井之上大慈
| 氏名 | 井之上 大慈 |
|---|---|
| ふりがな | いのうえ だいじ |
| 生年月日 | 5月17日 |
| 出生地 | |
| 没年月日 | 11月3日 |
| 国籍 | |
| 職業 | 民俗音響学者 |
| 活動期間 | 1956年 - 2004年 |
| 主な業績 | 霊場の無音域スペクトルの体系化、野外収録規格「D-SILENT」の提唱 |
| 受賞歴 | 日本音響民俗賞、特別研究顕彰 |
井之上 大慈(いのうえ だいじ、 - )は、の民俗音響学者。霊場の「無音」を計測する研究者として広く知られている[1]。
概要[編集]
井之上 大慈は、日本の民俗音響学者である。特定の神社仏閣における「無音」に近い環境を、工学的な手法でスペクトル化しようとしたことで知られる。
その研究は「音がないこと」ではなく「音が届かないこと」を主題に据えた点に特徴があり、現地での聞き取りと、周波数応答を用いた野外測定を組み合わせることで発展したとされる。彼の名を全国的にしたのは、霊場の境内に立った瞬間にだけ現れるという『零帯(れいたい)』の概念である[1]。
なお、彼の経歴には“測れないものを測る”という動機と、“測った結果だけを信じない”という姿勢が同居していたとされる。一方で、彼が残した一次データの扱いには後年の批判がある[2]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
井之上は、に生まれた。父は町の電気修理人であり、屋根裏から聞こえる微かなノイズを「敵の足音みたいだ」と言って集めていたという[3]。
幼少期に井之上は、家の梁に張られた糸の振れを定規で数える癖があったとされる。のちに彼はその行為を「音の前史」と呼び、実測にこだわる性格の原点に据えたとされる。
また、彼が20年代に地元の修験者から「数えることは祈りに似る」と言われたという証言もあるが、裏付け資料は少ないとされる[4]。
青年期[編集]
井之上は、系統の夜間講座へ進み、電気工学と音声工学の基礎を習得した。学生時代は雑音研究に没頭し、録音機の回転数を0.01%単位で調整する練習をしていたと記録されている[5]。
同時期、彼は古い和時計の駆動音に着目し、心拍の揺らぎと比較する独自の即席実験を行った。ところが実験は再現性を欠き、彼自身が「再現性は神社の結界の外にある」と評したという逸話が残っている[6]。
学友の間では、井之上が必ず「耳栓は3種類持つべき」と主張していたことが知られる。理由は、ある寺で耳栓を落としたのが3回目で、以後“落とし物が増える音域”を避けるようになったという、後付けの理屈からだったとされる。
活動期[編集]
井之上はに研究助手として地域民俗の資料調査に関わり、その延長でやの霊場を巡った。彼が最初に手がけたのは「無音域」を“音響減衰”ではなく“人間の注意が届かなくなる現象”として扱う調査だった。
彼はに、測定機器を収めたケースの内寸を“境内の静けさに合わせる”という方針で設計し直した。具体的には、ケースの内部容積を12.7リットルに固定し、マイクの前置増幅の帯域を—0.5 dBから—1.3 dBの範囲に限定したとされる[7]。
また、彼は野外収録の標準手順として「D-SILENT」を提唱した。内容は、(1)到着後7分間は測定禁止、(2)立ち位置は境内の石畳の目地に合わせる、(3)記録は周波数軸ではなく“無音の主観スコア”から開始する、という奇妙な構成だった[8]。多くの研究者から批判も受けたが、現場の追試が増えたことが評価につながった。
彼の研究は、系の助成金採択により公的な場で取り上げられ、には全国誌の特集で『零帯スペクトルの家族』として紹介されたとされる[9]。
晩年と死去[編集]
井之上は頃から若手へ指導する比重を増やし、測定機器よりも「聞き取る順番」に関心を移した。晩年には、弟子が境内で「本当に何も聞こえないのか」を確認するために、あえて1分間だけ測定を止める儀式を行ったという[10]。
彼は健康上の理由で遠征を減らし、に主要な野外データの整理を終えると、研究室で“無音の分類図”を手描きで更新していたとされる。
11月3日、の自宅で死去した。享年は75歳とされる。死因は公表されていないが、彼が最後に書き残したというメモには「零帯は逃げる。追うな、待て」とあると報じられた[11]。
人物[編集]
井之上は几帳面で知られ、研究ノートは必ず“1ページ目は沈黙”から始まるとされる。実際に残る写しでは、最初の数行が無記入で、あとから「何も書かないことで記録が立ち上がる」と注釈されている[12]。
一方で彼は、現場での雑談を測定の一部として扱った。寺社の管理者と同じ温度の湯を飲み、会話の最後に必ず方位を確認してから計測したといい、これが『零帯』の再現性に寄与した可能性があると指摘されている[13]。
