ユニコーンライオン
| 名称 | ユニコーンライオン |
|---|---|
| 界 | 動物界 |
| 門 | 脊索動物門 |
| 綱 | 哺乳綱 |
| 目 | ネオアフリカ目 |
| 科 | 霧角科 |
| 属 | ユニコーンライオン属 |
| 種 | L. unicornis |
| 学名 | Leo unicornis |
| 和名 | ユニコーンライオン |
| 英名 | Unicorn Lion |
| 保全状況 | DD(資料不足) |
ユニコーンライオン(漢字表記: 一角獅子、学名: ''Leo unicornis'')は、ネオアフリカ目霧角科に分類される伝説哺乳類の一種[1]。
概要[編集]
ユニコーンライオンは、東アフリカの高地霧林と紅海沿岸の半乾燥草原に適応したとされる大型の伝説哺乳類である。額中央に一本の角状突起を有し、鬣は月齢に応じて灰白色から金褐色へ変化することが観察されている。
本種は1978年にナイロビ自然誌研究所の臨時報告で初めて命名されたとされるが、その成立には【マリンディ港の税関記録】やイギリス東アフリカ会社の旧倉庫台帳が関与したとされている。もっとも、記録の大半が筆写の途中で角の長さだけ異様に精密になっており、後世の研究者は「測定値だけ本気すぎる」と指摘している[2]。
分類[編集]
ユニコーンライオンは、長らくライオン科の変種と見なされていたが、1986年にケープタウン大学のマーガレット・A・ソーンらが、頭骨の前頭骨縫合と蹄状指趾の痕跡を根拠に独立した霧角科へ再配置したとされる[3]。この再分類は、当時の国際霊獣分類委員会でも賛否が分かれ、会議録には「角の回転方向を系統形質に含めるべきか」という珍妙な議論が残っている。
属名のユニコーンライオン属は、ジャクソン・M・オルブライトがロンドン動物学会向けに提出した草稿で提案したものである。なお、同草稿では本種を「群れで行動するが、単独でしか威嚇しない」という矛盾した記述があり、これがのちの俗称定着の一因になったと考えられている。
形態[編集]
成体は頭胴長1.8〜2.4メートル、体重は雄で平均214キログラム、雌で167キログラムとされる。最も特徴的なのは前額中央の角状器官で、角質と象牙質の層が螺旋状に重なり、先端部だけが毎年2.3ミリメートルほど伸長するという[4]。このため、野外では個体ごとの角先端を見ればおおよその年齢が分かるとされるが、実地調査では泥をこすりつけて誤差を増やす個体が多い。
鬣は季節により色調が変化し、乾季には赤銅色、雨季には銀灰色を帯びる。これは毛包内の微細な塩分沈着によるものと説明されることが多いが、ソコトラ島の調査隊は「夜間に月光を浴びた際のみ光沢が増す」と記録しており、学会では半ば伝説として扱われている。尾の先端には黒い房毛があり、警戒時には環状に立つことから、地元では「風見の尾」と呼ばれている。
分布[編集]
主な分布域はエチオピア高原南部からケニア北西部、さらにタンザニア北部の霧帯にかけての帯状地域である。特にアバーデア山脈の標高2,100〜2,700メートル付近で記録が多く、1970年代後半の航空写真には、森林の縁に不自然な同心円状の踏み跡が確認されたとされる[5]。
また、季節移動の途中でソマリランドの塩湖周辺に立ち寄ることがあり、そこで角を湖面に浸して塩分を抜く行動が観察されている。なお、この行動は「保湿」ではなく「儀礼」であるとする説もあり、ハルゲイサ民俗博物館の展示解説では、個体が夕暮れに東向きへ一礼する習性まで記載されている。
生態[編集]
食性[編集]
ユニコーンライオンは主としてトウダイグサ科の若芽、霧に濡れたイネ科草本、ならびに小型哺乳類を捕食する雑食性である。とりわけ、雨季に発生する青いキノコ状地衣を好み、これを摂取した個体は鬣の先端がわずかに発光することがあるとされている。
1982年のルアンダ野外観察班の報告では、1頭が38分間にわたり石灰岩の露頭を舐め続け、その直後に狩りの成功率が平常の1.7倍に上昇したと記録されている。もっとも、この「石を舐めると獲物の気配が見えるようになる」という解釈は、現地ガイドの冗談が研究ノートに混入した可能性が高い。
繁殖[編集]
繁殖期はおおむね11月から2月で、雄は角を地面に3回打ちつける求愛行動を行う。雌はこれに対し、鬣の中ほどに鼻先を差し入れて匂いを確認するが、この際に角の螺旋数が偶数の雄のみ選ばれる傾向があるという[6]。
妊娠期間は約312日、1回の出産数は通常1頭である。新生仔の角は発達しておらず、代わりに額の中央に白い産毛の渦が現れる。生後6か月頃に最初の角質が形成されるが、モンバサ近郊の観察個体では、双子が生まれた例が1件だけ報告されており、そのうち1頭は成長後に角が左へねじれたため、地元では「方位の狂った王」と呼ばれた。
社会性[編集]
本種は通常、雌中心の3〜9頭からなる小群で生活するが、雨季の終わりには最大27頭まで一時的に集合することがある。群れは年長雌が率いるが、移動の開始だけは最年少個体が決めるとされ、これが「若い角ほど方角に敏い」とする民間信仰の起源になったと考えられている。
一方で、雄は単独行動を好むものの、危機時には群れ周辺に半円を描いて立つ。この姿勢が、19世紀末のザンジバル商人に「王冠の獅子」と誤認された記録につながり、のちの名称形成に影響したとされる。群れ内では喉鳴らしが重要な挨拶であるが、国立生態史資料館の録音では、1個体だけ人間の咳払いに極めて近い音を発したため、研究者を震え上がらせたという。
人間との関係[編集]
スワヒリ海岸の一部地域では、ユニコーンライオンの角片を粉末にして航海安全の護符に用いる習慣があったとされる。ただし、実際に販売されていたものの多くはアンボセリ周辺の石灰華を削った代用品であり、1894年のモンバサ植民地裁判記録には、代用品業者が「色が少し違うだけで効能は同じ」と主張した証言が残る[7]。
20世紀後半になると、ナイロビ大学と東京上野動物園の共同研究班が飼育化を試みたが、人工霧を1日4回噴霧しないと食欲が著しく低下すること、さらに鬣が満月の夜だけ金属光沢を帯びて檻の施錠試験を妨害することから、長期飼育は断念された。もっとも、1989年に公開された標本映像があまりに写りすぎていたため、当時の視聴者の間では「本当にいたのではないか」という噂がケニア放送公社を通じて拡散したとされる。
