セタ・ガライシュマ
| 名称 | セタ・ガライシュマ |
|---|---|
| 別名 | 加莱染封法、札幌湿紋法 |
| 分類 | 保存技法・織物処理 |
| 起源 | 1897年ごろの北海道札幌市 |
| 考案者 | 渡辺精一郎ほか数名の倉庫監督官 |
| 用途 | 織物の香り保持、書類の封緘、行李の虫除け |
| 主材料 | 亜麻布、海藻灰、柑橘油、塩化ニカワ |
| 影響 | 港湾流通、染織、文具産業 |
| 現状 | 一部の民俗工房で再現されている |
セタ・ガライシュマは、末期ので確立されたとされる、半乾燥の織物に香料を染み込ませて保管するための技法である。のちにの港湾倉庫やの商家に広まり、香り付き帳簿の封緘法としても用いられた[1]。
概要[編集]
セタ・ガライシュマは、半乾燥状態の布地に微量の香料と定着剤を段階的に浸透させ、折り畳んだ際に香りが層状に残るよう調整する技法である。一般にはの寒冷な乾燥気候に適応した工夫として説明され、の旧倉庫街で生まれたとされる。
この技法は、もともと高価な輸入香料を長持ちさせるための倉庫管理手法であったが、明治後期には上等な風呂敷や帳簿の外装にも応用された。なお、名称の「セタ」はアイヌ語系の古い倉庫語、「ガライシュマ」はドイツ語系の香気固定語に由来するという説が有力である[2]。
歴史[編集]
起源と初期の普及[編集]
起源については諸説あるが、、札幌商業倉庫の監督補であった渡辺精一郎が、冬季の低湿度で麻布が硬化しすぎる問題を解決するため、海藻灰と蜜蝋の薄層を交互に塗る実験を行ったのが始まりとされる[3]。この試験布をたまたま柚子油の箱に入れたところ、布に長く香りが残ったことから、保存法として体系化されたという。
初期の利用者は主に呉服商と運送業者であり、港に着いた積荷の識別にも流用された。仕分け作業の遅延を防ぐため、香りの強弱を帳簿代わりに読ませる方式が考案され、これがのちの「香封記号」と呼ばれる実務規格に発展した。
標準化と行政導入[編集]
には、衛生局の外郭団体である北海道物品保存調査会が、セタ・ガライシュマの処理工程を14段階に整理し、作業温度を摂氏3.5度から7.8度の範囲に保つよう通達した[4]。この数値は現場でやや過剰精密であるとして職人の反発を招いたが、同時に品質のばらつきを抑える効果があったとされる。
には下の呉服店32店舗が試験導入し、贈答用風呂敷の売上が前年同期比で17%増加したと報告された。ただし、同報告書の付録には「香りを重視しすぎて帳簿が読みにくい」との苦情も記されており、実務と美意識の衝突が早くも表面化していた。
大衆化と衰退[編集]
末期には、セタ・ガライシュマは家庭用の虫除け兼芳香布としても流行した。特にの外国人居留地周辺では、輸入レースの保存に向くとして需要が高く、の『港湾生活便覧』では「上流階級の押し入れで最も静かに効く技法」と評された[5]。
しかし初期に合成樹脂封入法が普及すると、工程の煩雑さと原料確保の難しさから急速に衰退した。それでも一部の老舗では、茶会の懐紙包みや式典の記念袋にのみ秘伝として継承され、外部者には「香りで封を読む」奇習として半ば神秘化されていた。
技法[編集]
セタ・ガライシュマの基本工程は、洗浄、半乾燥、灰汁定着、香油浸透、圧着、熟成の六工程からなるとされる。なかでも重要なのは「二度折り」の工程で、布をずつずらして折ることで、香りが直線的に抜けず層を作ると説明された[6]。
材料には海藻灰、柑橘油、塩化ニカワが用いられるが、地域によっては産の干し昆布粉やの茶葉蒸留水を加える流派もあった。特に小樽流では、布の端にだけ辛子粉を極微量まぶすことでネズミ避け効果を高めたというが、これは職人の間でも「効いた気がする」程度の扱いであった。
また、熟成は完全密封ではなく、木箱の隙間をだけ開けて行うのが理想とされた。この半開放状態により、布地が「息をしているように香る」と表現され、のちの民芸評論家たちに妙に愛好された。
社会的影響[編集]
セタ・ガライシュマは単なる保存技法にとどまらず、近代日本の流通文化にも影響を与えたとされる。香りの濃淡を荷札代わりに用いる慣行は、女性職人や季節労働者にも比較的習得しやすく、内の小規模倉庫では作業分担の平準化に寄与したという[7]。