性格面では、失敗を過度に責める傾向があったとされる。ある学会で録音が破損した際、彼は「機械のせいではない。測定者の“焦り”が0.8秒だけ先に無音を呼んだ」と説明し、会場を静まらせたという逸話が残っている[14]。
業績・作品[編集]
井之上の業績の中核は、霊場における無音域の特徴を、複数の音響指標と主観評価を統合して記述した点にある。彼は『零帯スペクトル論』において、沈黙が“完全な無音”ではなく、特定の帯域が抑圧されることにより注意の生成が変化する現象であると論じた[15]。
主な著作として『境内の聴覚幾何学』がある。これは測定機器の図面だけでなく、境内の石畳の目地角度(最大偏差7度以内)を記録する手順書でもあったとされる[16]。また『耳栓の民族分類』は一見学術書に見えない内容で、結果的に研究室の“笑い”を奪った一冊として知られる。
さらに井之上は、音響研究の標準化をめぐる争いに参加し、野外試験のためのプロトコルを複数提示した。その中でも、D-SILENTは奇妙さゆえに引用され続け、後の都市型静寂研究にも影響したとされる[8]。
なお、彼の作品のうち『無音の系図』は、初版に誤植が多かったとされるが、井之上はそれを“分類の揺れ”として残したと報告されている[17]。この態度は支持と反発を同時に生んだ。
後世の評価[編集]
井之上の研究は、音響工学と民俗学の接点を広げたものとして評価されてきた。特に、系の会合で彼の方法が再利用され、野外測定の手順として引用されることが多い[18]。
一方で、彼が提示した“零帯”の定義は測定条件に強く依存し、追試で一致率が低い可能性があると批判された。具体的には、同じ境内でも季節ごとに主観スコアの平均が±2.4点ずれるとする報告があり、「無音の再現」が研究者の訓練に左右されているのではないかという指摘がある[2]。
もっとも、井之上の功績が単なる測定法に留まらない点も強調されている。すなわち、測れないものを測ろうとする姿勢が、現場の語りや記憶の扱いまで変えた、という観点で再評価が進んだとされる[19]。
終盤では、彼のD-SILENTが“儀礼の手順”として誤解されることもあり、研究倫理の観点から議論になったことがある。ただし、井之上自身は「儀礼にするな、手順にせよ」と語ったとされる[20]。
系譜・家族[編集]
井之上家はの商家に由来するとされ、家系図では“音を仕立てる家”を家訓とする記述が見られるという[21]。ただし、戸籍上の裏取りが十分でないとされ、研究者の間では慎重に扱われることが多い。
井之上には妻のとされる人物があり、彼女は町の図書室で地域の方言資料を整理していたとされる。二人の間には一男一女がいたとされるが、名前の公開は少ない。
弟子筋としては、計測機器メーカーの技術者とつながりがあったと語られることがある。井之上の手順に基づき、野外で温度変化に強い前置増幅回路が開発されたとする説があるが、当時の関係書類は断片的である[22]。
なお、井之上の死後、研究ノートの一部は家族によりへ寄贈され、閲覧には条件が付されているとされる[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 井之上大慈『零帯スペクトル論』零帯出版, 1978.
- ^ 田辺玲子『霊場の静寂と計測手順—D-SILENTの検証—』音響民俗研究会, 1994.
- ^ Margaret A. Thornton『Field Silence and Attention Shift: A Survey of Japanese Shrines』Journal of Ethnoacoustics, Vol.12 No.3, pp.41-66, 2001.
- ^ 高橋宗貴『境内の聴覚幾何学』石畳書房, 1985.
- ^ 鈴木亜里紗『耳栓の民族分類と再現性』日本音響雑誌, 第27巻第2号, pp.101-137, 1990.
- ^ K. Yamazaki, R. Tanaka『Seasonal Variation in Perceived Quiet Zones in Rural Sites』Proceedings of the Acoustic Field Conference, Vol.3, pp.201-219, 1998.
- ^ 中村稜太『無音の系図(初版本の校訂を含む)』静寂資料叢書, 2003.
- ^ 西脇清一『霊場計測の倫理と“待て”の理論』文化技術研究, 第9巻第4号, pp.77-93, 2005.
- ^ 『第21回日本音響民俗賞 審査報告書』日本音響民俗賞委員会, 1999.
- ^ “The Zero Belt Protocol”『(タイトル)』Acoustic Myths Quarterly, Vol.1 No.1, pp.1-9, 2002.
外部リンク
- 零帯スペクトル資料館
- D-SILENT手順書アーカイブ
- 日本音響民俗学フィールドノート
- 長岡市立博物館(井之上寄贈)
- 文化技術研究 第9巻特集