んだべざ
| 分野 | 民俗芸能・即興パフォーマンス |
|---|---|
| 地域 | (胆振〜上川の一部) |
| 成立期 | 40年代前後 |
| 形式 | 呼吸拍(こきゅうはく)と語尾終止の遊び |
| 主な担い手 | 駅前広場の語り屋(かたりや) |
| 関連語 | んだべ/ざんだ/ベザ鳴らし |
| 類似慣行 | 路上漫談・即売の口上 |
(んだべざ)は、の内陸方言圏で発生したとされる、即興の即売芸(じきばいげい)を核とする地域慣行である。音の伸びと呼吸の間を競う「語り節(がたりぶし)」として、昭和後期に一時的に注目された[1]。
概要[編集]
は「んだべ」(同意や確認の語気)と「ざ」(語尾の切れ)を、わざと崩した発声でつなぎ、最後に短い間(ま)だけ客の反応を待つ形式として記録されている。語り屋は台本を持たないが、代わりに「呼吸拍の型」と「返しの型」を体で覚えるとされる[1]。
成立のきっかけとしては、鉄道の駅前での即売が増えた時期に、買い手の注意を奪わずに商品説明へ誘導する手段として広まった、とする説がある。実際、当時の広報誌には「30秒以内で“聞く耳”を作る」ことが目標と書かれていたとされる。ただし、この数字は後年の聞き書きが混在しており、どの駅の誰が言ったかには揺れがあると指摘されている[2]。
芸としての特徴は、内容よりも「伸ばし」「止め」「跳ね返し」の設計にあるとされる。たとえば「んだべざ」を名乗る人々は、発声の最後を3段階で変えることがある。第1段階は“確認”、第2段階は“譲歩”、第3段階は“余白”であり、余白が最も長いと拍手が増える、と観察が共有されたという[3]。
歴史[編集]
発生—「売り場の沈黙」を埋める装置として[編集]
語源は諸説あるが、最も語られた筋書きでは、の地方補修工事の休憩所で、作業員が互いの声を聞き取りやすくするために“息継ぎの位置”を統一したことが起点とされる。そこで使われた合図が「んだべざ」だとされ、特に吹雪のときに耳が遠くても意味が通るように設計されたと説明される[4]。
この説の背景には、当時の駅前が「客が黙って通り過ぎる時間」で測られていたという逸話がある。ある記録では、通り過ぎが最も増えるのは平均で2分13秒後だとされる。語り屋はその2分13秒を、確認語と語尾切れで“二段に割る”ことで歩行速度を落とそうとした、とされる[5]。数値は一見科学的だが、測定者が誰かは不明で、のちに別の町の観察が混ぜられた可能性も指摘されている[6]。
なお、最初期の型は「んだべ(短)→ざ(鋭)→沈黙(長)」の順だったとされるが、後に「ざ」を丸くし、沈黙を“客の気配に合わせて伸ばす”方向へ変化したとされる。この変化はの小さな寄席で起きたという話で語られることが多い。ただし、寄席の名称は伝承ごとに異なり、同じ施設を別名で呼んだ可能性があるとされる[7]。
拡散—大学の「聴取研究班」が面白がって市民化した[編集]
の言語研究に近いグループが、駅前の即売を「臨床的会話」だと見なして記録し始めたのが、を広く知らしめた転機とされる。研究班は「声の末端情報量」を評価する独自の指標を作り、語尾の“切れ”が購買意欲と相関する可能性を示したと報告された[8]。
研究班のメンバーとして名前が挙がるのはらである。彼は“方言は訂正されるほど滑稽になり、滑稽さは購買の前段階になる”と書き残したとされる。もっとも、その文章は後年に転記されたため、原文の語順には揺れがあるとする指摘もある[9]。
市民化の過程では、周辺の商店街が「んだべざ祭」を作り、各店舗で同じ型を唱和させたという。あるパンフレットでは参加条件が「発声時間が合計72秒であること」とされていた。実際には72秒の内訳が店舗ごとに違い、語り屋同士で“短いざ”を奪い合う競争が起きたとされる[10]。この競争が、形式を固定化する代わりに“間違いを間違いとして楽しむ”文化を強めた、と分析された。
現代—観光資源化と「誤解の商売」が生んだ摩擦[編集]
観光資源化した時期には、短い動画を模倣する層が増え、「内容抜きでそれっぽければ良い」という誤解が広まったとされる。そこで、語り屋たちは“内容を落としてはいけない”と主張し、「商品説明の一文目だけは絶対に噛まない」と独自の戒律を作った[11]。
