コスタ・デル・ソル
| 名称 | コスタ・デル・ソル |
|---|---|
| 種類 | 海岸型リゾート複合施設(光学計測塔・市場・桟橋を含む) |
| 所在地 | |
| 設立 | 1932年(開業)/(塔竣工) |
| 高さ | 日照計測塔 83.7 m(基部から) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート躯体+耐塩コーティング外装(上部は軽量複合材) |
| 設計者 | 渡辺精一郎建築工房(意匠監修:E.ハルステッド) |
コスタ・デル・ソル(こすた・でる・そる、英: Costa del Sol)は、にある[1]。現在では、日照計測塔を核にした「晴れの産業文化」として知られている[1]。
概要[編集]
コスタ・デル・ソルは、の入江に所在する、海岸線そのものを「計測装置」として扱う海岸型リゾート複合施設である[1]。施設名は「太陽の稜線(りょうせん)」を意味する標準語的な語感として、当時の観光行政文書で用いられた語に由来するとされる[2]。
現在では、日照計測塔(通称・晴時計)が象徴とされ、塔の投影角度をもとに季節イベントの時間割が組まれる形式が残っている。なお、施設の理念は「天候を娯楽へ翻訳する」ことにあり、観光客にとっては“占い”に近い体験として受容されてきた[3]。この設計思想は、気象データの商業転用を巡る議論を呼び、行政・学術・業者が奇妙に同じテーブルで議論する契機にもなったとされる[4]。
名称[編集]
施設名の「コスタ・デル・ソル」は、港湾整備を担当したが1930年代に作成した観光パンフレット案の中で初めて採用されたとされる[5]。一方で、当初は「コスタ・ド・リズム」という表記揺れがあり、海辺での行進音(後述する桟橋の反響板)が“リズム計測”と結び付けられていた名残だと説明されている[6]。
名称の決定過程は、地元の時計職人組合が提案した「晴れの小節(しょうれのしょうせつ)」制度と結び付けられた、とする記録がある。ただし同制度の議事録は、現存する写しが2ページのみであり、残りは海上輸送中に失われたとされる[7]。このため、名称の語義については複数の解釈が並立している。
なお、施設側では名称を「太陽の“沿岸文化圏”」として解釈する説明が行われているが、学術側では「測量用方位角を観光語彙へ転換した例」として扱われることが多いとされる[3]。
沿革/歴史[編集]
前史:日照を“売れる数”にする試み[編集]
コスタ・デル・ソルが形成される背景には、後半の“日照の商業化”があったとされる。特にの研究者が、入江ごとに日照角度の平均値が異なることを示し、観光事業者に向けて「晴れ指数」を配布したことが知られている[8]。
もっとも、その配布は学術資料というより、港町の季節労働の調整に使われた半民間データであった。結果として、数値は娯楽に転用され、露天市の開店時刻が“雲量”ではなく“光線の到達”で決められるようになったとされる[9]。この頃、日照を測る装置の簡便化が進み、計測塔を単なる設備ではなくシンボルに仕立てる発想が生まれたと推定されている[10]。
建設:1932年の「83点回廊」計画[編集]
施設の建設は1932年、と地元の観光組合が共同で立ち上げた「83点回廊」計画として始まったとされる[5]。この計画では、海岸線を測量し、観光動線上の“視界の良さ”を点数化した。記録上の内訳では、視界点が83点、風切り点が12点、そして反響点が7点という、やけに細かい配点が採用されたという[11]。
しかし実際には、塔の高さは設計段階で“83.7 m”に収束するまで3回変更され、最終的に「晴時計の影が地面の桟橋刻印と一致する」ことが条件になったとされる[12]。この変更理由について、意匠監修のは「数学は空を騙せるが、光は騙せない」と述べたと伝えられている[13]。
また、建設資材のうち耐塩コーティングは試作が5回行われ、そのうち2回が潮風で剥離したとされる。残り3回は“剥離方向”まで観光客向けの演出に転用できた、とする説明があるが、資料の整合性に欠けるとも指摘されている[14]。
施設[編集]
コスタ・デル・ソルには、日照計測塔、反響桟橋、潮香(ちょうこう)市場、光学回廊、そして「影の教室」と呼ばれる屋外展示区画が含まれる[1]。日照計測塔は83.7 mの高さを持ち、上部のレンズが海面の反射を受けて角度を記録する構造になっているとされる[12]。なお、この角度は“未来の天気”ではなく、あくまで当日の演目時間を決めるために使われたとされる[2]。
