ルサンチマンへの意思
| 領域 | 社会思想・政治心理学 |
|---|---|
| 主な用法 | 運動戦略の説明概念 |
| 関連概念 | ルサンチマン、自己正当化、感情工学 |
| 初出とされる媒体 | 雑誌『Atelier Civique』 |
| 成立の背景 | 20世紀前半の労使対立の再編 |
| 議論の焦点 | 憎悪の再生産か、社会設計か |
ルサンチマンへの意思(るさんちまんへのいし)は、フランス語圏の社会思想において「不満を自己の推進力へ変換する意志」を指すとされる概念である[1]。特に、政治運動や労働運動のスローガンが「憎しみ」から「計画性」へ移行する過程を説明する際に用いられたとされる[2]。
概要[編集]
ルサンチマンへの意思は、いわゆる「報われなさ」や「置き去り感」が、単なる激情ではなく、目標設定・交渉・組織化へと変換されることを意味する語として説明されることが多い概念である[1]。
もっとも、成立当初から本概念は「憎しみの燃料化」を肯定するものではなく、むしろ危機を管理可能な資源に落とし込む技法(=感情工学)として扱われたとされる。結果として、労働組合の広報部門、都市計画の住民合意プロトコル、そして極めて風変わりな職員研修(後述)まで、複数分野に横断して流通したと記録されている[2]。
一方で、後年には「ルサンチマンへの意思」が実際には、問題を解決する力ではなく、語りの反復によって当事者を固定化する働きを持ちうるのではないか、という批判が生じたとされる。言い換えると、意思であるはずのものがいつの間にか「運命」へと滑り落ちる危険性が論点となった[3]。
歴史[編集]
起源:『憤りの翻訳官』と都市の予約席[編集]
概念の起源は、のパリ市庁舎に置かれた仮設窓口「異議申し立て調停室」に求められるとする説がある[4]。当時、窓口担当者の大半が“怒りを聞き取り、要件へ直す”作業に追われ、会話の粒度が揃わないことが行政の停滞要因になっていたとされる。
この停滞を打開したとされるのが、文書技術者の(Vincent Loyer)である。彼は、住民の不満を「一文」「一呼吸」「一目的」に分割して記録する手順書を作成し、その手順書の末尾に、奇妙な指針として「ルサンチマンは、意思へ翻訳せよ」と書き残したと伝えられる[5]。
さらに同時期、の行政研究会では、会議の発言権を“感情温度”で予約する方式が検討されたとされる。具体的には、温度帯をに分け、開会から以内に「意思化された不満」を提出した参加者には、議案整理係の机への優先案内が与えられたという。細部が過剰なため資料の真偽に疑いがある一方、当時の会議議事録に似た体裁で残っていることから、研究者の間で「半分は作り話、半分は運用の残骸」と評価されている[6]。
拡散:労働運動の「スローガン工房」[編集]
本概念が思想語として広く認知される契機となったのは、に開催された民間研究会「スローガン工房」(Atelier des Slogans)である[7]。主催には労働組合系の学習団体「連帯協働連盟」と、都市交通の職能団体の連絡会が名を連ねたとされる。
この場で作られたとされる標準手順は、怒りの表現を、(1) 現状の不均衡、(2) 交換可能な要求、(3) 実行計画の三層に並べるものであった。驚くべきことに、手順書には「スローガンは最大まで」「人称は二人称を優先」「語尾に“〜できる”を必ず一回含む」といった、ほぼ文芸批評のような指定が入っていたと記録される[8]。
また、の港湾地区では、要求を“怨嗟の大声”から“会計帳簿の静けさ”へ移す試みが行われたとされる。そこで「ルサンチマンへの意思」が実務用語として定着し、各班の書記が「意思化率」を記録するようになったという。意思化率の計算式は「要求の提出から以内に、反対側が応答した割合」とされ、月次でグラフ化されたとされるが、当時の統計は紛失しており、研究者は断片資料から逆算している[9]。この“逆算している”という態度自体が、後の論争の火種となった。
制度化と変形:教育研修「感情の監査」[編集]
概念がさらに変形したのは、頃からの公的研修の導入である。特に傘下の「住民対話監査部」(Direction de l’Audit du Dialogue)では、住民窓口担当者を対象に、感情の扱いを点検する研修が組まれたとされる[10]。
研修の課題は「あなたの中のルサンチマンを、今日の議事次第へ落とすこと」であり、参加者は架空の事例カード(例:「道路の穴を指摘したのに、返信が後」など)を配られて、意思化手順に従って台本を作ることを求められたとされる[11]。
この制度化は一見、対話能力の向上として評価されたが、同時に“意思化”が実質的に「異議申し立ての収束」を目的に働き、住民の声が薄められる結果になったとの指摘もあった。結果として、ルサンチマンへの意思は、社会を良くする技術語として語られつつも、いつしか「声の削り方」としての色を帯びるようになったとされる[3]。
概念の仕組み[編集]
本概念は、感情の連鎖を「燃料→設計→実行」へ転換する枠組みとして説明されることが多い。具体的には、(a) 不均衡の認定、(b) 自己の不満の言語化、(c) 他者への要求の翻訳、(d) 期限付きの手続き、という段階を踏むとされる[1]。
ただし実際の運用では、翻訳が完了した時点で不満が消えるわけではない。むしろ意思へ翻訳された不満は、組織の中で“再使用可能な定型句”として保管される。そのため、短期の意思決定には有効でも、長期では「定型句の方が現実より先に増殖する」現象が起きると指摘された[12]。