一方で、香料をめぐる品質格差が社会問題化したこともある。とりわけの「芳香布混入事件」では、低廉な松脂油が柚子油として流通し、札幌の商人組合が一時的に独自の鑑定官を雇った。裁判記録には、証人が「匂いはしたが、気分が悪くなる匂いであった」と証言したと記されており、当時の消費者保護意識の萌芽として引用されることが多い。
また、香りが記憶と結びつく性質から、卒業記念品や結婚式の返礼品にも採用され、の一部では「香りの付いた祝儀袋」が祝福の持続を象徴するとされた。
批判と論争[編集]
批判の中心は、第一に工程が過度に複雑である点、第二に「香りの格」を過剰に重視する階層性である。特に、の工芸批評誌『布と息』は、セタ・ガライシュマを「匂いを借りた見栄の制度」と評し、職人団体との間で小さな論争を引き起こした[8]。
また、明治末から大正にかけての資料には、訓練中の弟子が香りの強さを競い合い、作業場全体が食堂に入れないほどになったとの記述がある。ただしこの逸話は、後年の回想録にのみ見えるため、実際には師匠の誇張である可能性が高い。
さらに、が推奨した標準配合には「柑橘油7%、海藻灰2%、残りは経験」と書かれていたと伝えられるが、原本は未確認であり、現在でも要出典扱いである。
現代の再評価[編集]
期以降、民俗工芸の再評価とともに、セタ・ガライシュマは「香りのレイヤリング技法」として少数の研究者に再発見された。やの工房では、和紙の封筒や桐箱の内張りに応用する試みが行われ、観光向けの体験講座も開催されている。
一方で、現代の再現は原法の「布を3週間眠らせる」工程を省略することが多く、古老の職人からは「それではただの良い匂いの袋である」と批判されている。とはいえ、の調査では、試作に触れた参加者の約68%が「なぜか丁寧な気持ちになる」と回答しており、効能の一部は心理的なものであった可能性が指摘されている[9]。
なお、札幌市郊外の旧作業場跡には、香りの再現を行う小さな展示室があり、年に2回だけ「匂いを読む夜」が催される。来場者は暗室で布を開き、当時の帳簿の写しを嗅ぎ分けるが、現在は説明員のほうが先に笑ってしまうことが多いという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『北辺保存工芸考』札幌商業倉庫出版部, 1914.
- ^ 斎藤久美子『香りで封をする技法の民俗誌』民芸書房, 1978.
- ^ Harold P. Wexler, "On Layered Scent Fixation in Cold-Climate Warehouses," Journal of Applied Folklore, Vol. 12, No. 3, pp. 141-168, 1956.
- ^ 田口栄一『北海道倉庫業と布地保存の近代化』北海社会史研究会, 1991.
- ^ Martha E. Collingwood, "Perfumed Wrappings and Commercial Etiquette in Meiji Japan," Transactions of the East Asian Material Culture Society, Vol. 8, No. 1, pp. 22-49, 1969.
- ^ 『北海道物品保存調査会報告書 第4号』内務省衛生局外郭資料, 1909.
- ^ 高橋みどり『匂いの帳簿学』青磁社, 2005.
- ^ Kenjiro A. Hoshino, "The 3.5-Degree Protocol and Its Discontents," Pacific Archive Quarterly, Vol. 17, No. 2, pp. 77-103, 1988.
- ^ 『布と息』編集部『香気と階級』第2巻第5号, 1923.
- ^ 小松原理香『札幌の香封文化と港湾労働』札幌学術出版, 2017.
- ^ Arthur L. Pendleton, "A Curious Note on Seta Garaishma," Proceedings of the North Sea Historical Institute, Vol. 5, pp. 201-209, 1931.
外部リンク
- 札幌民俗工芸アーカイブ
- 北海道香封研究会
- 港湾倉庫文化資料室
- 匂いと帳簿の博物誌
- 旧札幌香料倉庫保存会