反響桟橋では、桟橋板の厚みが異なる区画が設けられ、歩行音が一定の周波数帯に揃うよう調整されていると説明される[6]。一方で、実地調査報告では「必ずしも同一の音程にならない」ことが指摘されており、来訪者の歩幅によって“誤差”が生まれる設計思想だと解釈されている[15]。
潮香市場は、海産物販売だけでなく、当日計測された晴れ指数に応じて香りの強弱が変わる「照香(しょうこう)」の仕組みを持つとされる[9]。この仕組みは“食品の香り調律”という名目で導入されたが、後年には広告表現の過剰さを巡って注意を受けた経緯があると記録されている[4]。
交通アクセス[編集]
コスタ・デル・ソルはの近郊区間から、徒歩またはシャトルで到達するとされる。とくに冬季は海霧が出やすいことから、施設側が独自に運行していた「影灯(かげとう)バス」があったとされる[16]。このバスは前照灯ではなく、車体側面に設置した“影の色見本”で車幅を認識させる方式だったとされ、当時の新聞に奇妙な写真が掲載されたという[17]。
現在では、中心部から施設までの所要時間はおおむね22分と案内されている。ただし公式資料では、所要時間が「日照計測塔が1回転するまでの時間」という表現で書かれていた時期があり、利用者からは換算が難しいという声があったとされる[5]。その後、分単位の目安が整理され、距離換算では約3.6 km程度と説明されることが多い[18]。
なお、駐車場は潮香市場と同一敷地に設けられているが、高潮警戒時には一部区画が閉鎖される。施設の運用はが定めた暫定手順に従うとされる[5]。
文化財[編集]
コスタ・デル・ソルの中核設備である日照計測塔は、1998年に「海岸計測遺構」として登録されたとされる[19]。登録の理由は、構造が観光動線と一体化している点、また光学計測が“公共体験”の形で説明されていた点にあるとされる[2]。
さらに反響桟橋のうち、反響板として指定された区画については、材質や厚みが当初仕様に近い状態で残っているため、部分的に保全対象となっていると説明される[15]。もっとも、桟橋板の交換履歴が複数回にわたって記録されており、保存と再現の境界が曖昧だとする指摘もある[14]。
このように、施設は建造物としての価値と、計測・演出の技術文化としての価値が重ねて評価されているとされる。なお、登録文書では塔の高さが「83.6 m」と記される箇所もあり、調整痕の読み替えが議論になったことがあるとされる[20]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 南伊豆港湾振興局『沿岸文化回廊報告書(83点回廊)』自治体出版局, 1934年.
- ^ 浜名気象測候研究所『晴れ指数の実用化と観光動線への適用』測候技術研究会, 1931年.
- ^ 渡辺精一郎『沿岸施設の光学演出設計論』渡辺精一郎建築工房, 1936年.
- ^ E.ハルステッド『Optical Angles for Public Spectacle』The Meridian Press, 1935.
- ^ 加藤真理子『海霧下の交通認知と“影”の代替灯』『交通心理学雑誌』第12巻第3号, 2004年, pp. 41-58.
- ^ 中村礼央『日照の商業転用史——数字が踊る浜辺』東海大学出版, 2011年.
- ^ 静岡県教育委員会『海岸計測遺構 登録記録(第1次)』静岡県教育委員会, 1999年.
- ^ R. Hernandez『Coastal Instrumentation and Leisure Narratives』Vol. 7, No. 2, Journal of Coastal Arts, 2018, pp. 93-121.
- ^ 『港町の香り調律:照香運用の手引き』潮香機構監修, 1937年.
- ^ 菊地章太『観光行政文書における外来語採用のゆらぎ』『地域語彙研究』第5巻第1号, 2020年, pp. 10-27.
外部リンク
- コスタ・デル・ソル公式アーカイブ
- 南伊豆港湾振興局 デジタル展示室
- 晴時計の影測定ガイド
- 潮香市場 照香レシピ集(館内配布)
- 反響桟橋 音響モデル公開