近年は生物多様性条約関連の啓発資料で「伝説的存在としての保全指標」に採用され、実在性の有無にかかわらず、霧林保全の象徴として扱われている。なお、2021年にはユネスコの地域文化遺産候補一覧に一度だけ記載されたが、脚注の書式が異様に整っていたため、編集段階で差し戻されたという。
脚注[編集]
[1] J. M. Albright, “Preliminary Notes on the Horned Lions of the East African Mist Belt”, Proceedings of the Nairobi Natural History Institute, Vol. 12, No. 4, 1978, pp. 41-58.
[2] E. K. Mwangi, 『マリンディ税関台帳における角状個体の記録』, ナイロビ大学出版会, 1981年, pp. 9-27.
[3] Margaret A. Thornton and S. N. Khumalo, “Reassignment of Leo unicornis to the family Kiriocornidae”, Journal of Cryptozoological Systematics, Vol. 7, No. 2, 1986, pp. 113-146.
[4] 渡辺精一郎『角質器官の年輪推定法とその限界』, 東京霧獣学会誌, 第18巻第1号, 1990年, pp. 3-19.
[5] R. P. van der Meer, “Aerial Census of Circular Tracks in the Aberdare Mist Zone”, East African Faunal Review, Vol. 21, No. 1, 1979, pp. 77-91.
[6] Amina H. Yusuf, “Courtship and Spiral Count Preference in Unicorn Lions”, Journal of Comparative Mythobiology, Vol. 9, No. 3, 1992, pp. 201-219.
[7] 『モンバサ植民地裁判所記録集 第4巻』, ケニア法務史資料室, 1895年, pp. 214-217.
[8] H. T. Okonkwo, “On the Photoluminescent Mane of Leo unicornis”, African Journal of Unverified Zoology, Vol. 15, No. 6, 2004, pp. 55-68.
[9] 佐伯みずほ『霧林の王とその周辺文化』, 白鷺書房, 2010年, pp. 88-104.
[10] Clara Beaumont, “The Problem of Feeding Mist-Sensitive Predators in Captivity”, Zoological Garden Studies, Vol. 4, No. 1, 1991, pp. 1-23.
脚注
- ^ J. M. Albright, “Preliminary Notes on the Horned Lions of the East African Mist Belt”, Proceedings of the Nairobi Natural History Institute, Vol. 12, No. 4, 1978, pp. 41-58.
- ^ E. K. Mwangi, 『マリンディ税関台帳における角状個体の記録』, ナイロビ大学出版会, 1981年, pp. 9-27.
- ^ Margaret A. Thornton and S. N. Khumalo, “Reassignment of Leo unicornis to the family Kiriocornidae”, Journal of Cryptozoological Systematics, Vol. 7, No. 2, 1986, pp. 113-146.
- ^ 渡辺精一郎『角質器官の年輪推定法とその限界』, 東京霧獣学会誌, 第18巻第1号, 1990年, pp. 3-19.
- ^ R. P. van der Meer, “Aerial Census of Circular Tracks in the Aberdare Mist Zone”, East African Faunal Review, Vol. 21, No. 1, 1979, pp. 77-91.
- ^ Amina H. Yusuf, “Courtship and Spiral Count Preference in Unicorn Lions”, Journal of Comparative Mythobiology, Vol. 9, No. 3, 1992, pp. 201-219.
- ^ 『モンバサ植民地裁判所記録集 第4巻』, ケニア法務史資料室, 1895年, pp. 214-217.
- ^ H. T. Okonkwo, “On the Photoluminescent Mane of Leo unicornis”, African Journal of Unverified Zoology, Vol. 15, No. 6, 2004, pp. 55-68.
- ^ 佐伯みずほ『霧林の王とその周辺文化』, 白鷺書房, 2010年, pp. 88-104.
- ^ Clara Beaumont, “The Problem of Feeding Mist-Sensitive Predators in Captivity”, Zoological Garden Studies, Vol. 4, No. 1, 1991, pp. 1-23.
外部リンク
- 国際霊獣分類委員会アーカイブ
- ナイロビ自然誌研究所デジタル標本庫
- 東アフリカ霧林動物図鑑
- ケニア伝承哺乳類学会
- 東京霧獣学会