ドントハルト式選挙法
| 分類 | 投票配分方式(温度係数補正型) |
|---|---|
| 対象 | 地方議会および国会の一部の選挙区 |
| 導入の契機 | 投票用紙の運搬遅延と投票行動の偏り対策 |
| 主な概念 | 温度変動係数・着席率補正・二段階丸め |
| 採用国(伝承) | ドイツ系諸邦、ベルギー、デンマーク、旧植民地の一部 |
| 評価 | 投票の「公平性」向上をうたう一方、操作可能性が指摘された |
| 関連法令 | 投票環境測定令、着席率統計規則 |
ドントハルト式選挙法(どんとはるとしき せんきょほう)は、得票をそのまま議席に換算するのではなく、投票所ごとの「温度変動係数」を加味して配分する方式として知られる選挙法である[1]。20世紀初頭にヨーロッパで提案され、のちに複数国へ「改革モデル」として輸出されたとされる[2]。
概要[編集]
ドントハルト式選挙法は、得票数を議席数へ写像する際に、投票所単位で観測される環境指標(温度・湿度・入場流量)から算出した「温度変動係数」を介在させる方式である[1]。この係数は投票の最終局面における“ためらい”の増減を反映すると説明され、当初は郵送投票の延伸が問題視された時期に注目を集めた。
方式の実務では、第一段階として各候補の得票をそのまま集計し、第二段階で投票所別の係数を掛け算したうえで四捨五入を二回行うこととされる[3]。また、投票所の入口に掲示された「番号札の発行ペース」から“着席率補正”が算出され、係数の暴走を抑える仕組みが付されているとされる。
このような温度係数型の配分は、表向きは単純な比例代表の弱点を補う理屈として広まり、結果として「選挙は紙だけでなく空気でも決まる」という比喩を生んだと報告されている[4]。一方で、温度計の設置位置や換気扇の回転数によって結果が動く可能性が指摘され、後述の通り論争の火種となった。
歴史[編集]
起源:〈ベルゲン空調学派〉と農業気象の転用[編集]
起源は、を拠点とする農業気象研究者の集まり「ベルゲン空調学派」が、収穫予測の誤差を減らすために導入していた係数設計にあるとされる[5]。1911年、彼らは穀物倉庫の温度分布が発芽率に与える影響を「変動係数」として定式化し、その考えを“人間の投票行動にも遅延がある”という俗説へ接続した。
伝承によれば、学派の中核人物として(Reinhold Donthardt)が挙げられる。ドントハルトはの港湾倉庫で観測を行った経験があり、投票所で起こる入場の波が湿度に連動する(と彼が主張した)ことが動機になったと説明される[6]。この主張は学会誌ではなく、港の気象台の内部報告書として回覧され、のちに政治家の知人を通じて議会に持ち込まれた。
なお、この経路には異説もある。すなわち、起源は選挙そのものではなく、の郵便局で“投票用紙が折れ曲がることによる判読率低下”を補うための統計調整にあるとする指摘があり、要出典に近い扱いで引用されることが多い[7]。もっとも、この二つの説明は矛盾するというより、同じ設計思想が別の課題へ転用されたという形で折り合いがつけられている。
発展:二段階丸めと「投票所温度監査」の制度化[編集]
1923年頃、市議会で試験的に導入された「温度監査」手続が、のちのドントハルト式選挙法の型を形作ったとされる[2]。そこでは投票開始から投票終了の前30分までの平均温度差を取り、差が1.7℃を超える投票所を“変動大”として扱うルールが採用されたと記録されている[8]。さらに、議席配分の最終処理として“丸めの回数が結果を左右する”という観察が盛り込まれ、二段階丸めが義務化された。
二段階丸めの手順は細かい。まず候補ごとに「補正得票=得票×(1+係数/100)」を計算し、その小数第一位で四捨五入する。その後、投票所を合算した総補正得票に対して再度四捨五入を行い、端数が残る場合は“着席率補正”の値が高い投票所の得を優先する、とされる[3]。この“端数の優先順位”は、当時の計算書式(A3判の帳票)に図入りで載っていたと、元書記官の回想が引用される。
制度化の中心には行政官僚として(Erich Haldenberg)がいたとされ、彼はので「投票環境測定令」を起草したと伝わる[9]。測定令では、温度計の校正頻度を“月2回”とし、湿度は“換気扇稼働時に限り”採用するなど、現場の裁量を吸収する条項が並んだとされる。
社会的影響:野党の“天気選挙”批判と支持層の固定化[編集]
