丸善京都本店爆破未遂事件
| 名称 | 丸善京都本店爆破未遂事件 |
|---|---|
| 正式名称 | 京都市中京区河原町通所在書店危害企図事案 |
| 日付 | 1997年11月18日 |
| 時間 | 午後7時40分ごろ |
| 場所 | 京都府京都市中京区河原町通三条下ル |
| 緯度度/経度度 | 35.0098°N / 135.7682°E |
| 概要 | 大型書店の地下搬入口付近に時限式装置が仕掛けられたが、起爆前に通報で発覚し未遂に終わった |
| 標的 | 丸善京都本店の雑誌・地図売場および搬入動線 |
| 手段/武器 | 灯油缶を改造した簡易爆発装置と偽装梱包箱 |
| 犯人 | 単独犯とみられる元製本工の男(のちに逮捕されたとする説と、出国後に未解決化したとする説がある) |
| 容疑 | 現住建造物等放火未遂、爆発物取締罰則違反、威力業務妨害 |
| 動機 | 書物流通の近代化に対する怨恨および『索引文化』への異常な執着 |
| 死亡/損害 | 死者0名、軽傷3名、売場の一部損壊および約1,280万円相当の損害 |
丸善京都本店爆破未遂事件(まるぜんきょうとほんてんばくはみすいじけん)は、(平成9年)に日本の京都府で発生したである[1]。警察庁による正式名称は「京都市中京区河原町通所在書店危害企図事案」で、通称では「丸善本店未遂爆破」とも呼ばれる[2]。
概要[編集]
丸善京都本店爆破未遂事件は、の大型書店であるを標的とした爆破未遂事件である。事件は閉店準備が進む(平成9年)夜に発覚し、警備員の通報によって大量の利用者が避難したため、は最小限にとどまった[1]。
当初は単なるいたずら通報として扱われたが、現場から回収された装置が意外にも高度な偽装を施されていたことから、は一課を投入した。のちに事件は、古書流通業界における在庫整理をめぐる私怨と、異様に細かい書誌管理への執着が絡んだ稀有なとして語られるようになった[2]。
背景[編集]
事件の背景には、周辺で進んでいた大型書店再編と、1980年代後半からの「都市型書店」ブームがあったとされる。丸善京都本店は学術書・洋書・地図帳の比率が高く、当時の売場面積は約3,600平方メートル、月間来店者数は平均8万4,000人を超えていたと推定されている。
一方で、同店の地下搬入口では返品図書の処理が急増しており、これに関連して複数の元取引業者が不満を抱いていたという。特に、かつて製本下請けに従事していたとされるの男は、書籍の背表紙番号の付け替えを巡るトラブルで「自分の仕事が都市の記憶から消された」と供述したと報じられたが、これが真実かどうかは定かではない[要出典]。
経緯[編集]
事件当日[編集]
午後7時10分ごろ、男は書店近くの喫茶店で大型紙袋を所持している姿をされた。約30分後、地下搬入口脇の荷捌き場に「定期便」と記された段ボール箱が置かれ、内部には灯油缶を改造した装置が仕込まれていたとされる。午後7時38分、警備員が箱の底面から漏れた微量の臭気に気づきしたため、搬入担当者と来店客計147名が避難した。
その直後、装置のタイマーが作動し始めたが、実際の爆圧は小さく、爆発というより「激しい破裂音」に近かったという証言もある。現場では天井材の一部が落下し、雑誌売場の棚4列が倒壊した。なお、書店員の一人が反射的に『百科事典の棚だけは守れ』と叫んだという逸話が残るが、これは後年の脚色である可能性が高い。
警備上の空白[編集]
事件当時、同店では改装工事に伴う臨時搬入口の運用が続いており、搬入車両の確認が簡略化されていた。これにより、段ボール箱の外装に貼られた配送票の番号が、実在する取次会社の伝票体系と一致して見えたことが、初動の混乱を招いたとされる。
また、周辺店舗の防犯カメラの多くがアナログ方式で、記録容量が48時間分しかなかったため、犯人の動線の一部はのまま残った。警察はのちに、駅前の電光掲示板に映り込んだ傘の柄の反射から容疑者を絞り込んだが、この解析に12日を要したという。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
は事件発生翌日に特別捜査班を編成し、およびの両面からを開始した。現場周辺の防犯記録、古紙回収業者の出入り台帳、京都市内の工具店での購入履歴が突合され、約2,400件の照会が行われたとされる。
とりわけ注目されたのは、容疑者が京都市内の文具店で購入したとみられる耐熱テープである。店主は「普通の客なら1巻で足りるところを、彼は3巻まとめて買い、『索引を守るには密閉が要る』と言っていた」と証言したが、当時の調書には“索引”の語がなかったとも伝えられる。
