ゲロうにょ
| 分類 | 都市俗語、玩具文化、擬態表現 |
|---|---|
| 起源 | 1974年ごろの東京都江東区の排水試験区画 |
| 提唱者 | 田島義一郎、三浦ルイ子 |
| 主な用途 | 玩具、掛け声、現場の警告語 |
| 流行期 | 1981年 - 1987年 |
| 関連機関 | 玩具行政研究会、首都圏流体音響協議会 |
| 象徴色 | 黄緑と灰白 |
| 標準長 | 全長13.7cm前後の鳴り筒 |
ゲロうにょは、後期の下水技術と民間玩具文化の接点から生まれたとされる、粘性発泡を伴う擬態現象およびそれを模した玩具的表現である[1]。当初は工業用排水の逆流音を指す現場俗語であったが、のちにの提唱により、子ども向けの鳴り物玩具として一般化したとされる[2]。
概要[編集]
ゲロうにょは、泡立った泥水が細い管から断続的に押し出される際の音態を模した語であり、のちにその音を再現する玩具の総称としても用いられた。現在では内の一部の資料館や、昭和玩具を扱う骨董店で見かけられることがある。
この語の特徴は、擬音語でありながら手触りの記憶を強く喚起する点にあるとされる。また、語尾の「うにょ」は本来、が1976年に採用した安全確認音「ウニョン」に由来するとする説が有力である[要出典]。
成立[編集]
最初期の記録は、江東区の辰巳試験排水路において、の委託を受けた技師・田島義一郎が残した現場ノートに見られる。田島は逆流時の「げろげろ」という音が管壁の曲率によって「うにょ」と尾を引くことを発見し、仮に「ゲロうにょ現象」と記した[3]。
これに対し、民間側では玩具設計士の三浦ルイ子が、同年秋にの小規模工房でこの音を再現する紙筒玩具を試作した。三浦は、筒内にを含ませた豆粒大の発泡体を入れることで、振るたびに「ぐにゅ」「うにょ」と変化する音を得たとされる。なお、この試作は当初、児童向けではなく、工場見学の注意喚起装置として設計された。
1977年にはが、工業音を児童文化に転用する「転用玩具」分類を提案し、ゲロうにょをその代表例に位置づけた。ここで初めて、現場用語の「ゲロ」と柔らかな尾音「うにょ」が一体化した名称が、公文書上でも半ば公認されたとされる。
製品化[編集]
製品化は、和光市の有限会社ミドリ声具が発売した「ゲロうにょ 1号」によって決定的となった。同製品は、透明塩化ビニルの筒、低反発スポンジ、微量の重炭酸発泡剤から構成され、振動のたびに内部の圧力弁が微妙に開閉する仕組みであった。
初回出荷数はであったが、発売直後に「児童が不快感を抱く名称」であるとの意見がから出され、回収率は23.6%に達した。それにもかかわらず、地方の駄菓子屋では「音がやみつきになる」として人気が出て、1983年には年間売上がまで伸びたとされる。
一方で、同時期に少年育成課が「校内で連呼されると秩序維持を妨げるおそれがある」として、都内23区の一部小学校へ注意喚起文を送付したことが知られている。これが逆に話題を呼び、教室での隠語として広まったとの指摘もある。
構造と用法[編集]
音響構造[編集]
ゲロうにょの音は、低域の「ゲロ」成分と、上昇する滑音「うにょ」成分の二層構造で説明される。1984年に理工学部の高橋正道が行った模擬圧力試験では、内部空気量が3.2ccを超えると「うにょ」比率が急上昇することが示されたという[4]。ただし、実験装置の大半が学生寮の湯沸かし器を転用したものであったため、再現性には疑義がある。
日常用法[編集]
日常会話では、驚きや軽い不快を表す語として用いられた。たとえば、弁当の蓋がずれたときに「今日の玉子焼き、ゲロうにょだね」と表現する地域的慣行がの一部で確認されているとされる。また、祭礼時には子どもが拍子木の代わりに「ゲロうにょ」と叫ぶ遊びがあったというが、民俗学的な裏付けは乏しい。
教育現場での採用[編集]
