ブリヌンティウス
| 名称 | ブリヌンティウス |
|---|---|
| 英語表記 | Brinuntius |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、マーガレット・A・ソーン頓 |
| 成立 | 1897年頃 |
| 分野 | 公文書学、振動鑑定、印刷史 |
| 主な拠点 | 東京、横浜、ロンドン |
| 関連機関 | 帝国文書検査局、国際紙質研究会 |
| 用途 | 真正性判定、偽造抑止、儀礼的照合 |
ブリヌンティウス(英: Brinuntius)は、ので体系化されたとされる、微細な振動を用いて文書の真正性を判定する学術的手法である。系の公文書管理実務に由来するとされ、のちにの印刷工房を中心に大衆化した[1]。
概要[編集]
ブリヌンティウスは、紙面に極めて弱い共鳴を与え、その返り音と文字間の「沈黙の幅」を比較することで、文書の由来や改竄の有無を推定する技法である。一般にはの周辺技術として扱われるが、実際には後期の官庁文書流通の混乱を背景に生まれたとされる。
この手法は、当初はの下級書記が押収文書の見分けに用いた民間技術であったが、後にの一部研究者が理論化したことで、半ば疑似科学、半ば実務として定着した。なお、当時の記録には「手袋越しに聴診器で書類を聞く者がいた」との記述があり、研究史上しばしば引用される[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、の古紙問屋「相良紙店」で起きたとされる紙束の取り違え事件に求められる。店主の相良兼松が、同一ロットの帳簿でありながら「右端の2枚だけ音が違う」と主張し、これを偶然居合わせたが記録したことが端緒とされる[3]。
渡辺はのちにこれを「ブリヌンティウス」と命名したが、その語源には諸説ある。ラテン語風の響きを持たせるために、の「brine(塩水)」と「untius(報せ)」を接合したという説が有力である一方、単に研究会の晩餐で注文した魚料理の名が似ていたためという、かなり不名誉な説もある。
制度化[編集]
には文書局の協力を受け、文書の改竄検査に関する「紙鳴式判定要領」が試験運用された。ここでの特徴は、検査員が紙の角をの角度で弾き、返響が0.8秒以内に収束するものを「正規」とみなした点にある。
ただし、この基準は地域差が大きく、では「湿度が高すぎて判定が甘い」と批判された。またでは輸入紙の反応が良すぎるため、港湾税関が独自に0.3秒補正を加えるなど、実務上はかなり雑な運用が行われていたとされる。
国際化[編集]
、で開かれた国際紙質研究会において、がブリヌンティウスの「共鳴余白理論」を発表し、欧米の研究者の関心を集めた。ソーン頓は、紙の繊維配列と文字の配置が音響的に相互作用するという大胆な仮説を示し、会場で実際にの公文書写しを鳴らして見せたという。
この実演は大きな話題となったが、記録映画を確認した研究者の多くは「会場で鳴っていたのは紙ではなく、投影機のベルトである」と指摘している[4]。それでも、以後の一部部署では、封印文書の検査にブリヌンティウス式の簡易判定が導入された。
理論[編集]
ブリヌンティウス理論の中核は、紙面に残る「沈黙の層」が、製紙工程や保管環境によって変化するという考え方にある。特に、よりものほうが「余韻が短い」とされ、これが官庁文書の真正性判定に利用された。
理論上は、紙の繊維密度、インクの滲み、折り目の回数が「三重共鳴係数」を形成すると説明される。この係数はからの間で変動するとされたが、測定器の個体差が激しく、同じ書類を別の部屋で測ると値が0.6以上ずれることも珍しくなかった。
なお、後年の再検証では「音が聞こえた」とされる事例の多くが、検査官が空腹のままをまたいで作業していたためだという説も提示されている。もっとも、この説を唱えた研究者は学会で強く叱責された。
社会的影響[編集]
ブリヌンティウスの普及は、のみならず民間の証書文化にも影響を与えた。たとえばの質屋では、質札の本物確認に「紙を耳元で一度だけ鳴らす」作法が広まり、常連客のあいだではこれを見て値引き交渉を始めるのが礼儀とされた。
また、への影響も大きかった。では、文書史の講義で学生が自作の卒業願を鳴らして互いに品評する習慣が生まれ、毎年になると寮全体が小さな拍手のような音で満たされたという。もっとも、実際には多数の学生が答案用紙を折りすぎただけであったとも言われる。
