フェラマーラー
| 分野 | 民俗音響学・宗教言語学 |
|---|---|
| 起源とされる時期 | 1780年代後半〜1800年前後 |
| 主な担い手 | 巡回詠唱者と写本職人 |
| 実施の場 | 市場広場、航海者の宿、鐘楼の裏 |
| 特徴 | 短い韻(いん)を二回折り返す反復構文 |
| 関連領域 | 声帯共鳴・記譜法・儀礼暦 |
フェラマーラー(Ferramarāra)は、18世紀末から19世紀初頭にかけてヨーロッパ各地で断続的に記録された「折り返し詠唱(おりかえしえいしょう)」の流儀であるとされる。民俗学的には口承儀礼と結びつけられてきたが、現在では音響工学研究の一次資料としても参照されている[1]。
概要[編集]
フェラマーラーは、特定の音節連鎖を「一度発し、次に半拍遅れて折り返し、最後に余韻だけを残す」という手順で運用する詠唱法と説明される。とくに語頭の母音が少しだけずらされることが特徴として挙げられており、同じ詠唱者であっても日ごとに聞こえ方が変わるとされた[1]。
この術は当初、地方の治水儀礼や航海安全祈願の付随要素として語られていたが、19世紀に入ると「記憶の装置」として再解釈され、後年の音響実験に引き継がれたとされる。いわゆる口承文化の研究者だけでなく、のに所属する職員までが関与したと報告されている[2]。
一方で、フェラマーラーの言語学的分析には曖昧さも残る。語源は複数の写本で異なる表記(例:、)が現れ、同一概念と断定できないと指摘されることもある。ただし「少なくとも“儀礼用の折り返し構文”を指す語である」という点では比較的合意があるとされる[3]。
歴史[編集]
成立の経緯:鐘楼の裏で生まれた“遅れ”[編集]
フェラマーラーがいつ成立したかについては、に近郊の鐘楼で写本職人が「半拍遅れのまま誤読した」ことが発端であるとする説が有力である[4]。この説では、職人の手元が暗かったため、詠唱者が意図せず折り返しのタイミングをずらし、その結果だけが市場の人々に“正しく聞こえた”という逸話が添えられる。
なお、王立測音局の報告書では、この逸話の信憑性を補強するために「鐘楼の裏の床板が沈む箇所があり、その周辺では反響が常に遅延する」といった、工学的な数値が付されている[2]。もっとも、この数値が現存する測定記録に基づくのかは確認できない、と後の編集者が控えめに注記したとされる(同時期の編集はしばしば同僚の筆跡に依存したためである、とも)[5]。
このような“ずれ”を技法として固定したのが巡回詠唱者の系譜であり、彼らは詠唱を市場の賑わいに合わせて調律したとされる。具体的には、初期の儀礼暦では一日の折り返し回数が「全部でまで」と定められていたと記録されている[6]。ただし写本によって回数がやに変動することもあり、これは当日の天候(湿度)で声の減衰が変わったためだと説明されている[7]。
発展:王立測音局と“記譜の反乱”[編集]
19世紀の中頃、フェラマーラーは民俗の域から学術へと移行していく。その転機はにが王立測音局に提出した「遅延母音の再現可能性」という短報であるとされる[8]。ヘルツベルクは、詠唱を五線譜で書き起こすよりも、折り返しの“空白”を記号化するべきだと主張した。
この提案は反発も招いた。写本職人の一派は、空白を記すことは伝承の“息”を奪う行為であるとして、の公式記譜に従わなかったとされる。結果として、同じフェラマーラーでも資料によって「折り返しの母音が明るい/暗い」のように印象が割れ、後の研究者を悩ませた[3]。
ただし社会的な影響もまた確かであった。フェラマーラーが“記憶を保持する音”として宣伝されると、港町のでは宿泊のたびに短い折り返し詠唱が取り入れられたと報告されている。具体例としての宿では、客の出発時刻が毎朝で固定されていたにもかかわらず、詠唱の折り返しはに合わせて実施されていたとされる[9]。細部の一致度が高いほど安心感が増す、という経験則が広まったのである。もっとも、当時の時計制度が統一されていなかった可能性を考えると、この一致は誇張であった可能性もあるとされる[10]。
転機と衰退:電信が“折り返し”を奪った日[編集]
フェラマーラーが衰退した直接の要因として挙げられるのが、以降に進んだ電信網の普及である。伝統的には、折り返しの遅延が「返事が来るまでの間」を作り、共同体の不安を緩和していたが、電信によって遅延そのものが短縮されると、儀礼の存在理由が揺らいだとされる[11]。
この変化は、王立測音局の文書でも象徴的に記述されている。「折り返しは時間を分割する技である」という一節がの内規に残っているとされるが、どの写しに由来するかが不明であるとも指摘されている[1]。一方で、民俗側の記録では“電信は早いが、返事は遅れた顔をしていない”といった詩的な評価が残されており、文字で伝えられない情感が失われたという理解が示されている[12]。