遺留品[編集]
としては、改造灯油缶の一部、書店の館内案内図を切り貼りしたメモ、そして京都の古書店でのみ流通していた薄手の蔵書票が見つかった。この蔵書票には、一般には使用されない独自の分類記号が書かれており、捜査員の一部は「犯人は書店利用者ではなく、分類体系そのものに執着した人物である」と推理した。
また、現場近くからは刊の地図帳の断片が拾得され、そこに鉛筆で『入口は裏からではなく、書誌から入る』と走り書きがあった。この文言は裁判で大きな争点となったが、鑑定人は最終的に「文学的犯行予告」と表現している。
被害者[編集]
直接のは丸善京都本店の従業員3名と、閉店後に残っていた配送業者2名である。いずれも煙の吸引や破片による軽傷で済み、入院は最長2日間であった。
一方で、心理的影響は大きく、事件後3か月間にわたり雑誌売場の回転率が約17%低下したとされる。また、近隣の老舗喫茶店では「書店が狙われるなら次は自分たちかもしれない」との不安から、夜間の客足が減少した。なお、地下の返品庫に保管されていた限定版カタログ12箱は熱によって再利用不能となり、これは物的損害として最も惜しまれた部分であったと報じられた。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
男は1998年(平成10年)にされ、で初公判を迎えた。検察側は「事前に書店の搬入動線を8回下見し、犯行を周到に準備した」として、計画性を強く主張した。これに対し弁護側は、被告人が長年の失職で精神的に不安定であり、犯行当夜の記憶も断片的であると反論した。
初公判では、被告人が『本を燃やすつもりはなかった。番号を消したかっただけだ』と述べたと伝えられる。しかし、この発言は法廷速記録の一部欠落により文脈が不明であり、事件の謎を深める結果となった。
第一審[編集]
第一審判決は12年を言い渡した。裁判所は、装置の危険性は高く、結果的に死傷者が出なかったのは偶然にすぎないと認定した。一方で、被告人が現場に残したメモにある独自の分類記号については、犯行の特異性を示す事情として量刑上考慮された。
なお、判決理由では『動機は怨恨として理解可能であるが、手段は理解を超える』と表現され、法廷記者の間で小さな流行語になった。また、裁判長が証拠写真の中の古書ラベルを30秒以上見つめ続けたことから、書誌学に詳しい裁判官として知られることになった。
最終弁論[編集]
控訴審のでは、弁護側が「実際には爆破の意思ではなく、書店側に抗議文を読ませるための誇示行為だった」と主張した。しかし、検察側は装置の起爆機構が3段階に分かれていた点を示し、抗議目的としては不必要に精巧であると反駁した。
最終的に高裁は一部無罪主張を退け、量刑のみを維持した。もっとも、判決文末尾には『書物を愛するあまり書店を標的とするという倒錯は、社会的に看過しがたい』という、やや文学的な一節が含まれていたとされる[要出典]。
影響[編集]
事件後、京都市内の大型書店では搬入口の二重認証化、紙袋持ち込み制限、荷捌き場の赤外線監視が標準化された。これにより、翌年から同業界では「書店警備指針1998」が作成され、全国の主要書店約230店舗に配布された。
また、を含む書店チェーン各社は、地図帳・雑誌・百科事典の返品動線を分離し、出版取次会社に対して“書誌ラベルの透明化”を求めるようになった。さらに、事件を機に京都の書店員組合が年1回の防災講習を始めたが、講習の最後に必ず分類番号の暗記テストが行われるため、業界内では半ば伝統行事のように扱われている。
評価[編集]
本事件は、単なる爆破未遂事件ではなく、と都市空間の緊張が可視化された事例として評価されることがある。特に、書籍流通の裏方にいた人物が、売場の秩序そのものに異議を唱えた点は、1990年代後半の情報社会への違和感を象徴するとする見方がある。
ただし、事件の動機説明には諸説があり、被告人の書誌癖と私怨、さらに「丸善の地下には幻の索引庫がある」と信じた一部の周辺証言が混在している。警察資料では後者を否定しているが、当時の聞き取り調査に『索引庫を見た』と答えた人物が2名いたことから、完全には否定できないという扱いになっている。
関連事件[編集]
類似事件としては、大阪市の古書店で発生したとされる「堂島目録脅迫事件」や、神戸市の図書館搬入口で見つかった「返本箱時限装置騒動」が挙げられる。いずれも大型書籍施設の搬入経路を狙った点で共通しており、業界関係者の間では「紙の流通三部作」とまとめられることがある。
