ドーナツやけぐい
| 分類 | 食品民俗・食行動 |
|---|---|
| 発祥地(伝承) | の臨港集落(後述のとおり複数説あり) |
| 主な対象 | 揚げドーナツ、油焼き直しドーナツ |
| 別名 | 焦げ甘戒(こげあまかい)/焼食(しょうしょく) |
| 実施時期 | 初冬の港祭・夜店の最終週など |
| 必要とされる道具 | 銅製フライパン、竹串、油量を測る板目桶 |
| 研究分野 | 民俗学、保健衛生史、商業史 |
| 文化的評価 | 健啖の美徳としての語りと、過食リスクへの批判が併存する |
(どーなつやけぐい)は、主にの地域で語り継がれてきた「甘いものを焼きつけ、限界まで食べ切る」食文化行為であるとされる。なお、その語が文献に現れたのは比較的遅く、民俗学・衛生行政・商業史の交点として研究対象になっている[1]。
概要[編集]
は、参加者がドーナツを「焼きつけ」て香ばしさを増し、決められた回数・重量・時間の条件を満たすまで食べ切る、という形で説明される。形式は共同体の宴席に組み込まれることが多く、各地で「段取り」「合図」「完食の判定」などが語られている。
成立の経緯については諸説あるが、文献では「油の保存を目的とした即席再加熱」と「労働者の糖分補給」を起点に発展したとする記述が目立つ。なお、語の表記が安定したのは明治末期以降とされる一方、港祭の口承が先行したという主張もある[2]。
歴史[編集]
語の成立と臨港習俗への接続[編集]
語源をめぐっては、が「焼きつけの即効性」ではなく、油の酸化を“火で誤魔化す”技法を指したという説がある。これによれば、北国の漁村では冬の乾燥で揚げ油が粘り気を増し、同じ匂いが残り続けるため、食べ手が自前で再加熱し香りを上書きしたことが行為化したと説明される[3]。
一方で、民俗記録係の(架空の役職名だが、行政文書に「地方保健嘱託」として登場する体裁で語られることがある)によると、語の中核は「やけぐい=“焼けた分だけ食う”」ではなく、「焼けた油を飲み込まないように、食べる量を先に宣言して制御する」規律だったという。つまり、放漫な食い方ではなく、管理された“限界”を祝う形式として広まったとされる[4]。
さらに、史料上の初出として挙げられるの夜店帳(写本とされる)が、実際にはの菓子職人日誌の転写である可能性が指摘されており、地域の境界を越える商流が、言葉と手順を混ぜたと推定される。ここで、最初に体系化したのは祭礼屋台を束ねた商人組合だったとされ、の衛生係が「油温の自己申告制度」を提案したという逸話が知られている[5]。
明治・大正期の制度化、そして“完食判定”の誕生[編集]
明治後期、の港で深夜労働者向けの菓子が増えると、夜店は“油の回転数”を競い始めた。そこでの簡易保健規則(史料名だけが残る)では、やけぐいの実施時間を「開始から口に入れるまで65分以内」とし、過度な再加熱による刺激臭の発生を抑える運用が書かれたとされる[6]。しかし現場では、時間よりも「油量が何板目まで落ちたか」が重要視され、板目桶(いためおけ)を用いる習いが生まれた。
大正に入ると、判定法が“細かすぎる”方向へ発展する。代表例として、の菓子共同組合では「1人あたりドーナツ18個、ただし小粒を2個で大粒1個換算」と定め、さらに食べ終えた後、竹串で穴の中心まで“熱い蜜が戻るか”を確認する儀式が付いたという。熱量の代わりに手触りを見せることで、酔客の誤魔化しを防いだとされる[7]。
この制度化は同時に、商業的なコアを作った。屋台側は「やけぐい対応」と掲げて油の回転と香りの再現性を売り、参加者側は“完食できた証”を語りとして残すようになる。結果として、やけぐいは単なる食行為から、地域ブランディングの道具へと変わったとされる。なお、この“香りの再現”にこだわりすぎた屋台が出火未遂を起こし、当時の消防記録に「甘味焚き」として一瞬だけ紐づけられたという噂があるが、出典の齟齬がある[8]。
昭和以降の変質と、現代の“競技化”[編集]
戦後、屋台が縮小するとやけぐいは家庭へ移ったとされる。ただし家庭版はより規格化され、「電気オーブンで3分20秒、途中で1回だけ裏返す」「ドーナツは前日に室温へ戻す」など、温度ではなく時間の丸暗記が広まったとされる[9]。この時代にはが“食べ過ぎ防止”の注意喚起を行ったが、注意喚起が逆に「ルールがあるから挑戦したくなる」心理を煽ったとも評される。
平成以降、SNS的な誇示が加速し、やけぐいは“食べ放題”ではなく“記録映え”の文脈で再解釈されるようになった。記録担当のボランティアが「総摂取カウント」「焼き直し回数」「すすり吸いの有無」を採点し、合計点で順位を付けたとするコミュニティ報告が見られる。しかし、点数の算定式が地域ごとに異なり、同じ人でも結果が変わることから、民俗のはずが競技のはずが、結局“物語の勝利”になっていったとする観察がある[10]。
手順と“完食判定”の作法[編集]
一般的な説明では、参加者はまず「冷めたドーナツを焼き直し、表面だけを焦がす」。その後、竹串で中心の穴を突き、蜜やカリッとした層が戻る感触が得られるまで食べるとされる。さらに油量の管理として、板目桶で「最初の油面から3板目下がったら次の3個」といった区切りが唱えられることが多い[11]。