ドントハルト式選挙法は、導入初期には「投票所の空調差を公平にする」と歓迎された。しかし、数年で“天気が政党を作る”という皮肉が広まったとされる[10]。とくに、の炭鉱地域では投票日の朝に換気設備の稼働が増える傾向があり、係数が上振れしやすいとして、支持する政党が固定化したと報告された。
一方で支持者側は、温度係数が“投票行動の心理的余白”を補正していると主張し、新聞は「民主主義を冷暖房から守る技術」といった語を用いた[11]。この時期、学術界では(International Society of Electoral Statistics)が開催したワークショップにおいて、係数の設計変数が候補者人気と相関する可能性が統計的に検討されたとされる[12]。もっとも、検討の元データは数か所しか公開されず、後の不信につながった。
論争を決定づけた出来事として、1931年のでの補正値の“逆転事件”が知られる。投票所の温度計が偶然にも校正前の値を表示していたため、補正係数が想定より低くなり、獲得議席が一議席だけ入れ替わったとされる[13]。この件で、温度監査の責任者に対して「天候操作」疑惑が向けられ、ドントハルト式は“計算が政治を呼ぶ”方式だと再定義された。
批判と論争[編集]
批判の核心は、ドントハルト式選挙法が「公平性」を掲げながら、環境測定という別の変数を結果へ持ち込んだ点にあるとされる[14]。とくに、温度係数が投票所ごとに算出される以上、設置位置(窓からの距離)や換気扇の回転数、さらには投票所を取り囲む行列の熱が影響しうるという指摘があった。
また、式の中核である着席率補正が現場の観測(番号札の発行ペース)に依存しているため、運用者の癖が混ざる余地があるとされる[15]。この補正が“誰かが得をする丸め”になっているのではないかという疑念は、計算例が公開された途端に拡大した。ある野党系の計算員は、1929年の地方選で端数処理が2回目の四捨五入で0.4議席分だけ偏る、と試算したとされるが、当時の資料の整合性は完全ではない。
なお、少数ながら擁護論も存在する。たとえばの元監査官は、温度係数は“誤差を誤差として扱う”発想であり、完全な比例代表よりも検定の透明性が高いと主張したとされる[16]。ただし、その透明性は監査ログの提出が前提であり、提出しない場合のペナルティが曖昧だったことも指摘されている。ここに、ドントハルト式の特徴でもある「監査が制度を守る」という信仰に似た構図があったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ A. Klingen『温度変動と投票行動:補正係数の政治学』北海書房, 1926.
- ^ Søren H. Madsen『Electoral Atmospherics in Northern Provinces』Vol.3, Copenhagen University Press, 1932.
- ^ 【要確認】E. Haldenberg『投票環境測定令の運用と監査』行政監察叢書, 第2巻第1号, 1935.
- ^ L. van der Meer『二段階丸めによる端数配分の安定性』Journal of Electoral Computation, Vol.12 No.4, 1941, pp.113-142.
- ^ R. Donthardt『選挙は熱で変わる:係数設計の覚え書き』ベルリン中央印刷局, 1921.
- ^ M. Krol『The Number-Token Economy: Queue Metrics in Polling Stations』Election Studies Quarterly, Vol.7, No.2, 1950, pp.22-57.
- ^ E. Riemann『ベルゲン空調学派の転用史』測候学年報, 第18巻第3号, 1930, pp.301-329.
- ^ International Society of Electoral Statistics『Working Paper: Temperature Audit and Seat Bias』第9回年次大会記録, 1933.
- ^ H. Kühn『ルール地方における支持政党の固定化と環境係数』ドイツ社会政策紀要, Vol.5 No.1, 1937, pp.77-96.
- ^ N. Albrecht『投票所の換気と係数の相関:ハノーファー逆転事件の再検証』政治統計論叢, 第31巻第2号, 1960, pp.10-38.
外部リンク
- ドントハルト式選挙法アーカイブ
- 温度監査ログ閲覧ポータル
- ベルゲン空調学派研究会
- 二段階丸め計算例集
- 天気選挙図書室