一発撮り?
| 名称 | 一発撮り? |
|---|---|
| 読み | いっぱつどり? |
| 英語 | One-Take Recording? |
| 分野 | 放送技術、映像制作、舞台演出 |
| 成立 | 1958年ごろ |
| 発祥地 | 東京都千代田区・旧NHK技術研究会周辺 |
| 特徴 | 原則として再撮影を行わない |
| 関連施設 | 渋谷放送試験スタジオ、芝浦臨時音声庫 |
| 提唱者 | 桜井義介、マーサ・F・ラッセル |
| 備考 | 現場では「疑問符つきの一発」とも呼ばれる |
一発撮り?(いっぱつどり?、英: One-Take Recording?)は、の放送技術者たちの間で発展したとされる、撮り直しを極端に嫌う収録様式である。1回の本番で映像・音声・照明をすべて成立させることを理想とし、後年はやにも広がったとされる[1]。
概要[編集]
一発撮り?は、やにおいて、編集による補正を最小限に抑え、1回の実演で成果物を完成させることを目指す収録思想である。一般には即興性の象徴として語られるが、実際には内の試験局で導入された“失敗の管理技術”が原型であったとされる。
この方式は、撮影回数の削減だけでなく、出演者の集中力、照明の連動、録音帯域の確保までを一体で設計する点に特徴がある。なお、名称に疑問符が付いているのは、当初この手法が「本当に一発で済むのか」という現場の半信半疑をそのまま保存したためである[2]。
歴史[編集]
試験放送期[編集]
、技術研究会の分科会で、当時の向けに「テイク数を減らすほど再送信時のノイズが減る」という、いかにももっともらしい仮説が提出された。これを受けて、麹町の臨時スタジオで、1回の撮影で3台のカメラを同時に成立させる実験が行われたとされる。初回は照明が強すぎて出演者の影が壁に2重に出たが、委員会はこれを「演出上の緊張感」として採用した[3]。
音楽番組への転用[編集]
の東京五輪前後には、音楽番組制作において一発撮り?が急速に普及した。きっかけはの録音施設で、録音テープが月末に不足し、やむを得ず1テイク主義が制度化されたことである。ここで重要な役割を果たしたのが、音響監督の桜井義介と、米国CBSの訪日コンサルタントであったマーサ・F・ラッセルで、両者は「失敗はコストではなく、記憶である」とする共同声明を出したと伝えられる。
この時期の現場では、歌手はマイクから37cm以上離れてはならない、照明係は曲の2拍前に赤ランプを点灯する、などの細かな規定が作られた。もっとも、規定の多くは翌週には守られなくなったとされる。
家庭用ビデオ時代[編集]
後半に家庭用が普及すると、一発撮り?はプロの技術から“誰でもできる失敗しない遊び”へと変質した。特にとの学習塾では、発表会を一発で録ると生徒の記憶定着率が12%上がるという、出典不明の調査が広まり、保護者向け説明会でも利用された。
この頃には「一発で撮れた作品は、再生回数が平均1.7倍になる」といった数字が流布したが、内訳を見ると再生したのは撮影者本人と祖母だけであった可能性が高い[要出典]。
制作理論[編集]
一発撮り?の理論は、単なる緊張感の美学ではなく、段取り、誤差吸収、偶発性の3要素を前提に構築される。現場では「失敗しない」のではなく「失敗しても作品の一部に見えるように設計する」ことが重要とされ、これをと呼ぶ流派もある。
また、映像学の一部では、一発撮り?は観客の注意を散らさないための“視線の圧縮技法”として分析されている。1982年にの演劇工学ゼミが行った調査では、テイクを重ねた映像より一発撮り風映像のほうが、視聴者の瞬目回数が平均で0.8回少なかったというが、調査票の回収率は43%であった。
代表的事例[編集]
『深夜三分の告白』[編集]
にの小スタジオで収録されたとされる番組企画で、出演者が冒頭30秒で台本を落としたにもかかわらず、そのまま本編扱いとなった事例である。最後の「ありがとう」は本来カメラマンがくしゃみした音だったが、編集会議で「人間味がある」と採択された。
『港区回転ドアCM事件』[編集]
、の広告代理店が制作した清涼飲料水のCMは、回転ドアの中で商品を見せるという無茶な構図のため、撮り直しが許されず一回で完成させられた。結果、商品はほとんど映らなかったが、視聴者からは「空気感がすごい」と評され、翌月の売上は前年比で8.4%増えたとされる。
『旭川雪上中継』[編集]
旭川市での屋外中継では、気温が氷点下24度に達し、カメラの巻き戻し機構が固着したため、結果的に一発撮り?以外の選択肢が消滅した。この中継は“事故が設計を上回った”典型例として現在も引用され、研修資料には毎年掲載されるが、実際に放送されたのは27秒だけである。
社会的影響[編集]
一発撮り?は、内部の技術標語にとどまらず、やがて学校行事、演説、地方自治体の記録映像にも波及した。とりわけでは、年度末の広報動画を一発で撮ると予算執行が早くなるという理屈が広まり、各区で「再撮影ゼロ週間」が設定されたことがある。
一方で、失敗を許さない雰囲気が現場の萎縮を招くとして、1980年代末には批判も出た。これに対し推進派は「一発で決めることと、準備を怠ることは違う」と反論したが、当日のリハーサルが12回だったことから説得力は弱かった。
批判と論争[編集]
一発撮り?をめぐる最大の論争は、それが芸術なのか、単なる予算節約策なのかという点にあった。の一部研究者は、収録現場における偶然性の価値を強調したが、制作会社側は「偶然性は請求書に載らない」として反発した。
また、1991年にはが、一発撮り?を名乗る商品が実際には4テイク以上で成立していたとして注意喚起を行った。この際、会報に掲載されたチェックリストの第7項「撮り直しの気配を表情に出さないこと」が業界誌で話題となった。なお、関係者の証言には食い違いが多く、委員長が当日そもそも現場にいなかった可能性もある[要出典]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 桜井義介『一発撮り技法史』放送文化社, 1972.
- ^ Margaret F. Russell, "The Question-Mark Take and Its Echoes", Journal of Broadcast Craft, Vol. 14, No. 2, 1966, pp. 41-58.
- ^ 渡辺精一郎『撮り直さない現場学』映像工学出版, 1981.
- ^ 田中ユリ子『テレビ収録における偶発性の制度化』文化放送研究所, 1990.
- ^ Harold B. Keene, "Compressed Attention in Live Recording", Media Mechanics Quarterly, Vol. 9, No. 4, 1978, pp. 201-219.
- ^ 『日本映像工業会会報』第23巻第1号, 1991, pp. 5-12.
- ^ 小林章夫『一発で決まる演出論』芸能資料館叢書, 1988.
- ^ Martha F. Russell and 桜井義介, "One-Take Recording and the Management of Mistake", Transactions of the Tokyo Technical Media Society, Vol. 3, No. 1, 1964, pp. 3-17.
- ^ 中村達也『再撮影ゼロ週間の社会学』都市広報評論社, 1995.
- ^ L. H. Morton, "On the Aesthetics of the False Final Take", Screen and Signal Review, Vol. 7, No. 3, 1980, pp. 88-96.
外部リンク
- 日本一発撮り協会
- 渋谷放送技術アーカイブ
- 東京試験収録資料館
- 一発撮り研究フォーラム
- 放送現場口伝データベース