面白いのは判定の厳密さで、地域の語りでは「合図は“音”ではなく“間”で出す」とされる。具体例として、屋台の親役が鍋蓋を置く際の“無音の秒数”を数え、参加者はその間に口へ運ぶ回数を合わせる。従来の衛生観点から見れば不合理に見えるが、「合わせられた者ほど油の呼吸(匂いの過剰吸い)を抑えられる」と説明されるのである[12]。
また、やけぐいには“やけ残し”の扱いがある。完食できない場合でも、焦げの縁だけを舌でなぞり、残りは屋台側の“回収枠”へ戻すとされる。この回収枠が実は翌日の仕込みに回るのではないか、という疑いが絶えず、衛生行政の資料が出回ったことがあるとされるが、資料の所在が複数に分散しているため確認は難しいとされる[13]。
社会的影響[編集]
やけぐいが与えた影響として、まず地域経済への効果が挙げられる。屋台や菓子店は「焼き直しに強い油」と「香りの再現」を売りにし、結果として原料の仕入れ基準が細分化された。たとえば、の帳簿風資料では、やけぐい用油の仕入れが「1斗あたり月差0.8度以内」と書かれているとされるが、温度計の定義が不明であり、帳簿の解釈に揺れがある[14]。
次に、参加者の“自己物語”への影響が指摘される。完食できた者は、その日の行為を「自分の体がルールに勝った」と語るようになり、逆に不成立の者は“慎重な美徳”として別の称号を得たとされる。こうして、やけぐいは単純な食の大小ではなく、役割分担を生む仕掛けになったという。
さらに、自治体側でも衛生と文化の綱引きが起きた。保健係が注意喚起を出した際、「やけぐいは健康法ではありません」という但し書きを付けたが、その但し書きが“玄人っぽい儀式感”として消費されたという証言がある。つまり、批判が広報になり、文化が商業に変換された面があったと考えられている[15]。
批判と論争[編集]
批判では主に過食・刺激臭・油再加熱の安全性が取り上げられる。保健衛生の観点からは、再加熱の回数が増えるほど副生成物が増える可能性があると説明されることが多い。しかし、やけぐいの実践者側は「回数ではなく“焦げの層”が重要」と反論する。結果として、評価軸が一致せず、論争が長引いたとされる。
また、出火や火傷の事故が“統計としては少ないが、伝承としては多い”という不均衡がある。屋台の記録では、同種の火傷は年間で約7件(推計、当時の申告率を補正)とされる一方、聞き取りでは「年に1回は誰かがやる」という語りが優勢になる。ここには、当事者が恥を避けて語らない事情があったのではないか、とする指摘もある[16]。
さらに、語の由来が複数に割れている点が“捏造の匂い”として批判されている。特にの夜店帳が日誌の転写である可能性が指摘されて以降、起源の優劣を争う投稿が増えたとされる。もっとも、起源の争いが盛り上がるほど、結局やけぐいの宣伝に寄与してしまうという皮肉もある[17]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 中村さくら『焦げ甘戒の社会史—ドーナツやけぐい研究ノート』臨港文化叢書, 2012.
- ^ 渡辺精一郎『地方保健嘱託記録集(抄)』北海道衛生資料館, 1931.
- ^ Eleanor J. Pike『Sustained Frying Rituals in Northern Port Communities』University of Aster Press, 2018, pp. 41-63.
- ^ 田中邦光『夜店帳の読み替え—転写と誤差の民俗学』京都書院, 2006, 第2巻第3号, pp. 77-92.
- ^ 佐々木玲奈『食べ切り儀礼の完食判定—竹串と間の計測』日本民俗学会誌, 2019, Vol. 58 No. 1, pp. 12-29.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton『Odor-Management in Street-Food Economies』Journal of Culinary Anthropology, 2020, Vol. 14, No. 2, pp. 201-223.
- ^ 小林雅人『板目桶の技術史と推定誤差』港湾技術史研究会, 2015, pp. 3-18.
- ^ 【書名】『消火の甘味焚き—出火未遂をめぐる消防記録の断片』消防史資料センター, 1930.
- ^ Akiyama Ryo 『Home Reheating Timelines and Folk Hygiene』Tokyo Studies in Food Practices, 2014, pp. 89-110.
- ^ 伊藤健一『自己物語としての食行動—やけぐいの記録化』地域生活史研究, 2022, 第7巻第1号, pp. 55-74.
外部リンク
- 臨港文化アーカイブ
- 板目桶手ほどき研究所
- 夜店帳デジタル写本
- 北海道港祭データベース
- 竹串計測フォーラム