また、概念の教育版では、言い回しの粒度まで指定された。例として、意思化の文章には「感情の形容詞を最大まで」とする練習があったとされる。これは“感情の過剰提示は交渉を壊す”という経験則に基づくと説明されたが、経験則のデータが残っていないため、研究者からは「体感則のエンジニアリング」と呼ばれた[6]。
具体的なエピソード[編集]
、の自治体連合が開催した公開対話で、司会者が「ルサンチマンへの意思の採点を始めます」と宣言したことがあるとされる[13]。参加者は拍手混じりに驚き、司会者は“満足度”ではなく“意思化の明瞭さ”を100点満点で採点したという。
採点基準は、(1) 要求が一文で終わるか、(2) 代替案があるか、(3) 相手に渡せる情報になっているか、の三項目であったとされる。結果として、点数上位者の要求は通ったが、下位者の要求は「不快な言い回し」として扱われたため、のちに審査の透明性が問題視された[14]。
さらに、東京のある出版社がに翻訳出版した「感情の監査」関連書では、意思化の例文として港湾都市の比喩が繰り返し引用された。例文の中で、怒りの通貨単位が「一怒(いちいかり)」と仮想され、怒りがで意思に変換される、という奇妙な記述が挿入されていたと報告されている[15]。当該ページはのちに版ごと削除されたが、図書館の閲覧履歴に“当該ページを頻繁に参照した利用者がいる”という記録が残っており、真偽はさておき、笑い話として定着した。
批判と論争[編集]
本概念には、倫理的な批判が繰り返し向けられた。第一に、意思化が進むほど、当事者が自分の怒りの出所(歴史的・構造的要因)から切り離され、結局は「個人の態度」へと責任が移される可能性があるとされた[3]。
第二に、意思化手順が定型化すると、現実の摩擦が“手順に合わせて加工される”ようになる。結果として、交渉が成功しても根本原因が残存し、別の場面で別の言葉として再発する、とする見解がある[12]。
第三に、研究資料の出典について疑義が提示された。特に、意思化率の計算式や、議事録に現れる「温度帯予約」の細部が、実務上の運用記録ではなく、後年の講義ノートの文体を模したものではないかと指摘されている。実際、ある査読付き論文では「温度帯予約は“事実より教育用の物語”に近い」と要約され、関連資料はに一括保管されているとされるが、公開範囲が限定されている[6]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Vincent Loyer『異議申し立て調停室手順書(抄録)』市庁舎文書課, 1924年.
- ^ Claire M. Laurent『Resentment as Procedure: The “Will” Concept in Public Dialogue』Revue de Psychologie Politique, Vol.12第1号, 1932年, pp.41-63.
- ^ Jean-Philippe Armand『意思化と沈黙:窓口行政の隠れた倫理』Presses de l’Agora, 1958年, pp.97-118.
- ^ Édouard R. Chen『Decoding the Phrase: “Translate Anger into Will”』International Journal of Civic Studies, Vol.4第3号, 1961年, pp.201-229.
- ^ Marcel Dupré『Atelier des Slogansの実例記録(復元版)』Centre d’Archives Militantes, 1931年, pp.12-34.
- ^ Sophie N. Kato『温度帯予約と会議権配分:断片史の再構成』都市資料学会紀要, 第8巻第2号, 1970年, pp.55-81.
- ^ Amélie Bouchard『感情の監査:Direction de l’Audit du Dialogueと研修台本』Études Administratives, Vol.19第4号, 1964年, pp.310-347.
- ^ 田中健一『窓口における言語化技術の社会史』東京大学出版会, 1972年, pp.134-159.
- ^ Lars O. Vester『Metricizing Emotion: A Critique of “意思化率”』Journal of Political Psychology, Vol.26第1号, 1980年, pp.9-28.
- ^ Mina S. Halberg『The 28-Word Limit: Slogans, Rules, and Hidden Effects』Occasional Papers in Social Rhetoric, Vol.2第1号, 1987年, pp.1-22.
- ^ 市河春樹『感情工学の誕生:ルサンチマンへの意思の日本的受容』新潮学術叢書, 1991年, pp.203-231.
- ^ Marta E. Quinn『Public Resentment and the Will to Organize: A Comparative Study』Cambridge Civic Review, Vol.33第2号, 1999年, pp.77-105.
外部リンク
- パリ市庁舎アーカイブス
- 感情工学研究フォーラム
- 住民対話監査資料ポータル
- Atelier Civique 参照データベース
- 都市資料学会(旧資料室)