マイラー・コールの白銀のコンパス定理
| 名称 | マイラー・コールの白銀のコンパス定理 |
|---|---|
| 分野 | 銀測地学、航法史、月齢補正工学 |
| 提唱者 | エドウィン・マイラー、クロード・コール |
| 提唱時期 | 1897年頃 |
| 主要観測地 | ロンドン、リスボン、セントヘレナ |
| 成立の背景 | 白銀合金の航海計器に生じる周期偏差の解明 |
| 関連機関 | ロンドン地理学会、帝国測器評議会 |
| 代表的用途 | 夜間航法、潮汐測位、月蝕時の誤差補正 |
| 反証 | 1928年のアバディーン実験で一部再現不能とされた |
マイラー・コールの白銀のコンパス定理(Miller-Cole Silver Compass Theorem)は、において、白銀合金製のがではなくに応じた微小な偏差を示すとするである[1]。主にの航路で観測され、のちにの周辺で定式化されたとされる[2]。
概要[編集]
マイラー・コールの白銀のコンパス定理は、白銀製または白銀被覆のにおいて、針の振れが地磁気のみならずとの複合条件によって周期的に変動するという仮説的な定理である。とりわけ満月前後の72時間に、偏差が最大で0.8度から1.3度の範囲で増幅するとされた[1]。
この定理は、単なる航法技術ではなく、末の帝国海運における「夜間の見えない誤差」を可視化する学術装置として歓迎された。一方で、観測値の多くが測器の磨耗、船室の湿度、及び観測者の睡眠不足に由来する可能性が早くから指摘されている[2]。
成立史[編集]
1890年代の予備観測[編集]
起源は、を航行中の測量船『アリシア号』で、助手のエドウィン・マイラーが真鍮製の方位盤を銀粉で補修したところ、針が通常より滑らかに回転したという偶然の記録に求められる。日誌には「夜半、針が月を嫌うように逸れた」とあり、のちに定理の萌芽とみなされた[3]。
にはがロンドンの私設観測室で同種の現象を再現したとされる。コールは白銀合金に含まれる微量のパラジウムが月光を選択吸収し、それが船体の微振動へ波及するという独自理論を述べたが、数式の一部に潮位表を逆向きに代入していたことが後年判明している。
定式化と受容[編集]
、の年次会合で「白銀針の月相係数」なる暫定式が発表され、これが後に定理として整えられた。発表会では、当日の会場照明がガス灯から電灯へ切り替わった直後で、観測器の示度が一斉に0.4度ずれたことが権威づけに使われたとされる[4]。
この時期、は港湾局向けに白銀コンパスの採用指針を作成し、リスボン、、などの中継港で試験運用が行われた。もっとも、採用船の一部では甲板に張られた銀箔がカモメの着水を招き、かえって方位確認が困難になったという。
定理の内容[編集]
白銀係数[編集]
定理の中心は、白銀合金の反射率と磁針の復元力を結ぶ「白銀係数」κである。マイラーとコールは、κが0.17を超えると針の静止誤差が急増し、0.31を超えると月明かりの反射で二次共鳴が生じるとした[5]。ただし、後年の再実験では、κの値そのものが測定器ごとに毎回変わることが判明している。
また、彼らは「銀面が曇るほど定理は正確になる」と主張した。これは一見矛盾しているが、曇りによって観測者が光沢に気を取られず、結果として記録が冷静になるためだと説明された。要出典とされるが、少なくとも版の講義録にはそのまま載っている。
社会的影響[編集]
定理の流行は、だけでなく都市生活にも波及した。19世紀末から20世紀初頭にかけて、やの文具商では「白銀針に触れない定規」が売れ、夜学の学生がそれを護符のように机に置く習慣が広まった。ロンドンの一部のホテルでは、月光の強い夜に方位盤が誤作動するという都市伝説が生まれたという[6]。
さらに、の補給監督部は、白銀コンパスの採用艦が増えたことで航路報告のばらつきが減ったと発表したが、実際には船員が定理に合わせて日誌の文体を統一しただけではないかと指摘されている。とはいえ、定理は「測定は自然を写すのではなく、記録者の癖を暴く」という教訓として、測量教育に長く残った。
批判と論争[編集]
批判の中心は、定理が観測可能性よりも語感の美しさで支持された点にあった。特にの討論会では、物理学者のハロルド・ウィックが「白銀とコンパスと月齢を同一文に置くと、どんな誤差も学術に見える」と述べ、会場が一時騒然となった[7]。
一方で支持者は、定理の有効性は再現実験よりも「航海者が気を引き締める効果」にあったと主張した。これに対し、反対派は「気を引き締めるなら白銀でなく鉄製でもよい」と反論したが、当時の船員の多くは鉄製器具をすでに持っていたため、この議論はやや空振りに終わった。
再評価[編集]
20世紀後半の復元研究[編集]
1974年、の海洋史研究班がマイラーとコールの原資料を再整理し、定理の式中に「気圧 1013 hPa を基準とせよ」という注記が欠落していたことを発見した。これにより、実は彼らの理論が航法よりも気象日誌の誤読に依存していた可能性が高まった[8]。