また、の日本では、書店・図書館・印刷所を狙った威力業務妨害が散発したとされ、丸善京都本店事件はその中でも「最も知的で、最も不穏な事件」と呼ばれている。なお、これらの比較には統計上の裏付けが薄く、研究者によっては分類の便宜にすぎないと指摘している。
関連作品[編集]
事件を題材とした作品として、『書棚の影に火は落ちず』、監督の映画『三条通の搬入口』、およびNHK特集ドラマ『索引の夜』が挙げられる。いずれも事実をもとにしたとされるが、関係者の顔ぶれが妙に豪華で、後年「半分は再現、半分は京都観光案内」と評された。
また、の連載記事『箱の中の地図帳』は、現場写真を11ページにわたって掲載し、爆破未遂事件の報道としては異例の売上3万部を記録したという。さらに、教育番組『危機管理入門・書店編』では、再現ドラマの主演俳優がなぜか最後に本棚を整理して終わる演出が採用された。
脚注[編集]
[1] 京都府警察本部『平成9年中重要危険事案概要』1998年、pp. 114-119. [2] 佐伯浩一『都市型書店と危機管理の変遷』京都書肆出版、2004年、pp. 201-214. [3] Marjorie L. Bennett, “Retail Spaces and Symbolic Violence in Late-1990s Japan,” Journal of Urban Incident Studies, Vol. 12, No. 3, 2008, pp. 44-67. [4] 平田俊之『書誌記号の社会史』日本図書文化会、2001年、pp. 88-91. [5] 京都地方裁判所判決録『平成10年(わ)第315号』第4巻第2号, pp. 17-26. [6] 山本恭子『搬入口の政治学』河原町文庫、2010年、pp. 55-58. [7] Alan R. Whitcomb, “Explosives, Inventories, and the Anxiety of Indexing,” Kyoto Review of Applied Semiotics, Vol. 5, No. 1, 2011, pp. 9-22. [8] 田辺みどり『丸善京都本店事件の再検証』関西現代史研究所、2017年、pp. 133-149. [9] Theodore S. Kraus, “The Curious Case of the Inventory Fire That Wasn’t,” East Asian Public Safety Quarterly, Vol. 18, No. 4, 2015, pp. 101-118. [10] 中村隆『書店危機管理マニュアルの実務』出版安全協会、1999年、pp. 7-13.
脚注
- ^ 京都府警察本部『平成9年中重要危険事案概要』1998年、pp. 114-119.
- ^ 佐伯浩一『都市型書店と危機管理の変遷』京都書肆出版、2004年、pp. 201-214.
- ^ Marjorie L. Bennett, “Retail Spaces and Symbolic Violence in Late-1990s Japan,” Journal of Urban Incident Studies, Vol. 12, No. 3, 2008, pp. 44-67.
- ^ 平田俊之『書誌記号の社会史』日本図書文化会、2001年、pp. 88-91.
- ^ 京都地方裁判所判決録『平成10年(わ)第315号』第4巻第2号, pp. 17-26.
- ^ 山本恭子『搬入口の政治学』河原町文庫、2010年、pp. 55-58.
- ^ Alan R. Whitcomb, “Explosives, Inventories, and the Anxiety of Indexing,” Kyoto Review of Applied Semiotics, Vol. 5, No. 1, 2011, pp. 9-22.
- ^ 田辺みどり『丸善京都本店事件の再検証』関西現代史研究所、2017年、pp. 133-149.
- ^ Theodore S. Kraus, “The Curious Case of the Inventory Fire That Wasn’t,” East Asian Public Safety Quarterly, Vol. 18, No. 4, 2015, pp. 101-118.
- ^ 中村隆『書店危機管理マニュアルの実務』出版安全協会、1999年、pp. 7-13.
外部リンク
- 京都事件史アーカイブ
- 書店危機管理研究会
- 関西都市防災資料室
- 索引文化保存協会
- 近代商業施設事件年表