直な記述がある[5]。
制度化と迷走[編集]
、はわしかすくんを正式な分別啓発図版として採用したが、ここで初めて「くちばしの角度を12度以上下げてはならない」という謎の作画規定が策定された。これにより、同一キャラクターでありながら表情だけが妙に悲壮になる版が各地で流通し、児童向けパンフレットに載った個体はほぼ全て人生に疲れているように見えると評された[6]。
特徴[編集]
わしかすくんの最大の特徴は、再生紙を模した胴体と、片方だけ少し欠けた翼である。この欠損は「資源の不足を否定しないデザイン」として肯定的に解釈されたが、実態としてはの下請け工場で版下を切り損ねた事故が元であるともいわれる[7]。
また、口元に見える半円形の線は、微笑ではなく「紙詰まりを見守る沈黙」を表現しているとされる。1990年代後半の研究では、この無表情さがの不信感を和らげる効果を持つとされ、の一部学校では「説教しない先生」の比喩として児童に説明されたという。
派生デザインとしては、反射材を貼った夜間交通安全版、雨天時にのみ現れる水性インク版、さらに新聞折込の端材を再利用した「紙わしかす」が知られている。とくに紙わしかすは折り目を伸ばすと別の顔が現れる構造になっており、実物を保管していたの資料室では、湿度管理が悪く全員が同じ絶望顔になったことがある。
社会的影響[編集]
わしかすくんは、単なるキャラクターにとどまらず、の地方広報における「貧しさの言い換え」の代表例として扱われている。特にの不況期には、自治体が豪華なマスコットを避け、逆に「地味であること」を価値化する流れが生まれ、わしかすくんの模倣図案が全国で少なくとも43件確認された[8]。
一方で、商店主らからは「かわいいが、景気が悪そうに見える」との苦情も出た。これに対し、の広報担当は「景気の良し悪しを隠さない誠実さがある」と説明したが、その後のアンケートで満足度は62.4%にとどまり、うち11.3%は「見ていると麦茶が飲みたくなる」と回答した。
さらに、にはのデザイン学会で「わしかす現象」として口頭発表が行われ、以後、自己卑下を伴う地域キャラ研究の基礎事例とされた。なお、同発表ではスライド14枚中9枚が白背景で、研究者が「これ以上は描くと逆にうるさい」と述べたと伝えられる。
批判と論争[編集]
わしかすくんをめぐっては、長らく「啓発効果が高いが、精神衛生に影響するのではないか」という批判があった。特にの地方ニュースでは、園児がわしかすくんの着ぐるみを見て一斉に後ずさりした映像が放送され、放送後に視聴者からの問い合わせが231件寄せられた[9]。
また、由来をめぐる論争も根強い。地元では「木曽の山鳥を簡略化したもの」とする説が主流であるが、民俗学者のは「これは戦後復興期の紙資源配給制度への皮肉が、鳥の姿に固定化したもの」とする異説を唱えた。これに対し、行政側は「そこまで深い意味はない」としつつ、結果的にその曖昧さが広報上有利に働いたことを認めている。
なお、2010年代以降はSNS上で「わしかすくんを見ると自分の部屋も片付けたくなる」という反応が広がったが、同時に「片付ける前に自分が分別されそう」との投稿も増え、キャラクターの再評価と再不安化が同時進行した。
派生文化[編集]
わしかすくんは、自治体の枠を超えて二次創作的に展開された数少ない啓発図案でもある。特に・・の一部では、新聞紙で作る折り鶴ならぬ「折りかすくん」が流行し、地域の公民館で年4回ほど講習会が開催された[10]。
また、にはの民芸イベントで、わしかすくんの顔を漆で埋める「再生塗り」が発表され、来場者の一部が「これはもはや修復ではなく鎮魂である」と評した。こうした文化的受容の広がりにより、わしかすくんは単なるキャラクターではなく、「使い切れない悲しみを可視化する装置」として扱われるようになった。
一方で、地元の中学校では美術課題として採用された際、37人中29人が翼を描き忘れ、結果として全員がただの黒い石ころのような作品を提出したという。これがのちに「無理に飛ばせない教育実践」として教育委員会で資料化されたのは、わしかすくん史の中でも特に奇妙な出来事である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 藤森清三『木曽生活改善と烏図案の成立』信州地方史研究会, 1994.
- ^ 大槻由里子「再資源化広報における自己卑下表象」『民俗と都市』Vol. 18, No. 2, 2002, pp. 41-58.
- ^ 中村義彦『地方啓発キャラクターの系譜』中央公論社, 2008.
- ^ Harold W. Kline, “Low-Esteem Mascots and Community Recycling,” Journal of Civic Design, Vol. 7, No. 1, 1999, pp. 12-29.
- ^ 佐伯麻衣子「わしかすくん作画規定の変遷」『広報技術年報』第12巻第4号, 2005, pp. 203-219.
- ^ M. A. Thornton, “Feathers of Frugality: Rural Mascots in Post-Industrial Japan,” Asian Folklore Review, Vol. 14, No. 3, 2011, pp. 88-107.
- ^ 木曽郡広報資料編纂室『平成の分別指導と図像統制』木曽郡役場出版局, 1996.
- ^ 渡辺精一郎『自治体PRにおける哀愁の美学』日本都市文化研究所, 2015.
- ^ Emily R. Sayers, “The Bird That Wouldn’t Smile,” Design and Public Memory, Vol. 22, No. 4, 2017, pp. 301-318.
- ^ 信州再資源化推進室編『くちばし角度12度規定の実務』県政資料社, 1993.
- ^ 木曽生活改善連絡協議会『折りかすくん講習録』第3集, 2014.
外部リンク
- 木曽民俗図案アーカイブ
- 信州再生紙研究所デジタル年報
- 全国自治体マスコット監察会
- わしかすくん保存会
- 地方広報デザイン資料館