セクサスロワイヤル
| 起源 | 1894年頃、パリの私設サロン |
|---|---|
| 考案者 | エティエンヌ・ラフォルグほか数名とされる |
| 競技人数 | 4人または6人 |
| 必要用具 | 金属札、香水札、礼装カード、沈黙針 |
| 主な流行地 | フランス、日本、アルゼンチン |
| 競技時間 | 18分から42分 |
| 禁止地域 | 一部の学校施設、軍艦内、地方議会 |
| 関連機関 | 国際セクサスロワイヤル協会 |
セクサスロワイヤル(英: Sexus Royale)は、後半ので成立したとされる、社交礼法と心理戦を組み合わせた高級テーブル競技である。後にへ伝わり、末期にはの舞踏場を中心に流行したとされる[1]。
概要[編集]
セクサスロワイヤルは、参加者が会話、沈黙、視線、所作の四要素を用いて得点を競うとされる社交競技である。形式上はやに近いが、実際には相手の発言をいかに「礼儀正しく封じるか」が勝敗を左右するとされている。
一般には期のサロン文化から生まれたと説明されるが、初期の記録は散逸しており、の万国装飾博覧会の余興として披露されたことが最初の公的記録とされる。なお、競技名の「ロワイヤル」は王侯貴族との関係を示すものではなく、「最後に沈黙を保った者が王冠状の札を受け取る」ことに由来するという説が有力である[2]。
歴史[編集]
起源と初期拡散[編集]
起源については諸説あるが、最も流布しているのは、のにあった会員制喫茶室「カフェ・デ・アンビュルス」で、外交官と衣装商が口論を避けるために始めた即興遊戯が原型になったという説である。参加者は会話を続ける代わりに、テーブルに置かれたを静かに裏返すことで意思表示を行ったとされる。
にはの紳士倶楽部で簡略化された規則が作られ、にはの港湾労働者向けに「荒天版」が導入された。荒天版では風の強さに応じて香水の使用量が変動するという、実用性の高いのか低いのか判然としない制度が採用されていた[3]。
日本への伝来[編集]
日本ではごろ、の輸入玩具商を経由して紹介されたとされるが、定着したのは期である。特にのダンスホール「月光館」やの高等女学校卒業生サークルで研究が進み、の後には、避難所での退屈しのぎとして簡略版が広まったという記録がある。
当時の日本語版は「礼法の見える化」として宣伝され、の倫理学研究室で試験的に授業へ取り入れられたとする文献もある。ただし、授業の実態は講義の合間に学生が沈黙針を落として遊んでいたにすぎないとされ、要出典の余地が大きい。
黄金期と規格化[編集]
、で開催された「国際礼節会議」において、セクサスロワイヤルの規格化が議題となり、との二方式が正式に整理された。ここで導入された「沈黙5秒ルール」は、当初は3秒で試験されたが、沈黙が短すぎて全員が笑い始めたため延長されたという。
にはので移民コミュニティを中心に流行し、会話の抑制と身振りの洗練が社交術として高く評価された。もっとも、同地では得点計算よりも参加者の帽子の角度が重視される傾向があり、競技名だけが一人歩きしたとの指摘もある[4]。
競技方法[編集]
標準的なセクサスロワイヤルは、円卓を囲んだ参加者が、、、の四種を駆使して行う。各ラウンドでは、発言権を得るための「名乗り」、相手の発言を受け流す「傾聴」、場の空気を変える「香り替え」が順に行われ、最終的に最も多くの「気配点」を得た者が勝者となる。
得点は非常に細かく、うなずき1回につき0.25点、視線の回避成功で0.75点、相手の冗談を礼儀正しく聞き流すと1.5点が与えられる。なお、笑い声を完全に抑え込んだ場合には3点が加算されるが、逆に全員が無言のまま18分を超えると、会場係が紅茶を注いで強制的に終了させる規定がある。
公式大会では、内の一部ホテルで採用された「和室適応ルール」も存在した。畳を傷めないため、沈黙針は長さ12.7センチ以下、礼装カードは角を丸めることが義務付けられたとされる[5]。
社会的影響[編集]
セクサスロワイヤルは、単なる遊戯にとどまらず、やの訓練法としても注目された。とくにの高級ホテル業界では、フロント係が「話しすぎない案内技術」を学ぶ教材として採用した例があり、宿泊客の満足度が平均で8.4%上昇したとされる[6]。