一方で、近年は模倣者が増えた結果、地元の言葉としての意味が薄れるという批判も出た。特にのイベントで、語尾の切れを無理に真似た参加者が喉を痛めたという報告があり、主催側は「沈黙は1回に限る」などの安全ルールを追加したとされる[12]。ただし、そのルールが医学的根拠に基づくのかは不明で、パンフレットに「医師の確認(口頭)」としか書かれていないとされる。
このようには、地域の即興として始まりながら、市場と研究と観光の間で意味を変形させ続けた、と総括されている。結果として、何をもって“上手い”とするかが論点になり、最終的には「拍手の長さではなく、次に何を言わせたかで評価する」文化へ移ったと報告されている[13]。
批判と論争[編集]
には、正当な継承者の説明不足が原因で生じた誤解が多いとされる。たとえば、全国展開した宣伝記事では「んだべざ=語尾遊び」と要約されがちであるが、地元では語尾よりも“待たせ方”が重要だとされている[14]。
また、大学側の研究が「購買行動の解析」を強調しすぎたため、言葉遊びが消費技術に回収されたという反発が起きたとされる。批判の中には、研究班が撮影した映像の扱いに関する不透明さを指摘する声があり、内の市民団体が公開を求めたとされる。ただし、その公開要請の回数(総計19回)だけが強調され、実際の決定プロセスは議事録に現れないと指摘されている[15]。
さらに、形式を規定する“型”が増えすぎたことにより、現場で「型を守ることが目的化する」問題が起きたとされる。語り屋の間では、型は「破って良いときにだけ使う」ものであるという立場が強く、観光客向けの教室が“破れない型”を教えてしまった点が論点になった[16]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『末端情報と買い手の沈黙』北海言語研究叢書, 1987.
- ^ M. Thornton『Phonetic Endings in Marketplace Speech』Journal of Rural Linguistics, Vol.12 No.3, pp.41-62, 1991.
- ^ 佐藤里美『呼吸拍にもとづく即興発声の型』北海道社会音響学会, 第9巻第2号, pp.11-29, 1994.
- ^ 高橋武雄『駅前会話の統計的観察(胆振版)』【小樽】市民研究会, 1999.
- ^ K. Watanabe『Silence as a Conversational Resource』Proceedings of the North Pacific Pragmatics Conference, pp.201-219, 2002.
- ^ 伊藤明人『語尾切れと拍手反応の相関:仮説と現場』音声実践学研究, Vol.5 No.1, pp.88-103, 2006.
- ^ 鈴木康介『即売芸の倫理規定と安全拍』北海道民俗文化資料館紀要, 第3巻第4号, pp.55-77, 2010.
- ^ Editorial Desk『The Ndaweza Affair and Regional Authenticity』Hokkaido Folklore Review, Vol.18 No.2, pp.1-12, 2014.
- ^ 山田けい子『沈黙を測る:2分13秒の伝承史』北方生活叢書, 2016.
- ^ P. Dubois『Improvisation, Consumption, and the Spoken “Pause”』International Journal of Performance Pragmatics, Vol.23 No.6, pp.301-330, 2018.
- ^ 【北海道】文化庁編『観光資源としての語り節—事例集』文化庁地域創生資料, pp.10-33, 2021.
- ^ 不明『んだべざの72秒ルール(口頭資料)』駅前文化連盟(非売資料), 1981.
外部リンク
- 北海道駅前語りアーカイブ
- 北海即興発声研究会
- 小樽路上芸術ログ
- 語尾切れ計測プロトコル(市民版)
- 北海道民俗文化資料館 追加資料室