1980年代後半には、の公立幼稚園数園で、感情の強弱を学ぶ教材として採用された。園児が木箱を叩きながら「ゲロ」「うにょ」を言い分ける訓練を受けたという記録があり、保護者説明会では半数以上が笑いをこらえきれなかったとされる[5]。
社会的影響[編集]
ゲロうにょは、単なる玩具名にとどまらず、末期の「不快を笑いに変換する」都市感覚の象徴とみなされた。特に、泡・粘度・変形という要素が、当時の家庭用洗剤、育児、工業安全教育の文脈にまたがって受容されたことが大きい。
のテレビ番組『夕方ワイド首都点描』で紹介された際には、視聴者ハガキが2,700通寄せられ、そのうち約4割が「子どもが真似して困る」という苦情、3割が「懐かしい」、残りが「意味がわからないが欲しい」であった。これにより、ゲロうにょは“説明不能だが売れる”商品の典型として流通業界で語られるようになった。
また、船橋市では1991年に「ゲロうにょ保存会」が結成され、毎年6月の第2日曜に鳴り筒の洗浄実演を行っている。会員数は2024年時点で87名であるが、うち19名は実際には音響機器マニアであるとされる。
批判と論争[編集]
もっとも、ゲロうにょに対しては当初から「排水設備の俗称を過剰に商品化したものにすぎない」とする批判があった。とりわけの一部理事は、名称が衛生的イメージを損なうとして強く難色を示した。
一方で、文化人類学者の中野史朗は、ゲロうにょが「汚物語彙を無害化し、共同体の笑いへ変換する装置」であると擁護した。ただし中野自身、1989年の講演で誤って試作品を振りすぎ、壇上の花瓶を倒したことが記録されている。
2003年にはのレファレンス・サービスに「ゲロうにょは実在するか」という問い合わせが3件寄せられたが、担当者は「玩具資料としては確認できるが、概念史は不安定」と回答したとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田島義一郎『辰巳試験排水路音響記録』東京都下水道局資料室, 1975年.
- ^ 三浦ルイ子『鳴り筒と幼児反応の相関』日本玩具工業会研究報告, Vol. 12, No. 3, pp. 44-59, 1982.
- ^ 高橋正道『圧力弁の滑音化に関する実験的検討』早稲田理工紀要, 第41巻第2号, pp. 113-129, 1984年.
- ^ 中野史朗『都市雑音の民俗誌』青空社, 1990年.
- ^ 首都圏流体音響協議会編『うにょ音の基礎と応用』協和出版, 1978年.
- ^ 佐伯みどり『ゲロうにょと昭和末期の玩具市場』玩具経済評論, 第8巻第1号, pp. 7-21, 1987年.
- ^ Margaret L. Thornton, “Elastic Utterances in Postwar Tokyo,” Journal of Applied Folklore, Vol. 19, No. 4, pp. 201-226, 1996.
- ^ John P. Kelsey, “A Preliminary Study of Vomit-Adjacent Onomatopoeia,” Proceedings of the East Asian Sound Toy Symposium, pp. 88-94, 2001.
- ^ 山根健一『子どもが真似する音の行政学』中央法規出版, 2004年.
- ^ 中里あや『ゲロうにょ保存会の十年』船橋民俗資料叢書, 第3巻第1号, pp. 1-33, 2002年.
- ^ 鈴木孝志『泡と笑いの境界線――ゲロうにょ再考』東京文化レビュー, 第27巻第6号, pp. 66-80, 2018年.
外部リンク
- ゲロうにょ保存会公式記録室
- 首都圏流体音響協議会アーカイブ
- 昭和玩具データベース
- 玩具行政研究会 議事録閲覧室
- 辰巳試験排水路文化資料館