一方で、沈黙を美徳とする思想が過剰化し、家庭内での会話量が減少したとの批判もあった。これに対し、国際セクサスロワイヤル協会は「沈黙は人格を映すが、夕食の注文までは代替しない」との声明を出している。声明文の末尾がやけに詩的であるとして、後年しばしば引用された。
にはの老舗旅館で「静寂税」をめぐる小規模な論争が起き、宿泊客がチェックイン時に1分以上無言であると割引が適用される制度が導入された。ところが、宿泊客の多くが制度を誤解し、受付で一斉に無言合戦を始めたため、翌月には廃止されたという。
批判と論争[編集]
セクサスロワイヤルには、創始者の実在性を含め、早い段階から多くの疑義が呈されている。とくにの『』紙は、初期ルールの文章が風の文体に似すぎているとして、「後年の模倣である可能性」を指摘した。
また、の大会では、香水札に使用された香料が強すぎたため、同一卓の全員がルールを忘れて退席する事故が発生した。これにより「競技なのか、香水展示会なのか」が長く論争となり、現在でも大会会場では香料濃度が0.8ppmを超えないよう制限されている。
さらに、にで流通した「完璧な勝ち方」が、実は審判の前で一切動かないという極端な戦術であったことから、競技性を損なうとして物議を醸した。もっとも、これを「究極の礼法」と称賛する愛好家も少なくなかった。
現代における受容[編集]
現在のセクサスロワイヤルは、主に、、の三領域で細々と存続している。特にの新入生オリエンテーションでは、緊張をほぐす目的で簡易版が用いられることがあり、沈黙5秒ルールのみがなぜか定着している。
にはの市民団体が「無言の国際親善ゲーム」として再評価を提唱し、参加者312名のうち97名が「よく分からないが品がある」と回答したという。なお、残りの回答は「途中でお茶が出たので覚えていない」が最多であった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Étienne Laforgue『Traité du Sexus Royale』Éditions du Lys, 1902.
- ^ 中村 恒一『沈黙と礼法の遊戯史』青嵐出版, 1958.
- ^ Margaret A. Thornton, “Polite Combat in Fin-de-Siècle Paris,” Journal of Social Ludology, Vol. 12, No. 3, pp. 44-67, 1971.
- ^ 佐伯 みどり『銀座夜会と輸入遊戯』東都書房, 1966.
- ^ Claude Perrin, “The Royale Rule Set and Its Misreadings,” Revue des Jeux de Salon, Vol. 8, No. 1, pp. 5-29, 1988.
- ^ 国際セクサスロワイヤル協会編『標準規則第七版』協会資料室, 1994.
- ^ 山田 朔『礼装カードの社会学』港湾社, 2007.
- ^ Harold J. Penrose, “Silence as a Competitive Resource,” Proceedings of the Geneva Conference on Etiquette, Vol. 4, pp. 101-118, 1933.
- ^ 『ル・モンド・サロン』編集部「社交遊戯における模倣と真正性」1902年特別号, pp. 9-12.
- ^ 小林 仁美『静寂税とその誤運用』京都文化研究会, 1980.
- ^ Alicia de la Cruz, “Buenos Aires and the Hat-Angle Phenomenon,” Revista Hispánica de Juegos, Vol. 19, No. 2, pp. 77-93, 1961.
外部リンク
- 国際セクサスロワイヤル協会
- パリ社交遊戯博物館
- 銀座礼法アーカイブ
- 現代沈黙競技連盟
- ブエノスアイレス帽角研究所