その後、フェラマーラーは「残響の作法」として、より科学的な文脈へと回収されていく。特にからの音響教育プログラムでは、折り返しを発声練習に転用し、呼吸法として教えられたと報告されている[6]。ただしこの教育は、民俗儀礼の意味体系を抜きにしたため、当事者からは“技だけ残った”と批判されたとされる[3]。
社会的影響[編集]
フェラマーラーは、単なる詠唱法としてだけでなく、人と人の“間合い”を制度化する文化として機能したと説明される。巡回詠唱者は市場で折り返しを行い、買い手と売り手の交渉テンポを揃えることで、口論を減らしたとされる[13]。
また、都市行政にも波及したとされる。たとえばの一部役所では、集会所の開門時間に合わせて短い折り返し語句を唱える慣行が生まれ、「集合の遅れが少ない」という理由で採用されたと書かれている[9]。しかし、その効果を実証した統計がどこに保存されているかは曖昧であり、後年の編者は「統計の一部は聞き取りに基づく」と注記したとされる[10]。
さらに、音響・教育の文脈では、フェラマーラーの“折り返し”が言語習得に応用されたという主張がある。学習者は、反復のたびに自分の発声が少しずれていくことを観察し、そのズレを修正していく訓練を受けたとされる。ここでは、折り返し回数が】のときに上達が最も安定したという、やけに具体的な数字が報告されている[6]。その数字が実際の教育記録から導かれたのか、あるいは編集者が“丁度よい語感”として丸めたのかは判然としない。
批判と論争[編集]
フェラマーラーの研究は、初期資料の取り扱いをめぐって批判を受けた。特に、同じ写本群から異なる表記が現れることにより、研究者の間では「フェラマーラーは一つの技法なのか、それとも複数の流派の総称なのか」が争点となったとされる[3]。
また、音響再現の主張に対して懐疑的な意見もある。王立測音局の測定値(反響遅延など)は、後年の追試で再現できなかったとする論文もある[14]。ただし追試の条件(鐘楼の材質、湿度、詠唱者の声帯状態)が十分に統制されていなかった可能性があり、論争は平行線になったと報告されている[15]。
倫理面では、儀礼の文脈から切り離した“教育利用”が問題視された。民俗側の批評家は「折り返しは共同体の約束であり、個人の発声練習に落とし込むと、約束が空文化する」と述べたとされる[12]。この批判は学術的には論点を飛ばしているとも指摘される一方、教育現場の当事者からは一定の共感があったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ E. L. Dürer『鐘楼の裏と折り返し詠唱:フェラマーラー研究(第1巻)』ベルリン王立測音局叢書, 1872.
- ^ K. E. Herzberg『遅延母音の再現可能性』『測音紀要』第12巻第3号, pp. 41-58, 1836.
- ^ M. A. Thornton『Oral Timing in Reversed Chants』Cambridge Acoustics Review, Vol. 7, No. 2, pp. 101-132, 1911.
- ^ R. J. Veld『Folk Lithurgy and the Market Tempo』Oxford Journal of Ritual Linguistics, Vol. 3, No. 1, pp. 9-27, 1926.
- ^ S. Iwanami『写本の編集慣行と欠落する根拠』東京言語史学会紀要, 第18巻第1号, pp. 55-79, 2004.
- ^ L. M. Schubert『儀礼暦における折り返し回数の安定性』ライプツィヒ音響教育研究所報告, 第6号, pp. 1-23, 1889.
- ^ A. Dubois『Telegraphy and the Vanishing of Waiting-Time』Revue de Chronologie Sociale, Vol. 15, No. 4, pp. 211-240, 1898.
- ^ H. Kessler『パリの集会所における開門詠唱の採用経路』『都市行政と言語』第2巻第2号, pp. 77-96, 1861.
- ^ T. P. Sato『遅れの記号:空白を読む記譜法』日本音響学会誌, 第39巻第5号, pp. 300-322, 2017.
- ^ V. R. Malinowski『Ferramarāra: A Comparative Index(タイトル不一致版)』Proceedings of the International Folk Acoustics Society, Vol. 1, No. 9, pp. 1-18, 1933.
外部リンク
- 王立測音局デジタル写本庫
- 折り返し記譜法アーカイブ
- 鐘楼反響データベース(旧版)
- 電信と時間の社会史資料室
- 巡回詠唱者の系譜目録