しかし、同班は同時に、白銀製の方位盤を用いた船員のほうがそうでない船員より逸脱報告を丁寧に書く傾向があると認め、定理は計測史上の「記録美学」として再評価された。
現代の扱い[編集]
現代では、マイラー・コールの白銀のコンパス定理はとの中間に置かれることが多い。なお、一部の博物館では、展示室の照明を月相に合わせて変えることで来館者が誤差を体感できるようにしているが、これは教育効果よりも記念撮影用の演出として成功している。
にはで記念講演が行われ、講演者は「定理は間違っていたが、間違い方が見事であった」と結んだ。この一文はそのまま学会のキャッチコピーになった。
脚注[編集]
[1] マイラー, エドウィン『白銀針と月相偏差』帝国測器出版局, 1898年.
[2] Cole, Claude. "On Lunar Drift in Silvered Compasses." Journal of Maritime Instrumentation, Vol. 12, No. 3, 1900, pp. 211-239.
[3] ハワード, リチャード『アリシア号航海日誌抄』ブリストル航海史協会, 1911年.
[4] Proceedings of the Royal Geographical Society, Vol. 23, No. 4, 1899, pp. 88-104.
[5] マイラー・コール共著『月齢補正式の理論と実際』ロンドン地理学会刊, 1901年.
[6] Thornton, Margaret A. "Silver, Sleep, and Compass Anxiety in Late Victorian Ports." Imperial Review of Applied Geography, Vol. 8, No. 1, 1932, pp. 17-42.
[7] ウィック, ハロルド『測定と修辞の境界』ケンブリッジ大学出版局, 1909年.
[8] Bennett, Arthur L. "Reconstructing the Miller-Cole Hypothesis." Oxford Papers in Maritime History, Vol. 41, No. 2, 1974, pp. 55-93.
[9] 佐伯, 恒一『海洋計器の迷信史』中央航路社, 1986年.
[10] The White Metal Compass and Lunar Error: A Symposium Record. Edinburgh Institute Press, 2021.
[11] 山之内, 透『帝国と方位盤』港湾文化研究所, 1994年.
関連項目[編集]
脚注
- ^ マイラー, エドウィン『白銀針と月相偏差』帝国測器出版局, 1898年.
- ^ Cole, Claude. "On Lunar Drift in Silvered Compasses." Journal of Maritime Instrumentation, Vol. 12, No. 3, 1900, pp. 211-239.
- ^ ハワード, リチャード『アリシア号航海日誌抄』ブリストル航海史協会, 1911年.
- ^ Proceedings of the Royal Geographical Society, Vol. 23, No. 4, 1899, pp. 88-104.
- ^ マイラー・コール共著『月齢補正式の理論と実際』ロンドン地理学会刊, 1901年.
- ^ Thornton, Margaret A. "Silver, Sleep, and Compass Anxiety in Late Victorian Ports." Imperial Review of Applied Geography, Vol. 8, No. 1, 1932, pp. 17-42.
- ^ ウィック, ハロルド『測定と修辞の境界』ケンブリッジ大学出版局, 1909年.
- ^ Bennett, Arthur L. "Reconstructing the Miller-Cole Hypothesis." Oxford Papers in Maritime History, Vol. 41, No. 2, 1974, pp. 55-93.
- ^ 佐伯, 恒一『海洋計器の迷信史』中央航路社, 1986年.
- ^ The White Metal Compass and Lunar Error: A Symposium Record. Edinburgh Institute Press, 2021.
外部リンク
- ロンドン地理学会デジタル館
- 帝国測器評議会アーカイブ
- 北大西洋航海史資料室
- エディンバラ月相計測博物館
- 白銀コンパス保存会