一方で、紙の「音」に権威を与える発想は偽造抑止に役立った反面、目視や署名の軽視を招いたとの批判もあった。とりわけには、判定員が高級便箋に弱く、香料入りの封筒を過大評価する事件が続き、新聞各紙が「嗅覚的官僚主義」と揶揄した。
批判と論争[編集]
ブリヌンティウスは発表当初から、理学部の一部研究者により「測定というより儀式である」と批判された。これに対して支持派は、儀式性こそが書類の社会的真正性を保証すると反論し、論争はで三年にわたり続いた[5]。
最大の論争は、に公表された「郵便局倉庫における再現不能事件」である。報告書では、同一条件下で検査したの封書のうち、合格率が日によって12通から39通まで変動したとされ、原因は「午後三時以降の西日による共鳴の偏向」と説明された。しかし、後に倉庫係が扇風機を使っていたことが判明し、学会は大きく揺れた。
それでも、ブリヌンティウスを完全否定する立場は少数派であった。むしろ批判者の多くは、「理論は怪しいが、検査員が書類を丁寧に扱うようになった点は評価できる」と述べている。
派生技法[編集]
簡易鳴紙法[編集]
一般向けに簡略化された方法で、を机の端で一度だけ打ち、音の立ち上がりで中身の重さを推定する。戦前の郵便局ではこれを「一礼」と呼び、雑な係員ほど判定精度が高いという逆説が語られた。
蒸気余白法[編集]
で輸入帳簿の湿気対策として考案された派生技法で、紙をに5秒だけ当てて余白の反応を見る。理論的には高精度とされたが、実際にはインクがにじむだけであり、現在では保存修復の失敗例として扱われる。
夜間反響判読[編集]
の寺院会計で用いられたとされる特殊法で、蝋燭を消した後の静寂の中で紙をめくり、余音の残り方から寄進帳の改竄を探った。記録上は「最も静かな帳簿ほど怪しい」とされたが、単に書記が眠かっただけではないかとの指摘がある。
脚注[編集]
[1] 渡辺精一郎「紙鳴と真正性」『帝国文書学雑誌』第4巻第2号、1899年、pp. 11-29。
[2] 相良兼松『帳簿と耳のあいだ』私家版、1901年、pp. 3-8。
[3] Margaret A. Thornton, "On the Acoustic Margin of Bureau Papers," Journal of Paper Studies, Vol. 7, No. 1, 1913, pp. 44-66.
[4] 国際紙質研究会編『ロンドン会議速記録』ハーグ文書館出版部、1914年、pp. 102-109。
[5] 日本紙質学会『ブリヌンティウス論争会議録』第12号、1932年、pp. 77-143。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『紙鳴と真正性』帝国文書学会, 1899年.
- ^ 相良兼松『帳簿と耳のあいだ』私家版, 1901年.
- ^ Thornton, Margaret A. "On the Acoustic Margin of Bureau Papers" Journal of Paper Studies, Vol. 7, No. 1, 1913, pp. 44-66.
- ^ 内務省文書局『紙鳴式判定要領』官報附録, 1904年.
- ^ 国際紙質研究会編『ロンドン会議速記録』ハーグ文書館出版部, 1914年.
- ^ 佐伯善次郎『振動と公文書の近代』東京書房, 1921年.
- ^ Eleanor W. Fitch, "The Silence Between Letters" Proceedings of the Royal Society of Archival Science, Vol. 3, No. 4, 1926, pp. 201-218.
- ^ 日本紙質学会編『ブリヌンティウス論争会議録』第12号, 1932年.
- ^ 小野寺久子『耳で読む書類史』港北出版, 1948年.
- ^ Harrington, Charles P. "A Problem of Resonant Margins" Archives and Material Culture Review, Vol. 11, No. 2, 1957, pp. 9-31.
外部リンク
- 帝国文書史アーカイブ
- 国際紙質研究会デジタル図書室
- 東京書記技法研究所
- 横浜港文書保存センター
- ブリヌンティウス年表館